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魔闘少女ハーツ・ラバーズ!  作者: ハリエンジュ
第一話『芽生える勇気! ブレイブラバー誕生!』
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その3 鈴原一希

★魔闘少女ハーツ・ラバーズ! 

第一話『芽生える勇気! ブレイブラバー誕生!』

その3 鈴原一希

 

 一通り、荷物を部屋に運び終わって。

 今度は荷ほどきをしよう、とダンボールをいくつか開けていた昼過ぎ。

 窓の外から、大きな話し声が聴こえた。


 玄関の方、かな?

 もしかしてうちの前?

 誰か、来てるのかな。

 引っ越してきたばかりなのに。

 知らない存在のことを思うと何だか緊張してしまう。


 お母さんの、声がする。

 それと……誰だろう。

 じっとして、正座して、耳を澄ます。

 

「あら! そっちも今日引っ越してきたなんて偶然ねー!」

 

「そやでー! 大阪からや! ド派手に東京デビュー決めたるわ! デビュー言うても中二やけど!」

 

「まあ、もしかして四月から中学二年生だったりする? 学校は?」

 

「んーと……なんやったっけ、風鈴(ふうりん)中学校? ゆうたかな」

 

「……わあ! すっごい偶然! ちょっとこずえ! 降りてらっしゃい!」

 

 急にお母さんが大声で私の名前を呼んだ。

 びく、と身体が反応して、身が竦んだけど。

 呼ばれたからには行かなくちゃならない。

 どきどきする胸を押さえて、深く息を吸って、吐いて。


 私は部屋の扉を開けて、廊下に出た。

 ぱたぱたと階段を降りた所、で。

 玄関が視界に入って。

 その人と、強制的に目が合った。

 

「……ぁ……ひうっ……!?」

 

 目が合ったと同時に、ばくん、と心臓が一際大きく跳ね上がった。

 顔に熱が集まる。

 次の瞬間、動揺のあまり足がもつれて。

 私はどたん、ばたん、と階段を転げ落ちるハメになった。

 床に手をつき、ぜえ、はあ、と息を乱す。

 ぶつかった所が、じんじんと痛い。

 でもそれよりも、鼓動が速い心臓の方が痛い気がした。

 

「ちょっとこずえ! 何やってるの! ああもう、大丈夫? ケガはない?」

 

「だ……だいじょう、ぶ……」

 

 お母さんがスリッパの音を響かせて私に駆け寄る。

 背中を撫でられ、手を差し伸べられる。

 私はその手を取って、ふらふらしながら立ち上がった。


 フローリングの床を見つめていた目線を何とか上げて、もう一度、玄関に立ち尽くすその人を見る。


 ツンツンした、真っ赤な髪。

 三白眼、って言えばいいのかな。

 目つきが鋭い。

 私を見つめながらぽかんと開けた口からは、八重歯が見えてる。

 Tシャツの色も赤い。

 何かのアニメのキャラのマークが付いてる。

 Tシャツの袖から覗く腕は、短パンから覗く脚は、筋肉質で。

 その人が履いていたスニーカーまで目線を落とした所で、目を逸らした。

 ……男の子、だ。


 心臓が、うるさくなる。

 かああ、と顔が真っ赤になるのがわかる。

 緊張しすぎて、このままどうにかなってしまいそう。

 足が、竦む。


 男の子は、苦手だ。

 こわい。

 何を話せばいいのか本当にわからなくなるし、やっぱり緊張する。

 それに、男の子は昔からいつも私をからかってきた。

 背が低い、とろい、どんくさいと馬鹿にしてきた。

 幼稚園の頃は、小学生の頃は、三つ編みにしていた髪をしょっちゅう引っ張られた。

 だから、中学に入ってからは長い髪を結ばずに下ろしている。


 全部の男の子がいじめてくるわけじゃないってことはわかってる。

 だって、たっくんは優しい。


 それでも。

 それでも、悪い思い出は、そう簡単には消えてくれない。

 

「ほら、こずえ。挨拶して」

 

 お母さんが私を、男の子の目の前に行くよう促す。

 こくり、とぎこちなく頷いて、ちっぽけな勇気を振り絞って、足を前へ、前へと動かす。

 さっきの話を聞く限りだと、この人も、中学二年生、なんだよね。


 近くに寄って、それにしては、男の子にしては少し小柄だな、と気付く。

 でも、それでも私よりは20センチメートルくらいは背が高い、と思う。


 彼は、どこまでも真っ直ぐに私を見ていた。

 また目が合って、慌てて私は目を逸らす。

 どうして、この人はこんなにじっと人を見つめることができるんだろう。


 私がもじもじしていると、お母さんが声をかけてきた。

 

「こずえ、この子ね。お隣の家に今日引っ越してきた、鈴原(すずはら)一希(かずき)くん! この春から貴方と同じ風鈴中学の二年生よ!」

 

 お隣さん。

 同い年で、同じ学校で。

 ええと、ええと。

 挨拶、挨拶しなきゃ。

 

「あ……の……あの……えと……小枝こずえ、です……よ、よろしく……お願い、します……」

 

 消え入りそうな声で何とか言いたいことを口に出して、ぺこりと鈴原さんに頭を下げる。

 これだけで、心臓が口から飛び出そうになる。


 ふと、視界に肌色の何かが映った。

 ……手?

 鈴原さんの?


