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魔闘少女ハーツ・ラバーズ!  作者: ハリエンジュ
第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』
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その7 青年は少女と出会う

★魔闘少女ハーツ・ラバーズ! 

第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』

その7 青年は少女と出会う



teller:ナハト



「侵入、成功っと」


 とん、と中学校の廊下に降り立って、辺りを見回す。


 場所は勿論、ブレイブラバーちゃんの学校。

 最近の学校は、セキュリティがガバガバなんかね。

 いいのかなー、オレみたいな悪いおにーさんがこんな簡単に入れちゃって。


 にしても、こういう空間は割と息が詰まるもんだ。

 さっさとオシゴト終わらせちゃいましょうってね。


 ちゃーんとやることやっとかないとネスがうるさいからさあ。

 ネスも柔軟性みたいなもんを、少しは身に着けりゃいいのに。

 そんなんじゃ、ちっちゃい未来のお嫁さんにも愛想尽かされちまうぜー?


 なんてことを一人で考えながら、ぶらぶらと廊下を歩く。


 この時間は始業式で、生徒さん方は数分前に体育館に行ってる。

 1年生は入学式で、2、3年生より早く体育館に集合済み。


 つーわけで、この辺はガラガラ。

 調査通り。

 だから、オレが目指してんのは――。


「……あれ?」


 通りがかった教室に、予想外の人影を見つけて立ち止まる。


 そっと覗くと、そこにいたのは一人で席に座る金髪ショートカットの可愛い女の子。

 多分、背が高くて足も長い。

 最近の女子中学生はスタイルいいんだな。

 おっさんくさいことを考えながら、その子をなんとなーく観察してみる。


 プリントの山と格闘中らしく、紙を一枚一枚手に取っては百面相。

 終いには、手元に置いていた鉛筆を転がす始末。

 おいおい、そんなんじゃ無茶苦茶な答え出ちまうぜ?


「あれ?」


 ついつい苦笑していたら、その女の子とばちっと目が合ってしまった。

 女の子が、さっきのオレと同じ台詞を吐く。


 しばし見つめ合って、オレがへらっと笑ったら、その子はにぱっと無邪気に笑った。

 随分と警戒心のない子だ。


「こんにちはーっ!」


 おまけにこんなオレに挨拶ときたもんだから、よっぽど肝が据わっているか、よっぽど頭の螺子が外れているかのどっちかなんだと思う。

 多分後者だ。


 オレはへらへらした笑みを浮かべながら、その子の教室にゆっくりと入って行く。


「こんにちは、勉強中?」


「うんっ! あたし、バカだからね、頑張んなきゃいけないんだー」


「ははっ、自分で言うのかよ」


 変な子。

 アホの子ちゃんなんかな。


「おにーさん、だあれ? 新しい先生? あたしね、星野愛歌だよ! 愛歌って呼んで!」


 おいおい、オレみたいな明らかな不審者に名乗っちゃうわけ?

