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魔闘少女ハーツ・ラバーズ!  作者: ハリエンジュ
第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』
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その8 アニマ出現

★魔闘少女ハーツ・ラバーズ! 

第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』

その8 アニマ出現



teller:小枝こずえ



 始業式が終わって、ぞろぞろと体育館を後にしている途中だった。

 はあ、と零れた溜息が、隣を歩いていた鈴原くんに拾われる。


「どないしたん、こずえ。溜息ついて」


 顔を覗き込んできた鈴原くんに心配をかけまいと、ふるふると首を横に振る。


「あ……えっと、その……何でも、ない、よ……」


「何でもないっちゅー顔やないやろ。言うてみって。それとも、ワイには言えんこと?」


 そんなことを言われたら、言わないわけにもいかなくなる。

 鈴原くんは、私の大事な人だから。


「あの……ね。星野さんとか……河本さんとか……凄いな、って……」


「凄い?」


「うん……星野さんは、凄く明るくて、人懐っこくて、みんなを笑顔にできて……河本さんは、凄くしっかりしてて、面倒見が良くて、みんなを引っ張っていけて……私、二人みたいには絶対になれないから……凄くて……でも……」


 一旦、口を噤んでしまう。

 この先は、言ってもいいんだろうか。


 迷いが、あった。

 けど、ちらりと横目で見た鈴原くんの瞳はまっすぐで、優しくて。

 私の言葉を待ってくれている。

 だから。


「でも……ね……だから……だからこそ、そんな二人と……もし、友達になれたら……とても、楽しいだろうなって……なんて、そんなこと考えちゃうなんて……変、だよね……」