 思わず顔を上げると、鈴原さんはニッと人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。

 

「よろしゅう、こずえちゃん! ご紹介にあずかりました! ワイ、鈴原一希や! 『一番の希望』って書いて一希やで! 大阪から来たんや! そっちは北海道からなんやってな! おんなじクラスになれるとええな、仲良くしよな!」

 

 凄く、良く喋る人だ。

 声も大きい。

 私と違って、明るく笑える。

 純粋な快活さだけを湛えたその笑顔に圧倒されてしまう。


 右手を、差し伸べられている。

 これは、握手……だと思っても、いいんだろうか。

 私なんかに?

 ほんとに、いいの?

 ……仲良く、してくれるの?


 躊躇って、ひどくどきどきして。

 左手を恐る恐る伸ばしたけど、私の手はうろついてしまう。


 勇気、出さなきゃ。

 自分から、ちゃんと声かけなきゃ、行動しなきゃ、笑わなきゃ。

 頑張らなきゃ、友達なんてできない。


 だから。


 手と手が触れ合う。

 ぎゅっと、手を握られる。

 鈴原さんの体温があったかくて、手が骨ばってて、硬くて。

 私の手とは違う。

 私、今、私じゃない他の人と触れ合ってる。

 そう、思ったら。

 

「ひうっ……」

 

 体の力が、一気に抜けた。

 ぺたん、と膝から崩れ落ちて、私はその場に座り込んでしまった。


 鈴原さんの顔がまともに見れない。

 呼吸が乱れる。

 頭が弾けそうになる。


 お願いだから、どきどきしないで。

 心臓、もっと静かにして。


 そう思うのに、こわい。

 こわい、こわい、こわい、こわい。

 こわい、よ。

 

「お、おい、大丈夫か!?」

 

 鈴原さんが勢い良くしゃがみこんで、私の両肩に手を添える。

 触れられた所が火傷しそうなくらいに熱くなった気がした。

 鈴原さんは、私の顔を覗き込んでくる。

 多分、私を心配してくれている。

 きっと、この人はいい人だ。


 でも。


 至近距離で鈴原さんの顔を見たら、もう全身の温度がぶわあって上昇するような気さえして。

 恥ずかしくて、どうしたらいいかわからなくて、じわ、と涙が滲んで。

 

「……ご……ごめん、なさいっ……」

 

 そう言うのが、精一杯だった。

 慌てて立ち上がって、ぺこり、と頭を下げる。

 それから私は鈴原さんに背を向けて、お母さんの顔すら見れなくて、ただただ一目散に階段を駆け上がった。


 もう、限界だった。

 あれ以上あの場所にいたら、私は本当におかしくなってしまう。


 ばたん、とちょっと乱暴に部屋の扉を閉める。

 中途半端に家具が揃えられた部屋の中で、私は。

 また一人、座り込んで。

 

「……ふえ……っ」

 

 はらはらと、涙が零れ落ちた。

 一度溢れたそれは止まらなくて。

 みっともなく、ただ嗚咽を洩らすことしかできない。


 胸が苦しい。

 息ができない。


 私、何やってるんだろう。

 せっかく、仲良くなろうって言ってもらえたのに。

 あんな風に笑ってくれたのに。

 私を心配してくれたのに。

 あんな態度取るなんて、私、最低だ。

 絶対、嫌なやつだって思われた。

 感じが悪いって思われた。


 私のばか、ばか、ばか。

 ああもう、私、ほんとだめだ。

 

 

 

 

 ぽかん、と。

 そりゃもうぽかんと。

 こずえちゃんの去って行った方向を、ワイはじっと見つめることしかできんかった。

 ワイ、なんか気に障ることしてもうたんやろか。


 じ、と自分の片手に視線を落とす。

 こずえちゃんの手、ちっさくて柔らかかった。

 女の子の手やった。

 ……って、いつまでも出会ったばっかの女の子の手の感触に浸っとるとか、ワイ何しとんねん、変態か。


 おとんもおかんも忙しくて、家に着いた途端ワイを放って仕事に行ってもうて。

 おいおい可愛い息子一人に引っ越し作業させる気かい、と悪態つきながら荷物運んで。

 そういやお隣さんに挨拶行った方がええよな、って思って。

 思い立ったが吉日や!

 ……と、意気込んで、菓子も土産も何もないけどとりあえず隣の家のチャイム押したらキレイなおばちゃんが出て来た。

 おばちゃんの話によると、そこんちも今日、北海道からそよかぜ町に引っ越してきたらしい。

 お隣さんなんやからそこの家族とも仲良くできたらええなって思ったら、おばちゃんが女の子の名前を呼んだ。


 二階から降りて来たその子は、こずえちゃんは、ワイよりずっとちっちゃくて、細っこくて、可愛くて。

 それなのにワイと同い年やと言う、学校もおんなじやと言う。

 ……同い年でワイよりちっちゃい女の子なんて、初めて見たわ。

 

「失礼な態度とってごめんなさいね、一希くん。こずえったら凄く人見知りが激しくて、誰にでもああなの」

 

 おばちゃんの言葉で、我に返る。

 ワイは慌ててぶんぶんと首を横に振る。

 

「あ、いや。気にしてへんです。ワイの方こそ、なんか馴れ馴れしかったかなって」

 

「ううん、むしろもっと馴れ馴れしくしちゃっていいから! こずえね、あんな性格だから今まで一人も友達ができたことないのよ。一希くんさえ良かったら、仲良くしてくれたらおばさん嬉しいわ」

 

 一人も?

 友達、一人もおらんの?

 今までずっと?

 それってどんだけ寂しいん、どんだけ心細いん。


 ふと、ワイと握手した直後の、泣きそうなこずえちゃんの表情が脳裏を過ぎる。

 また目線を階段へ、こずえちゃんが行ってもうた方向へ向ける。


 ワイはただ、そこをぼーっと見つめていた。

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