 大丈夫かねー、この子。

 おにーさん心配になってきちゃうよ。

 でも、名乗られたからには名乗っとくのが礼儀ってやつかな。


「オレは、とりあえずナハト。みんなそう呼んでるよ」


「ナハトさんって言うんだー! 不思議な名前だね!」


 とりあえずって言ってんじゃん。

 信じちゃうんだ。

 すげーなこの子。

 すげーと言えば、やっぱり目を引くのはこの子が――愛歌ちゃんが向き合ってるプリント類。


「それにしてもすげー量だな。おいおい、大丈夫? 割とこの辺の勉強ついていけねーとこっから先厳しいんじゃね?」


 空欄が目立つプリントをとんとん、と指で叩く。

 愛歌ちゃんがえへへ、と照れ笑いして指で頬を掻いた。


「えへへー、お恥ずかしい。あたしもっと頑張んなきゃなあ。でも、頭悪くてもアイドルになれたら、全世界の頭悪い子に希望とか与えられないかなあ」


「アイドル?」


 小さな女の子達がきゃっきゃ騒いでるような単語に、一瞬だけ首を傾げる。


「うんっ! あたしね、アイドルになりたいんだよ! ステージ立って、歌って踊ってね、世界中のみんなを笑顔にするのっ!」


「それまた随分とキラキラした夢だな。でも、相当シビアな世界なんじゃね?」


「うん、可愛くて体力もあって人当たりも良くなきゃだめだよねー、やっぱり。だからあたし、頑張って可愛くなるよ! 自分を信じて頑張れば夢は絶対叶うもんっ!」


 その言葉を、聞いた時。


 一瞬だ。

 一瞬、オレの世界に、ノイズがかかった。


 自分の作り笑いが、消える。

 脳内がくすんだグレー色に変わる。


 あの時の光景が。

 あの時の顔が。

 あの時の声が。


 全部、全部蘇る。



『もうやめてよ』


『見たくないのよ』


『目障りなのよ』


『意味ないでしょう』


『あんたなんて、どうせ――』



 すうっと心が冷えていく。

 視界まで、グレーになりそう。


 ……何でだろうなあ。

 何で、オレ、こんな時にあんな昔のこと、思い出してんだろ?

 バッカみてえ。


 でも、とりあえずわかんのはさ。


 愛歌ちゃんが。

 無邪気に夢を追うこの子が。

 世の中の汚い所をなーんも知らないこの子が。


 ――ムカツクってことなんだわ。


「……ちょっと立って」


 思ったより、低い声が出た。


 愛歌ちゃんが、きょとんと首を傾げる。

 どうして? って顔してる。


「ちょっと、立って」


 もう一度、有無を言わせない調子で告げる。


 すると愛歌ちゃんは、不思議そうにしながらも、席を立った。

 素直な子。

 可愛いと思うけどさ、そういうの。


 愛歌ちゃんの隙を見逃さず、彼女を壁際に追い詰めて、顔の、いや、肩辺りに自分の手をつく。

 なーんだ、オレより背、ちょっと高いんだ。

 すげーな、最近の女子中学生は。


「ナハトさん? どしたの?」


「壁ドンしてんの。わかんない? ちょっとはドキドキしてくれねーと、おにーさん寂しいぜ?」


「かべどん?」


 ふーん、わかってねーんだ。

 純粋なことで。

 男に迫られたこととか、ねーんだろうな。

 まだ中学生ならそうかもな。


 でも、オレの目的は女子中学生に手を出すことじゃない。

 いくら悪いおにーさんだからって、余計な犯罪は犯さねーさ。


 エモーション、この子、めちゃくちゃ豊かなんだな。

 キラキラしてて、カラフルで、夢と愛と希望に満ちてる。

 生命力に溢れてるっつーのかな。


 オレは、ネスみたいに大勢の人間からエモーションを吸い取ってアニマを作るなんて器用なマネはできない。

 オレは特異なケースだから。


 でも。

 でもさ、愛歌ちゃん?


 オレは数人を、とことんまで絶望させることなら簡単にできんだよね。


「愛歌ちゃん」


 だから、オレが目指してたのは職員室だった。

 そこには、何人か教師がいると思ったし。


 でもオレは、愛歌ちゃんを見つけてしまった。

 オレにとって都合のいい存在を見つけてしまった。


 残念だったね、愛歌ちゃん。

 オレなんかに見つかっちゃってさ。


 ほんと、残念。


 残念だけど――。

 君の思い描いてる、綺麗な夢は叶わねーよ。

 

「ねえ、愛歌ちゃん」


 とん、と愛歌ちゃんの額を人差し指で軽く突く。


 そして。


「――バイバイ」


 そう、静かに告げる。

 愛歌ちゃんはオレの言葉に返事する間もなく、ぷつんと糸が切れたようにその場に倒れて。

 静かに目を閉じて、動かなくなって。


 オレの手の中に、愛歌ちゃんの感情の結晶が、エモーションが、アニマの素が集まる。


「おやすみ、愛歌ちゃん。永遠に良い夢を」


 ふと、視界に映った窓ガラスには歪んだ笑みを浮かべるオレがいて。


 ああ、きっと、オレは。

 これ以上、この女の子の無垢な言葉を聞きたくなかったんだろうな。


 そんな確信さえ、あった。

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