その13 戦いを終えて
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第一話『芽生える勇気! ブレイブラバー誕生!』
その13 戦いを終えて
私と鈴原くんは、約束、のようなものをしたからか。
戦いが終わった後、予定通り並木道から少し歩いた先の丘に来ていた。
空が、すっかりオレンジ色に染まっている。
夕陽に、広い街が照らされていて。
「……わあっ」
そんな、感嘆の声が洩れた。
街並みが、凄く綺麗。
私、これからこんな所に住むんだ。
……凄い、なあ。
「な、綺麗やろっ!」
鈴原くんが、嬉しそうに笑う。
私は、すぐにこくりと頷いた。
「……うんっ。すっごく。こんな素敵な所に連れて来てくれて、ありがとう。鈴原くん。……鈴原くんは、本当に、私に色々なことを教えてくれるね。私に、たくさん、初めての気持ちをくれる。ありがとう」
ぺこ、と頭を下げる。
胸をいっぱいいっぱいに満たす、感謝の気持ちを告げる。
でも、いつまで経っても鈴原くんの返事はない。
恐る恐る顔を上げると、鈴原くんは、気まずそうに私から目を逸らしていた。
「あー……その、な、こずえ」
ちら、と私に視線をやって、すぐに逸らして。
言いにくそうに、頬を指で掻いて。
鈴原くんは、小声で言った。
「……ワイの告白は、スルーなんやろか」
「……こく、はく?」
「あ、あー……覚えてへんならええわっ。ワイも、もっとちゃんとした形で言いたいしな!」
あはは、と鈴原くんが何かを隠すように笑い、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
鈴原くんの様子は不思議だったけれど、頭を撫でられるとそんな気持ちはどこかへ消えてしまう。
私、きっと、鈴原くんに頭を撫でられるの、好きだ。
「おいコラ、チビコンビ。いちゃいちゃしてんじゃねえ」
私の眼前に、ぬっとゼロットさんが現れる。
びっくりして、腰が抜けそうになった。
ふらつくと、鈴原くんの手が背中に回る。
「あ……ありがとう……」
「こら、コウモリ! こずえをいきなり驚かせんなや!」
鈴原くんがゼロットさんの頭を軽くはたく。
ゼロットさんは不満そうに声を荒げた。
「コウモリ言うな! 俺様にはゼロットっていう立派な名前があんだよ! お前ら、平和に浸ってんのもいいけどな。この幸せは長くは続かねえぜ?」
「どういう……ことですか?」
「オーディオは、地球を侵略するつもりだって言っただろ。ぼけぼけしてっと、この星は終わっちまう。その為には、チビスケ……こずえ、だったか? お前が、ブレイブラバーが戦わなくちゃなんねえ」
体が、一瞬にして強張るのがわかった。
戦う。
私が。
さっきは、凄く怖い思いをした。
何度も心が折れそうになった。
あんな経験を、私はまたしなくちゃならない。
オーディオの人達が諦めてくれるまで、何度も何度も。
「……おいコウモリ。ワイは、反対やからな。こずえに、そんな危ないことさせられるわけないやろ」
「お前には訊いてねえよ赤いの。俺様が話しかけてんのは、こずえだ。俺様が知りたいのは、他でもないこいつの意志だ」
私の、意志。
私はいつも意志薄弱で、優柔不断で、弱っちくて。
弟のたっくんに守られてばっかりで。
でも、こんな私でもできることがあると言う。
誰かの助けを待っているだけじゃ、きっとだめ。
私が戦わなきゃ、家族の生活が、鈴原くんの生活が壊れてしまう。
……そんなのは、嫌だった。
「……あの……私、戦います」
「こずえっ」
鈴原くんが、驚いたような声を出す。
でも、私はゼロットさんをじっと見て言った。
「守りたいん、です。色々な物を。私でも、できることがあるのなら、私でも必要とされるのなら、私、頑張ります。私は弱虫だけど、何とか勇気出します。……守る為に、今までの自分、壊したいから」
本当は、まだ怖くて怖くて仕方がない。
声もやっぱり震えていた。
心臓も、どくん、どくん、と鳴っている。
でも、今変わらなきゃ、このまま一生私は弱い自分から変われない気がした。
「そうかい、良く言った!」
ゼロットさんが、私の肩に乗る。
「頼りにしてるぜ、ブレイブラバー! 俺様もお前の仲間の、四人のハーツ・ラバーを全力で探してやる! サポートは俺様に任せろ!」
「ちょい待ち、ちょい待ち、コウモリ!」
鈴原くんが、ゼロットさんを私から引き剥がす。
それから、鋭い目つきでゼロットさんを睨んだ。
「……こずえの決めた道やから、ワイは口出せんのかもしれん。でも、このままこずえだけを危険に晒すのは、男やないやろ」
「……鈴原くん……」
「ワイには、なんか、こう……できること、ないんか」
鈴原くんが、ぎゅ、と両手でゼロットさんを掴む。
あ、潰れそう。
ゼロットさんは苦しげに羽をばたばたさせ、身を捩らせてから言った。
「だああ、もう、そんな敵意向けんじゃねーよ! じゃあアレだ、お前もサポート役だ! 一般人の避難誘導、こずえがハーツ・ラバーだって世間にバレねえ為の配慮、こずえの日常面でのサポートをお前に命ずる!」
「ばれない、ように?」
首を、傾げる。
確かに、ばれたら恥ずかしいけど。
「ハーツ・ラバーみてーな超常的な能力持った女の子、国のお偉いさんに目ぇつけられたらまずいだろ。最悪変な研究所に閉じ込められるかもな」
「ひう……っ」
一瞬想像して、自分で自分の体を抱き締めた。
それは、その、凄く怖い。
体が震えて、泣きそうになっていると。
ぽん、と頭の上に手が置かれた。
「鈴原くん……」
「そんな顔すんな。大丈夫や。ワイが絶対に支えたる」
その言葉だけで簡単に安心してしまう私は、随分単純なのかもしれない。
鈴原くんは、少しばつが悪そうな顔をして、私の頭を撫でてくれた。
「ほんまは、守ってやるつもりやったんやけどな。こずえのこと。逆に助けられたわ。……かっこわるいなあ、ワイ」
「そ、そんなことない、です……っ! 鈴原くんは、凄く、すっごく、とっても、あの、かっこいい、よ……!」
思ったことをそのままぶつける。
鈴原くんは、全然かっこわるくなんてない。
凄く強くて、優しくて、かっこいい人だ。
鈴原くんが、私の言葉を受けて目を見開く。
顔が随分と赤い気がしたけど、夕陽のせいかもしれない。
私から顔を逸らして、口元を手で押さえて、わしゃわしゃわしゃわしゃ私の頭を撫で回す。
「……ああもう、何でそんなかわええんや」
「……え……かわいく、ないよ……」
「かわええ。めちゃくちゃかわええ。ほんま、おかしくなりそうなくらい」
「か、かわいくないです……」
「かわええって」
「だー! いちゃつくな! 俺様の存在忘れてんじゃねえ!」
今日は、思えばいっぱいいっぱいの一日だった。
鈴原くんと、友達になれた。
私の生まれて初めての友達。
ずっと、一生大事にしたい。
ハーツ・ラバーというものになってしまった。
きっと、これからたくさんの痛くて怖いことが待っている。
でも、鈴原くんが友達として私に与えてくれた沢山のきらきらした気持ちを、思い出を想えば、私、いくらでも頑張れる気がする。
……頑張ろう。
ぎゅ、と自分の心臓の辺りに手を当てる。
とくん、とくん、と鳴る心臓は、不思議といつもより熱い気がした。




