その6 彼女の闇
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第二話『私、ハーツ・ラバーになりたい!』
その6 彼女の闇
teller:ネス
「また、来たの?」
タレ気味の瞳が、鏡みてえにオレの大きな姿を映している。
「ぼくを、殺してくれないくせに」
抑揚のない声。
無表情でオレを見つめていたかと思えば、コートを着たそのちびっ子は再び視線を景色へと移した。
……何でオレ、またこいつのとこ来てんだよ。
自分で自分が、良くわからない。
オレの、ネスの役目は、使命は、エモーションを地球の人間共から根こそぎ奪うことだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
だから、このちびっ子しかいないような丘なんかじゃなくて、もっと人が集まるような、賑やかな場所に行った方が良いっつーのに。
気がついたら、オレはまたここに足を運んでいた。
アガペに知られたら、変に邪推されるかもしれない。
あいつのことだから、もう知ってんのかもしれない。
ナハトさんに知られたら、ぜってーからかわれる。
あの人、いつまでもいつまでもオレをガキ扱いしやがって。
オレはガキじゃねえし、もうナハトさんよりもずっと体だってデカいっつーの。
「座れば?」
ちびっ子が、とんとん、と自分の横の草原を叩いた。
こいつ、マジでオレのこと怖くねえんだな。
エモーションが空っぽなんだから、そうなんだろうけど。
むしろ、こいつを怖がってんのは、オレの方か。
ぼうっと立ってんのも落ち着かねえから、ちびっ子の隣にどかっと無遠慮に腰を下ろす。
横目でちびっ子を見ると、やっぱりちいせえ。
でも、あいつ……ブレイブラバーは、もっと小さかったな。
昨日はアガペとナハトさんに邪魔を食らったが、次会ったらマジでぶちのめしてやる。
そこまで考えた所で、ちびっ子が両手に小さい四角形の箱、のようなものを持っていることに気づく。
昨日はこんなもん、持ってなかったのに。
「何だ、それ」
「デジカメ」
「でじ……かめ……?」
良くわからない。
オレはナハトさんみたいに地球の文化に詳しいわけじゃねえし、興味もねえ。
そのはずなのに、オレはこいつが持っている、というだけで何となく、本当に何となく、今だけは素直に気になった。
「これで写真、撮るの。知らない?」
「……知らねえ。しゃしん、って、なんだよ」
「説明するの、面倒くさい」
「おいっ」
オレが口調を荒げても、こいつは全く動揺しない。
ほんと、ぶれねえのな。
「撮ってあげようか」
「は?」
「きみの写真」
だから、しゃしんが何なのかもわからねえのに。
オレが困惑しているっつーのに、ちびっ子は知らん顔で。
オレの返事も聞かず、オレの服の裾を引っ張って体を寄せてきた。
それから、デジカメ、とやらを掲げて。
「はい、ちーず」
そう、淡々と言った。
直後、かしゃり、と聴いたことのねえ変な音がした。
一瞬、眩しかった気がする。
「ほら、撮れた」
ちびっ子が、オレにデジカメを見せてくる。
その四角い箱の中には、何故かオレとこいつの姿が映っていて。
鏡か、と手を軽く動かしてみたのに、箱の中のオレはびくりともしない。
「こうやって、姿を残すの。人も、景色も」
それだけ言うと、ちびっ子はデジカメを空に向けたり、花に向けたり、街並みに向けたり、色々と弄り始めた。
でも、特にこいつからはしゃしんに対する興味も関心も感じられない。
「……しゃしん、好きなのか」
「好き、というか、趣味。いや、日課かな」
「日課?」
「こうしてれば、会える気がするから」
会える?