 あはは、と自嘲するように笑おうとしたら、鈴原くんが優しく首を横に振った。

 それから、私にいつもの明るい笑顔を向けてくれる。


「変なわけない。ええことやん。誰かと関わるん怖かったこずえが、自分から誰かに近づきたいって思うの、めっちゃ凄いことやろ」


「そう……かな……」


 それはきっと、鈴原くんのおかげだと思うな。

 鈴原くんが優しいから、友達になってくれたから、いつも私と一緒にいてくれて、誰かと一緒にいるのは怖くないよって言ってくれているみたいだから。


 そんなことを言ってもいいのかどうか逡巡していると、鈴原くんがふと『あー』と、つまらなそうに声を上げた。


「せやけどなー、なーんかおもろくないなー。やっぱ女の子は特別なんかな? ワイと初めて会った時はめちゃくちゃ怖がっとったやろ、ワイのこと」


 冗談っぽく、悪戯っぽく笑った鈴原くんに、慌てて首をぶんぶんと横に振る。


「ご、ごめんね。今は私、鈴原くんのこと、大好きだよ?」


 がたん。


 とんでもなく大きな音がした。

 私達の後ろを歩くクラスメイトの足が止まる。


 鈴原くんの足が止まったからだ。

 私まで固まってしまう。


 鈴原くんが、突然勢い良くバランスを崩して、体を傾けて廊下の壁にその赤い頭を思いっ切りぶつけたからだ。

 鈴原くんは、その場にしゃがみこんでとても痛そうに自分の頭を押さえている。


「す、鈴原くん!? 鈴原くん!? 大丈夫!?」


「し……死ぬかと思ったわ……」


 私までしゃがみこんでわたわたしながら鈴原くんの前で両手をうろつかせていると、鈴原くんの顔が燃えるように真っ赤なのがわかった。


 痛いよね、大丈夫かな、どうしよう。

 私がパニック寸前になっていると、鈴原くんが後ろのざわつきに気付いたのか急いで立ち上がり歩き出す。


 その間も、彼は口元を片手で押さえていて。


「……なんなん? ワイを殺す気なん? 無自覚ってほんま怖いわ……ああ、くそ……」


 耳まで真っ赤になりながら、ぶつぶつぼそぼそと独り言を零していた。

 気になるけど、触れてはいけない気がする。

 そんな時だった。


 どかん。


 またしても、とんでもなく大きな音がした。

 でも、隣を歩く鈴原くんは何ともない。

 それに、この音はさっきの比じゃない。

 上の階から聴こえる。

 何かが暴れているような音が、連続して聴こえてくる。


 ざわ、と胸騒ぎがした。


 後ろの人達が、不安と好奇心でざわざわと声を上げる。

 先生達が、その場を諫めようと大声を出す。


 一気に騒がしくなった廊下の中、鈴原くんの制服のポケットから黒い影が飛び出した。


「この気配……! アニマだ! アニマが出たぞ! こずえ!」


 鈴原くんのポケットから飛び出したゼロットさんの叫びに、嫌な予感が確信に変わる。


 アニマが、出現してしまった。

 学校で。


 怖いけど、学校の人達が傷つくのは嫌だ。

 私が、行かなきゃ。


 そっと鈴原くんに目配せをすると、目が合って、鈴原くんが大きく頷いた。

 ここは自分に任せてくれ、とでも言うように。


 私はその力強い視線に勇気をもらえた気がして、何だか心が軽くなって。

 鈴原くんに頷き返して、混乱に乗じてその場から駆け出した。

 ゼロットさんに、導かれるように。





teller:鈴原一希



 アホコウモリに連れられて走り去るこずえの背中を、ぼうっと見送る。

 こんな時にサポートしかできん自分を、ほんま嫌悪する。


 こずえは怖いんやろな、ほんまは戦いたくないんやろな。


 守ってやりたい、何もしなくてええんやでって言ってやりたい。


 でも、できない。


 ワイは無力で、これはこずえが決めた道でもあって、それに口なんて出せなくて。


 ……ワイ、何やっとるんやろ。


 その時、後ろの方から青い影が駆けてきた。

 何や、と思って見ると、ひどく焦った様子の眼鏡っ娘。


 委員長や。


「どないしたん、委員長」


「今の音……上の方から! 教室に、星野さんが残って……!」


 そうや。

 あのでっかいねーちゃん教室におるんやった。

 そうなると、アニマにされたんはあのねーちゃんか?


 こずえが助けに行ったんやけど、だからと言ってなんて委員長に説明すればええのかわからん。


 どないしよ、なんて思っとると。


「星野さん……っ!」


 委員長が、ワイを追い越して教室へと駆け出そうとした。


 あかん、このタイミングで出て行かれたらこずえがハーツ・ラバーやってバレる。

 そうならん為にもサポート役のワイがおるのに、ここで委員長に行かれたらかなわん。


 慌てて委員長を追いかけようとした時、委員長の片手が後ろから走ってきたらしい誰かの手にぐいっと掴まれた。


 黒髪、ワイより鋭い目つき。

 名前なんやったっけ、この無口くん。

 芹沢、やっけ?

 芹沢が、ぼそりと呟く。


「……駄目だ、河本」


「せ、せせ……! せ、せり、芹沢、くん……!?」


 委員長の声がわかりやすく裏返る。


 芹沢に掴まれた手が、いつもはおっかないくらいに大人びた委員長の顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。


