その7 決意
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第二話『私、ハーツ・ラバーになりたい!』
その7 決意
teller:小枝こずえ
もう、夕方か。
時計を見て、そんなことを思った。
自分の部屋のベッドに座って、ついぼんやりと考え込んでしまった。
たっくんに大嫌い、と言われてしまった。
ショックだし悲しいし、少し泣いてしまった。
しばらく落ち込んでしまった。
ふと窓に視線をやって、すぐに逸らした。
カーテンを開ければ、窓を開ければ、すぐそこに鈴原くんはいる、いてくれる。
きっと、私の不安も迷いも全部包み込んで、優しく元気づけてくれる。
鈴原くんの優しさは、私にとっては本当に救いだ。
でも、今は、彼に頼ったり甘えたりしてはいけない気がした。
自分の力だけで、自分の言葉だけで、たっくんをちゃんと説得したい。
姉弟なんだから、かけがえのない家族なんだから。
さっきたっくんにメールしたけど、返信はない。
やっぱり、まだ怒ってるのかな。
溜息が零れる。
だめだ、いつまでも、こうしてうじうじしてるばかりじゃ、何にも変わらない。
私、ちゃんと変わるって、強くなるって、決めたのに。
ベッドから立ち上がり、勉強机の前に移動する。
机の上に、ちょこんと置かれているイチゴ柄の飴。
鈴原くんが、友情の証に贈ってくれたものだ。
凄く、すっごく嬉しくて、幸せで、大切で。
勿体なくて、まだ食べてはいなかった。
それをゆっくりと手に取り、ぺら、と包み紙を剥がす。
今は、この飴に勇気をもらいたかった。
これくらいは、許してほしい。
ぱく、と薄いピンク色のまんまるの粒を口に含み、舌で転がす。
好きな甘さが口内に広がって、何かが満たされる気分になった。
……ありがとう、鈴原くん。
「ちゃんと、たっくんと話さなきゃ」
飴が完全に口の中で溶けた頃、私は決意するようにそう呟いた。
何を言われても、怯んだり、泣いたり、おどおどしちゃだめ。
本当はね、ハーツ・ラバーになるの、まだ怖いんだ。
戦うのも、何かを傷つけるのも、痛い思いをするのも、やっぱり嫌だよ。
でも、この飴をくれた鈴原くんは、とっても優しくて、いい人で、私と友達になろうって言ってくれた、友達になってくれた。
いきなりアニマという怪物が、非日常が襲ってきたのに、鈴原くんは何の躊躇いもなく私を抱えて逃げてくれた。
抱き締めて、庇って、守ってくれた。
痛いだろうに、辛いだろうに、取り乱す私に笑顔を向けてくれた、励ましてくれた。
私は、そんな鈴原くんの優しさに、何かを返したいと思った。
私にできることなら、何でもしたい。
私にできることなんてたかが知れてる。
それでも、私の持ってる物、全部捧げたいくらい、鈴原くんは私にとって大切な人で。
それは、たっくんも同じ。
たっくんはずっと昔から、私を守り続けてくれた。
こんな私を、絶対に見捨てなかった。
たっくんに何を返せるんだろうって、私、ずっと考えてたんだよ。
私は、たっくんを――。
「こずえっ!」
がたん、と窓に何かが当たる音がして、びっくりして心臓が跳ね上がる。
慌てて窓を見ると、窓に黒い物が張り付いている。
ゼロットさんだ。
鈴原くんの部屋から来たのかな。
小走りで窓に寄って窓を開けると、ゼロットさんがぎゃん、と噛みつくように声を発した。
「アニマが出現した!」
「……え……」
「場所は近所の『ひだまり公園』だ! お前のラブセイバーにテレパシーを送っといたから、変身したら場所はすぐにわかる!」
ラブセイバー。
私が、私の心臓を突き刺した剣。
それをどうやって具現化させればいいのか、どうやって変身するのか、私の心はすでに知っていた。
「エロガキ……じゃなかった、一希には、すでに一般人を避難させてる。俺様も、負傷者の治療に行かなくちゃならねえ」
ふいに、ゼロットさんの声のトーンが落ちた。
彼にしては、珍しいくらいに。
「弟にああ言われてたけど……お前、戦えるか?」
戦う。
また、アニマと。
怪我をするかもしれない、赤い血が流れるかもしれない。
怖い。
心臓の鼓動が速くなる。
でも。
「……戦えます」
そう言った私の声は、不思議と落ち着いていた。
「そうかい。じゃあ、あとは頼んだぜ、ブレイブラバー!」
「は、はいっ!」
ゼロットさんがぴゅうっと飛び去って行く。
その黒い影を見送る時間も惜しくて、私は階段を駆け下りて、靴を履き、外に飛び出して。
走り出して少し経ってから、変身した方がずっと速いのだと思い出して、足を止めた所で。
「……っ、どこ行くんだよ!」
後ろから、手首を掴まれて、引っ張られた。
この声は、良く知っている。
