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魔闘少女ハーツ・ラバーズ!  作者: ハリエンジュ
第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』
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その9 とても恐ろしい世界

★魔闘少女ハーツ・ラバーズ! 

第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』

その9 とても恐ろしい世界



teller:星野愛歌



 あれ。

 あたし、何でこんな所にいるんだろう。


 真っ白な世界。

 辺りには誰もいない。


 ううん、と考え込んでしまう。


 夢かな?

 そっか、夢か!

 だよね、だってあたし教室でプリントやってたはずだもん!


 そっかそっかー、と納得してくるりとその場で一回転する。


 随分広い世界だな。

 ここなら、いくら踊っても怒られなさそう。


「えへへっ」


 何だか嬉しくなって、そのまま軽快にステップを踏む。

 いつも練習している振り付け。

 テレビの前で大好きなアイドルを倣って、所々アレンジを加えた物だ。


「あははっ、たーのしーい!」


 本格的に楽しくなってきて、走り回ったり、踊ったり、飛び跳ねたりしてみる。

 あんまりこういう広い場所を使える機会なんてないからなあ。

 夢でも嬉しいや。


「へへへー、歌も歌っちゃおうかなー!」


 そのまま片手をマイクの形に握って、口元に持っていく。

 観客がいないのは寂しいけど、夢なら仕方ない。

 何度か足踏みをした後、あたしは即興で歌を歌い始めた。


「るったたー、るったたーん! きっらきっらおほしさまふりそそーいでー! 愛の歌、きらっとぴかっと、世界にひびーけー!」


 あたしはあたしの名前が好きだ、大好きだ。

 パパとママが付けてくれた優しい名前。

 愛の歌で、まなか。


 あたしは、名前に負けたくない、しっかり誰かに愛を届けたい、愛を歌いたい。

 そんな気持ちが暴走するまま、どんどん歌を歌っていく。


 充実感はあるはずだけど、誰にも聴いてもらえないのはちょっとだけ、やっぱり寂しいなあ。


 そんな時、あたしの気持ちを察したかのように、ぼうっと人影が白い世界に浮かんだ。

 黒い、暗い、誰の姿かもわからない影。

 だけど、それはあたしにとっては幸せを運ぶ青い鳥のような物だった。


 ん?

 黒いんだから黒い鳥?

 それってカラス?


 まあ、どっちでもいっか!


 嬉しくって、その人影に駆け寄る。


「ねえねえ! ちょっとでいいから、あたしの歌、聴いてくれないかなっ!」


 にぱっと影に笑いかける。

 でも、影は俯いたまま、すたすたとどこかへ去って行ってしまった。


 なんてこった、ガン無視された。


 きょとん、と立ち尽くしてからあたしは気を取り直してまた歌い出す。


 そういうこともあるよね、うん。

 急いでたのかもしれないし。


 歌ってると、また楽しい気持ちになってくる。


 サビの部分に入った辺りで、また影を見つけた。

 嬉しくなってまた駆け寄る。

 でも、話しかけようと口を開いたと同時に、影は早足であたしから離れて行った。


 うーん。

 何だか、寂しい夢だなあ。

 そんなことを思いながら、また歌を歌う。


 それから、沢山の影を見つけた。

 でも、話しかけても、無視されるばっかりで、どんどんあたしの横を通り過ぎて行って。


 なんかよくわかんないけど、この世界ではあたしの声は届かないらしい。

 しょうがないから、あたしは話しかけることを諦めて、ずっと歌うことにした。


 ほら、歌ってたら誰か一人の心には届くかもしれないし!

 それに、路上で歌って無視されるのなんて、アイドルを目指す以上、これから何度もあるかもしれないし!


 笑顔で、歌を歌っていく。

 影が、どんどん増えていく。

 誰も、あたしを見てくれない。

 みんながあたしを置いて、どこかへ消えて行く。


 寂しい。

 さみしい。


「……あれ?」


 ぽたり。

 温かい雫が、頬を伝ってマイクの形に握った手に零れた。


 あたし、泣いてる?

 なんで?


 泣くのなんて本当に久しぶりで、びっくりして両手の指で必死に涙を拭う。


 泣いちゃだめだ、アイドルはいつだって笑顔でいなくちゃ。


 その時、ぴた、と手が止まった。


 アイドル。

 あいどる。


 あたし、何であいどるになりたいんだっけ。

 そもそも、あいどるってなんだっけ。


 言葉の意味が、わからない。

 何も、何もわからない。


 あたしの言葉は、誰の為にあるの?

 あたしの言葉は、誰かの心に届くの?


 あたしは。

 ――あたしは、誰だっけ?


 思い出せない。

 何も、わかんない。

 ただ、涙が溢れて来る。


 さみしい、かなしい。

 そんな感情の意味さえ忘れてしまいそう。


 そんな、時だった。


「――さんっ!」


 声が、聴こえた。


 あたし以外の誰かの声に、はっとして顔を上げる。

 誰かの声が、確かに響いている。

 聞き逃したくなくて、必死に耳を澄ます。

 辺りを見回す。


「……さんっ! ほしのさんっ!」


 ほしの?