 わかりやすっ。


 せやけど、委員長の星野さんを想う気持ちはギリギリ辛うじて、1ミリくらいの差で乙女の気持ちに勝ったらしかった。


「で、でも、あの、あの……ほ、星野さんが……まだ、教室に……っ」


 しどろもどろになる委員長に、芹沢がはっきりと言った。


「……それでも、オレは……河本に、危ない目に遭ってほしくない」


 ぼんっと湯気でも出るんちゃうってくらい委員長の顔が真っ赤になる。


 あ、これはあかんな。

 今回は負けたな、乙女の気持ちに。


 っていうか、なんなんこの無口くん。

 暗くて地味やと思っとったけど、こんなイケメン発言できるやつやったんやな。


 委員長がこんなにポンコツになってまう理由が、ちょっとだけわかった気がした。


 ふと、悪戯心が疼く。


「……付き合っとるん?」


 委員長がワイとこずえの仲を不審に思って口に出した台詞と、おんなじ台詞を二人に投げかける。


 委員長はこのまま死んでまうんやないかってくらいますます真っ赤になって、まるでワイの髪の色みたいになって。


 芹沢もはっとして慌てて委員長の手を離した。

 芹沢の顔は、仄かに赤い。


「つ、つつつつつつつつ…………つき、つき…………っ!?」


 動揺して完全に使い物にならなくなった委員長。


 芹沢は、迷ったように視線をうろつかせている。

 否定しなきゃいけない、けど否定したくない。

 そんな気持ちが何となく感じられた。


 ワイも同じような気持ちをこずえに抱いとるから、わかるわ。

 なんや、委員長の一方通行かと思ったんやけど、脈ありやん。

 良かったなー委員長。


「鈴原サン!」


 ふと、ワイを一瞬にして我に返す大声。

 人混みを掻き分けて、拓海がこっちに駆け寄ってきた。


「これ、アニマっすよね!?」


「アホ、声でかいわ」


 ワイらはそういうのを一般人の皆さんにバレんように活動すんのやろ。

 背伸びして拓海の額にデコピンを一発かますと、拓海は痛そうによろけた。


 けど、それも一瞬で。


「ねーちゃんは……っ」


 拓海がきょろきょろと辺りを見回す。

 そうや、ナイスタイミングやで、拓海。


「拓海、ここは任せたわ。下手に上に近づくヤツが出んよう頑張れ」


「は!? 鈴原サンは――」


 拓海が叫ぶのを制して、すっかり熱くなったらしい頬を押さえる委員長に声をかける。


「委員長! ワイ、ちょーっと教室の様子見てくるわ! それなら安心やろ!」


「え……ちょっと! 鈴原くん!?」


「ほな!」


 拓海を、委員長達を置いて、ひたすらに前へ前へと走り出す。


 ワイにできることなんて、きっと限られとる。

 ワイが今行った所で、邪魔にしかならんのかもしれん。


 せやけど、今行かなきゃ男やない気がした。


 多分、芹沢に影響受けたんやろな。

 やっぱ好きな子、ちょっとでも守りたいやん。


 ほんま、ちょっとでもええから。

 こずえの力になりたい。

 そう思って、ワイは階段を駆け上がって行った。





teller:小枝こずえ



 2年1組の教室に辿り着くと、異形の怪物が暴れていた。


 まるで、白い紙をぐるぐる折ったりぐしゃぐしゃに丸めて作ったような大きな大きなおもちゃのマイク。

 そんなマイクにやたらカラフルな両手と両足が生えたその怪物は、腕を無造作に振り回して机を投げ、椅子を投げ、窓ガラスを割っていた。


 その光景に、息を呑んだのだけれど。


 何か、いつもと違う気がする。

 フォルムが丸っこいというか、愛嬌があるというか、不気味さがあまりないというか――。


「やあ。待ってたよ、ブレイブラバーちゃん」


 声が聴こえてはっと顔を上げると、教卓に頬杖をついて愛想の良い笑顔を浮かべている細身のお兄さんが居て。


 漆黒の髪、血色の瞳。

 この人は前に、私とネスさんの間に割って入った――。


「ちゃんと自己紹介すんのは初めてだよな。オレはナハト。オーディオ三幹部の一人だよ。よろしくね。……あれ、ゼロもいんのか。久しぶり」


 ナハト、と名乗った彼の言葉に、隣を飛んでいたゼロットさんの纏う気配が張り詰めた気がした。


「よりにもよって今回はてめえかよ、ナハト……!」


「そ、今回はオレ。ごめんねー、ネスじゃなくて。あ、それともゼロ的には姫っちと感動の再会遂げたかった感じ?」


 へらへらと、ナハトさんは笑う。


 その傍らに、誰かが倒れているのがわかった。

 金色のショートカット、長い脚。

 その人は。


「星野さん!?」


 星野愛歌さん。


 私がぼんやりと憧れた、明るくて元気な可愛らしい人。


 そうだ、何で気づかなかったんだろう。

 ここから音がしたということは、ここに残っていた星野さんが危険だということなのに。


 じゃあ、もしかして、このアニマは――。


「……っ、ハーツ・ラバー! アイ・ブレイク・ミー!」


 衝動的に、片手をかざして、そこにラブセイバーが現れたのを確認して、叫ぶ。

 剣を、自分の心臓に深く突き刺す。

 次の瞬間、私の体はピンク色のドレスに包まれていて。


「……っ、小さな体に満ちる勇気! 炎の戦士・ブレイブラバー!」


 頭に浮かんだ名乗りを上げて、変身が終わったことを確認する。


 それから、アニマの暴走を止める為に向かって行こうとした時。


「あ、ブレイブラバーちゃんブレイブラバーちゃん。それじゃだーめ」


 呑気な声が聴こえたかと思うと、ナハトさんが星野さんの体を引っ張り起こして盾にするように自分の前に突き出していた。


 どきん、と心臓が掴まれたかのような焦燥感に襲われる。


 星野さん。

 助けなきゃ、助けなきゃ。


「この子、助けたい?」


 私の考えを見透かしたかのように、ナハトさんが笑う。


 考える間もなく、こくこくと何度も頷いていた。


 ナハトさんが、とんとんと人差し指で意識のない星野さんの額を叩く。

 不思議なことに、そこからぶわっと虹色の空間が広がった。


「この子を助けたいんだったらさ、アニマを倒すんじゃなくてこの子の精神世界に飛び込まなきゃいけないぜー?」


「せいしん……せかい……?」


「今回はたった一人のエモーションから作ったアニマだからな。助ける手順がトクベツなの。この子は今、精神世界に一人ぼっち。寂しいんだろうなあ。おまけにこのアニマはおもちゃのマイク、歌えないマイクだ。この子はもう歌えない。アイドルなんてきらきらした夢も忘れて、大好きだった世界を壊すしかないんだよ、オレの手のひらの上で。可哀想になあ」


 一人ぼっち。

 少し前までは私にとって当たり前だったその言葉。


 でも、今は怖くて怖くて仕方がない。

 優しさを知ってしまった、温かさを知ってしまった。

 友達の尊さを、知ってしまったから。


 星野さんに、怖い目に遭ってほしくない。


 それに、星野さんの夢は素敵な夢だ。

 忘れてほしくない。


 ナハトさんの言葉に応えるよりも早く、体がふらりと動いていた。

 ただ、私は星野さんを助けたくて。


「ブレイブラバー! 駄目だッ!」


 後ろから、ゼロットさんの焦った叫びが聴こえる。

 何だろう、と思ったけどもう遅かった。

 伸ばした私の片手は、虹色に触れていて。


「……最近の女子中学生は、随分と素直なんだな」


 くくっと、ナハトさんの笑い声が聴こえた気がした。

 私の全てが、虹色に吸い込まれていく。

 教室の風景が、消えていく。


「……けーかくどーり」


 ナハトさんの愉しそうな声を最後に、私は星野さんの精神世界に飛び込むことになった。

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