その2 最早いつもの
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第三話『ドキドキ! こずえの新学期!』
その2 最早いつもの
teller:小枝拓海
いつもの『秘密基地』に、いつものように足を運んで。
もうすっかり道も覚えちまったな、と頭の隅で思う。
都会の道って、結構ごちゃごちゃしてんのに。
この奥にあいつがいるんだよなって思ったらなんか変に緊張しちまって。
でも立ち尽くすだけじゃねーちゃんみたいでかっこ悪いからすぐに気持ちを切り替えていつもの扉を開ける。
「……おーい。来てやったぞー」
そんな台詞と共に部屋を見回して、目的の人物を見つけてオレは思わず溜息を吐いた。
……ったく、こいつは。
ソファの上で、千雪がすやすや寝ている。
無駄に高い場所にある簡易ベッドで寝てないだけマシだけど、それでもこんなあぶねーとこで無防備に眠んのはだめだろ。
ずかずかと近寄って、千雪の肩を乱暴に揺さぶる。
「こら。千雪。ここで寝んなっていっつもいっつも言ってんだろ。起きろって」
「……んー……」
「ちーゆーきー」
耳元で名前を何度も何度も呼んで、次第に声のボリュームを上げて。
何度目か数え忘れた頃、千雪が眠たげにゆっくりと目を開けた。
とろん、とした目で見つめられて心臓がどきっとわかりやすく跳ねる。
ああ、もう、何だってこいつはこう。
赤くなっているであろう顔を隠す為に慌てて逸らす。
「おはよー……拓海くん……」
「おはよー、じゃねーよ。もう昼だぞ、ばーか」
ほんとしょうがねえな、なんて言いながら千雪の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫で回す。
千雪はそれでもまだうつらうつらとしていた。
頭を撫でられると気持ちいいのか、千雪の表情が僅かに綻ぶ。
ガキみてえなやつ。
そういうとこ、可愛いけど。
オレもたいがい、こいつに甘いよな。
惚れた弱みか?
……い、いや、惚れてねえし……嘘だ、惚れてる、けど。
最後にぽん、と千雪の頭を軽く叩いて、オレは千雪の隣に無遠慮に座った。
「ほら、昼飯食おうぜ」
そう言ってオレが鞄から菓子パンの袋を取り出すと、千雪も枕代わりにしていた自分の鞄からちょっと潰れたサンドイッチを取り出した。
……のだけど、その視線はじいっとオレの手元に向けられている。
「……んだよ。こっち見んな。食いづらいだろ」
「美味そうだなーと思って」
「食いてえの?」
「ひとくち、ちょーだい」
「……ったく」
図々しいやつ。
そうぼやきながらも、オレは袋を開けてパンを一口サイズにちぎるとほら、と千雪に差し出してやった。
千雪の表情がぱあっと輝く。
わかりやすっ。
オレからパンを受け取った千雪は、嬉しそうにニコニコと笑いながらパンを頬張った。
なんか、千雪と一緒にいると、妹ができた気分になる。
ねーちゃんをほっとけねー気持ちとは、また違う感じ。
……ほんとに千雪を妹だって思ってるわけねえんだけどさ。
一応、うっかり好きになっちまったわけだし。
それにしても、妹、とか言っちまったけど、こいつ歳いくつなんだろう?
何となく聞く機会を逃し続けて今日に至る。
オレも千雪に自分の年齢言ってねえし。
オレと同じくらい?