 だれ、それ。

 でも、凄く懐かしい響き。


 あたし、その言葉、知ってる気がする。


「星野さんっ!」


 甲高い声、可愛らしい声。

 それと共に、白い白い空から女の子が一人降って来た。

 燃えるように真っ赤な長い髪をポニーテールにした、ピンク色のドレスを纏った女の子。

 その子は、あたしよりずっと、すっごく小柄だった。


「良かった……星野さん……無事だった……!」


 地上に降り立ったその子は目に涙を浮かべ、あたしに駆け寄って来る。


 この子、誰だろう。

 どこかで見たことはある気がするんだけど。


「ほしのって……もしかして、あたしのこと?」


 その子に訊ねると、その子は『え』、と表情を強張らせた。

 それから、恐る恐る口を開く。


「覚えて……ないんですか?」


 問いかけられて、こくりと頷く。

 今のあたしには、何もわからない。


「君は、あたしを知ってるの?」


 今度は、その子がこくりと頷く。


「あたしは、誰?」


 もう一度訊ねる。

 女の子が、迷った末に口を開く。


「その……えっと、名前は、星野愛歌さん……アイドル目指してる女の子で……そうだ、歌……さっき、ちょっとだけ聴こえてきたよ……?」


「歌……?」


「うん……遠くから聴こえてた……響いてたよ、星野さんの歌……私、それ聴いてたらどきどきして……心が弾んで……だから、ね……うまく、言えないんだけど……」


 あう、と顔を髪みたいに赤くしながら、女の子はあたしを一生懸命見上げて言った。


「星野さんはね……私にとって、世界で一番可愛くて素敵なアイドルなの……」


 可愛い。

 あたしが?


 素敵。

 あたしが?


 ……そっか。

 そう、なんだ。


「じゃあ、信じるっ!」


「……ふえ?」


「あたし、君を信じるよ! だってそんなこと言われて、嬉しくないわけがないもん!」


 女の子が、目を丸くする。

 でも、あたしの心はもうすっかり回復していた。


「星野さん……自分のこと、わかったの……?」


「よくわかんないけどわかったー!」


「ふ……ふええええ……」


 女の子が、困ったように赤くなる。


 えへへ、可愛いだって、素敵だって!

 嬉しいなあ。

 あたしをそんな風に思ってくれる人がいるんだ。


 あたしの歌、聴いてくれる人がいるんだ。

 ……あたしの声、ちゃんと届くんだ。


「あ……あのね、星野さん」


「なあに?」


「ずっと……初めて話した時からね、ずっと伝えたかったことがあるんだけど……」


 初めて話した時。

 いつのことだろう。

 不思議に思ったけど、その子の言葉を待つ。


「私のこと……可愛いって言ってくれて……ありがとうございます……凄く、凄くびっくりしたけど……嬉しかったの……」


 その言葉を聴いた時。

 その子があたしにぎこちなく笑いかけてくれた時。

 その子の笑顔を初めて見た時。

 ぱあっと、曇っていたかのように真っ白だった世界が一気に色づいた。


 青空が、上空に見える。

 世界が、ゆっくりと晴れていく。

 記憶が、頭に流れこんでくる。


 そうだ、思い出した、思い出せた。

 あたしは、星野愛歌は、この子を可愛いと思ったことがある。

 あたしと違って、ちっちゃくて、おとなしそうで、仲良くなれたら楽しいかなってぼんやり思って。


 この子の名前は――。


「ひゃっ!?」


 名前を呼ぼうとした時。

 女の子の周りに、さっきまであたしを無視していた黒い影が次々に集まって来た。

 腕を掴んで、髪を引っ張って、目を覆って、群がって。

 その子の世界を覆いつくすように、どんどんどんどん集まって。


 助けなきゃ。

 必死に手を伸ばした。


 だけど、あたしの体は宙に浮いて、青空に吸い込まれていく。

 必死に手を伸ばすけど、地上の黒い塊に届かない。


 待って。

 待って、あたし――。





「こずえッ! こずえ、頼む、目ぇ開けてくれッ!」


 男の子の声が聴こえて、あたしは目を覚ました。

 上体を起こす。


 あたし、何やってたんだっけ。

 ぱちぱちと目を瞬かせて、びっくりしてしまう。


 教室が、何故かボロボロだった。

 窓ガラスが割れていて、机も椅子もぐちゃぐちゃで。


 でも、何よりあたしの目を引いたのは、ぐちゃぐちゃな世界で倒れている一人の女の子。

 長い茶髪のポニーテール。

 髪の色は違うけど、あたしはさっきまで確かにこの子と話していた。


 小枝こずえちゃん。

 ちっちゃくて、おとなしくて、でもあたしの声を拾ってくれた女の子。

 あたしが笑顔にできた女の子。


 でも、今の小枝ちゃんは目を閉じていて、意識を失っているようだった。

 ピンク色のドレスじゃなくて、あたしと同じブレザーの制服姿。


 そんな小枝ちゃんを、赤い髪の男の子が抱き起こして、必死に何度も何度も呼び掛けていた。

 クラスメイトの鈴くんだ。


 何で。

 何で、こんなことになっちゃったんだろう。


「何だ、戻ってきちゃったんだ。ブレイブラバーちゃんと一緒に永遠に眠っててくれて良かったのにな」


 聞き覚えのある声がして、顔をそちらへ向けると、教卓に一人のおにーさんが立っていた。

 えっと、確か、ナハトさん。


「まあいいや。オレの目的は無事達成。……その子には、もう誰の言葉も届かないよ。永遠に一人ぼっちだ」


 一人ぼっち。


 小枝ちゃんが、さっきのあたしみたいになったっていうこと?


 よくわかんない。

 わかんないけど。


 小枝ちゃんの名前を必死に呼び続ける鈴くんの悲痛な叫びが。


 今、凄く大変なことが起きているんだよって教えているようなものだった。

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