何に。
こいつ、ほんと何考えてんだ。
ぜんっぜんこいつの言っている意味が良くわかんねえんだけど。
オレに言うでもなく、ちびっ子がぽつぽつと一人で語り始めた。
「最初は、ただ会いたかっただけなんだ。ぼくの、ぼくだけの世界を取り戻したかった。それだけ。でももう無理だってわかっちゃって、諦めて、絶望して、気がついたら全部どうでもよくなってた」
ふいに、ちびっ子がデジカメから視線をオレに向ける。
緑色のヘアピンが、太陽の光に照らされて僅かに輝いていた。
「きみ、ロリコンなの?」
「……は?」
唐突にぶつけられた言葉に、首を傾げそうになる。
ろりこん、って、なんだ。
また新しい用語が出た。
オレの疑問に答えるように、ちびっ子が話し始める。
「幼女、少女に恋愛感情を覚える異常性癖、という意味」
へえ、そういう意味の言葉もあるのか。
……って。
「何でオレがそうなるんだよ!?」
「ぼくのこと好きなのかと思った」
「好きじゃねえよ、お前のことなんか!」
急に何を馬鹿なこと言い出してんだこいつ。
しかも相変わらずの無表情で。
恋なんて知らねえし、するつもりもねえよ。
オレはアガペみてえな恋愛脳じゃねえんだ。
ましてや地球人と恋なんて、こっちから願い下げだ。
「きみ、歳、いくつ?」
またしても、純粋な疑問が投げかけられる。
「……17」
何で、オレ、こいつに問われると馬鹿正直に答えちまうんだろう。
「ふうん、それにしては老けてるね」
「うるせえっ」
「でも、それじゃあやっぱりロリコンだ」
「はあ?」
オレの顔を見上げて、ちびっ子が言い放つ。
「ぼく、もうすぐ小学5年生だから」
しょーがく、ごねんせい。
どういう意味だ。
「まだ、10歳ってこと」
ああ、こいつ10歳なのか。
……10歳?
「……可愛げねえな」
「別に可愛くなくてもいいよ」
そう言って、この10歳のちびっ子はデジカメを持ったまま空を仰いだ。
「ぼく10歳だから、きみはあと5、6年は待たなくちゃいけないね」
「は? 何で」
「そしたら、考えてあげてもいいよ」
「……何を」
「それまで、ぼくが生きてたら、の話だけど」
だから、言ってる意味が全然わかんねえんだけど。
どんだけ自分の世界全開で生きてるんだよ、こいつ。
かしゃり、とまた変な音が鳴る。
「ぼくは、きみのこと結構好きだよ」
「……嘘つけ」
てめえのエモーション、すっからかんじゃねえか。
好意なんて、温かい感情なんて微塵も感じられねえんだよ。
その代わり、敵意も恐怖心もねえけど。
「少なくとも、他の人よりは好き」
ちびっ子がじっとこちらを見据える。
顔を向き合わせると、良くわからない気持ちになった。
ほんと、何で。
今、オレはこいつと一緒にいるんだろう。
「だってきみ、この世界の人間じゃないんでしょ」
「……まあな」
「この世界、壊してくれるんでしょ」
「壊すっつーか……侵略をだな……」
「同じだよ。滅ぼしてくれるなら何でもいい。ぼくは、この世界が嫌いなんだ」
嫌いという感情すら、こいつからは感じられねえのに。
こいつ、一体何なんだ。
何を思って、物騒なことばかり口に出すんだ。
「ぼくを救ってくれるのは、きみしかいないんだよ」
その言葉に、心がざわっとして。
何でだ。
何で、オレ、こんな。
こいつに、色々搔き乱されてるんだ。
「何してるの」
不思議そうな声が上がった。
その静かな声で、我に返る。
無意識だった。
手が勝手に伸びていた。
それから、こいつの頭に手を置いていて。
撫でるでもなく、叩くでもなく、ただ触ってて。
昨日もオレは、手を伸ばしていた。
昨日も、こうするつもりだったのかもしれない。
理由はやっぱり、わからないけど。
「……お前、名前は」
地球人の名前なんか聞いたって、どうしようもない。
そんなこと、わかってるよ、ちゃんとわかってるよ。
でも、不思議と知りたかった。
「きみが、ぼくを殺してくれるなら教えてあげる」
「……殺しちまったら名前、聞けねえだろ」
「きみにしては鋭いね」
「オレを何だと思ってんだよ」
「お馬鹿で図体だけ大きくて口が悪い侵略者さん」
「てめっ」
さすがにキレんぞ。
ガキ相手にマジになってもしょうがねえけど。
はあ、と溜息を吐き出し、立ち上がる。
「行くの?」
「ああ、オレにはやんなくちゃいけないことがある」
「そう」
特に寂しさも名残惜しさも見せず、ちびっ子はただオレを見つめているだけだ。
「……ミク」
「あ?」
「穂村ミク。ぼくの名前」
あっさり名前を告げられて、少しだけ戸惑う。
オレの動揺なんて気にも留めず、ちびっ子は――ミクは、首を傾げた。
「知りたかったんでしょ」
「……ああ」
「きみの名前は?」
「……ネス」
「そう」
ミクが、またデジカメを丘の向こうに広がる景色へと構えた。
「またね、ネス」
その声が、そのあまりにも涼やかな声が。
いつまでも、オレの耳にこびりついている気さえした。