年下、かもしんないけどそれにしては見た目だけは大人っぽい。
年上だったらちょっと凹むな。
なんか負けた気になるから。
年の差って、どう足掻いても埋めらんねーし。
ぼーっと、ついつい千雪を見つめてしまっていたことに気づいた頃、ふいに自分の口元に何かが突き出された。
白い塊。
多分サンドイッチをちぎったやつ。
「こーかん。あげるっ」
千雪がバカみてえに無邪気に笑って。
その表情と台詞にすげえ恥ずかしくなったけど、ただ真っ赤になってるだけじゃみっともないから、奪い取るようにサンドイッチを掻っ攫って口の中に放り込んだ。
それから、お互いもそもそと自分の分のメシを食う。
今日は、こいつと何して遊ぼうかな。
あ、でも、その前に。
「……あのさ、千雪」
「なーに?」
「オレ、明日来れない」
「……え……」
呑気にサンドイッチを齧っていた千雪の表情が、一瞬にして暗くなる。
そんな顔されたらどうしたらいいのかわかんねえから、少し、少しだけだぞ、慌てちまった。
「……っ、んな顔すんな。ほら、オレこっちに引っ越してきたばっかだって言っただろ。明日から学校始まるんだ。放課後寄ろうかとも思ったんだけどさ、やっぱ部活やりてえし。部活がある日は来れないと思う」
オレがそう言うと、千雪はまだ暗い顔をしつつも、不思議そうに首を傾げた。
「部活……拓海くん、何やんの?」
「ん。サッカー部」
ほう、と千雪の瞳が僅かに輝いた。
いつもの無邪気な顔。
そういう顔されてた方が、オレは安心する。
やがて、千雪が身を乗り出してオレに顔を寄せた。
距離が一気に縮まって、心臓が破裂しそうになる。
「じゃあさ、じゃあさ! 私、拓海くんの試合の時、ぜってー応援に行くよっ! めちゃくちゃ、すっげー大声出すからっ!」
「……え、マジか」
「マジマジ!」
にへ、と千雪が笑う。
もう、その顔に寂しさは感じられない。
それに、少しだけ調子に乗ってみることにした。
「……じゃーさ、オレがレギュラーになったら、千雪に一番最初に教えてやるよ」
「マジか!」
「へへっ、マジ」
笑ってやると、千雪が小指を差し出してきた。
こいつ、ほんと指切り好きだよなあ。
こっちはお前に触る度にいちいちドキドキしてんだけど、どうせ気づいてねえんだろうな。
「……ったく、しょうがねえから約束してやるよ」
素直になれない言葉と共に、オレは千雪の小指に自分の小指を絡めた。
「へへっ、やった!」
千雪は絡めた指同士を、ほんと嬉しそうに眺めている。
……部活、がんばろっと。
「あー……あのさ、千雪」
「なに?」
もう一つだけ、こいつに言いたいことがあった。
「今更だけどさ……えっと、連絡先、交換、しねえ? ……ほら、オレの部活がいつ休みで、とか、いつここに来れんのか、とか……ちゃんと、教えときてえし。それに、その……お前と、もっと……ここにいねえ時も、なんか、話してたいっつーか……あ、いや、あくまでしてえなってちょっとだけ! ちょっとだけ思っただけで! べ、別にそこまでお前のこと考えてるわけじゃ……!」
言いたいことを言えたというのに、急に恥ずかしさが込み上げてきて、べらべらと要らねえ言い訳を口走っちまう。
ああ、もう、何やってんだオレ。
こんな真っ赤になっちまって、これじゃねーちゃんみたいじゃねーか。
「……いいの?」
千雪の声が、ふわっと聴こえた。
恐る恐る絞り出されたような声に少しびっくりして、千雪を見つめる。
千雪の瞳が、戸惑ってるように、嬉しいように、揺れている。
その紫色の瞳に吸い込まれそうになって、ちょっと目を逸らして。
「……いいに、決まってんだろ。ばーか」
言い捨てると、千雪が勢い良く身を翻して、鞄を漁り始めた。
何をしてるんだろう、と思ったら、千雪は鞄から携帯電話を取り出して、こっちを向いて。
「……えへへ、ありがとなっ。拓海くん」
千雪の笑顔に、また心臓がぎゅう、と掴まれたような感覚に陥って。
もう何回目だよって、自分に呆れて。
でも、やっぱ、オレ、どう足掻いても。
千雪のこと、好きなんだ。