毎日、聴いているから。
ゆっくりと、振り返る。
「……たっくん……」
「……どこ、行くんだよ……」
たっくんが、ぎり、と私の手首を強く掴む。
少し痛くて、顔を顰めそうになった。
でも、たっくんの方が、ずっと苦しそうな顔をしている。
「私……あの……行かなきゃ……」
「行くな」
「たっくん……」
「行くなよ……ねーちゃん……!」
たっくんが、苦しげに息を吐き出す。
それから、たっくんは私を思い切り睨んで怒鳴り始めた。
「オレが甘やかさないっつったから無理矢理変わろうとしてんのか!? オレの言葉が、ねーちゃんの重荷になってんのか!? だったら全部撤回するよ! ずっと守ってやるよ、急いで大人になんなくていいよ!!」
「たっくん、私」
「……っ、ねーちゃんに、怪我してほしくねーんだよッ! それだけなんだよ! 何で、何でわかってくんねーんだよ……!」
苦しそうなその声に、表情に、息が詰まる。
でも、胸に込み上げてくるのは温かい気持ち。
目の前の弟を、とても大事だと思う気持ち。
私は、たっくんに掴まれてない方の手を、私の手首を握り締めるたっくんの手にそっと添えた。
大きな手。
いつも私を守ってくれた、強い手。
「……ごめんね、たっくん。私、今までいっぱいいっぱいたっくんを傷つけたよね。たっくん、ほんとはケンカなんて嫌いだって、私、知ってたんだよ。でも、その優しさに甘えて、縋ってた」
「……オレは、別に……」
「……たっくんは、かっこいいね。強くて、優しくて、人のことちゃんと思いやれて、しっかりしてて。昔からいつだって、たっくんは私のヒーローなんだよ」
たっくんの目を、私と同じ色の瞳をじっと見つめる。
不思議と、心臓が落ち着いている。
そんなに、どもらずに話せる。
「でも、いつまでも憧れて頼ってるだけじゃだめなんだ。だって、私、これでもたっくんの『お姉ちゃん』なんだもん。私に、たっくんの『お姉ちゃん』らしくいさせてほしいよ」
たっくんの手から、力が抜ける。
その手を、自分の小さくて弱そうな両手でぎゅっと握った。
「だいすきだよ、たっくん。私も、たっくんのことが、世界よりも、地球よりも大事」
「……だったら、言うこと聞いてくれよ」
「……ううん。できない」
「何で」
たっくんの手を握ったまま、自分の額にそれをこつんと当て、祈るように目を伏せた。
「私を守ってくれたたっくんに、私は何を返せるのか、何ができるのか、ずっと考えてたんだ。そんな時、私はハーツ・ラバーになった。本当はね、最初の戦いが終わったあと、逃げても、辞めても良かったの。でも、私、戦いたいって思った。これは、私が初めて自分でちゃんと決めた道なの」
「何でだよ……」
目を開ける。
なるべく、自然に。
そう心がけて、微笑んだ。
「守りたいの。たっくんの、鈴原くんの、お母さんの、お父さんの、私の大切な人達の日常を。こんな私でも、ようやく何かができるなら、自分でもできることがあるなら、私はそれを最後まで貫き通したい。諦めたくない」
そうだ。私は、守りたい。
「……私ね、たっくんの未来を守りたいんだ。今までたっくんは私をずっと助けてくれた。これからは私が助ける番。鈴原くんは、私の初めての友達は、私に『何でもできる』って言ってくれた。その言葉を、信じたいの。ずっとたっくんに何でもしたいって思ってきた。何ができるかわからなかったのに……何でもできるって言われたんだよ。こんなに嬉しいことって、ないんだよ」
たっくんの手を、下ろす。
ぎゅっと、たっくんの手を強く握った。
この想いが、少しでも届きますように。
「だから、私、ハーツ・ラバーになりたい」
たっくんが、声も出さずに私を見つめている。
もう一度微笑んで、私は彼の手を離した。
空いた片手に、ぼうっと、あの大きな赤い剣が現れる。
それを、握り締めて。
「ハーツ・ラバー! アイ・ブレイク・ミー!」
さよなら、たっくんに頼って縋ってばかりだった、弱虫な自分。
私はラブセイバーを、自分の心臓に突き刺した。
たっくんがひどく驚いて目を見開く。
でも大丈夫、大丈夫だよ、たっくん。
体が熱くなる。
またきらきらした世界にいるような感覚がしたけど、それも一瞬で。
気がつけば、私はあのピンク色のドレス、ハーツ・ラバーの衣装に身を包んでいた。
髪の色もきっと、鈴原くんの好きな赤色に染まっている。
「ねー……ちゃん……」
たっくんが、ぽかんとしている。
私は、彼に笑いかけて。
「今までありがとう、たっくん」
たっくんに背を向けて、心が、ラブセイバーが知っている場所へと、戦場へと、私は駆け出して行った。
今の自分にできることを、一生懸命やり遂げる為に。




