その11 こずえの勇気
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第一話『芽生える勇気! ブレイブラバー誕生!』
その11 こずえの勇気
「……っ、鈴原くん、鈴原くんっ!」
鈴原くんの腕の中から抜け出して、ぽたぽたと頭から、腕から、膝から、破れた服の隙間から血を流す彼の両肩に手を置く。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私のせいだ、私のせいで鈴原くんが。
頭が混乱する。
涙がどうしようもなく零れる。
情けないくらいに取り乱す。
「やだ、やだ、血、止まって……止まってよ……っ」
傷口に触れかけて、そうしたらもっと痛いだけだろうと手を引っ込めて。
どうしたらいいのか、全然わからない。
「……ったく、なんて顔しとんねん」
鈴原くんが、力なく笑う。
どうして、こんな時でも笑えるの、笑ってくれるの、優しいの。
鈴原くんが、両手をうろつかせる私の肩にそっと手を置く。
じっと、私を見つめてくれる。
「こずえ、逃げろ」
「い……いやだ……っ、できない、できないよ……っ」
「逃げてや」
「いやだよ……っ!」
えぐ、えぐ、と嗚咽が洩れる。
アニマが、またゆっくりと近寄ってくるのが視界の端に映った。
追いかける、とかじゃない。
追い詰める気だ。
多分、私達に攻撃を加えられたから、勝利、みたいなものを確信している。
早く、早く鈴原くんを連れて逃げないと。
「こずえ」
優しく、名前を呼ばれた。
「昨日会ったばかりの男にこんなこと言われても困るやろし、信じてもらえんと思うけど、本音やから言うわ」
それが、まるで最後の会話みたいに彼は告げる。
「好きや、こずえ。大好きや。めっちゃ好きや」
目を見開く。
その拍子に、涙が頬を伝う。
私も、私も好きだよ、大好きだよ、鈴原くん。
だって、友達だから。
私にとって、生まれて初めての友達だから。
大切なんだよ。
こんな所で、お別れになるなんて嫌だよ。
もっともっと、一緒にいたいよ。
「……こずえ、昨日の夜話したこと覚えとるか。こずえの名前、むっちゃエエ名前やって。こずえはこれからどんどんおっきくなるって、無限大の可能性持っとるって。あれ、忘れんといてや」
覚えている。
忘れるわけがない。
だって、本当に初めて名前を褒めてもらえたから。
凄く、すっごく嬉しかったから。
ぎゅ、と彼が私の肩を掴む手に力が入った。
「大丈夫や。こずえはもう、ワイがおらんでも何でもできる! ワイが保証する! ……せやから、ワイのことは気にすんな。こずえはもう、一人でも大丈夫やから」
鈴原くんが、微笑んでくれる。
その間も、彼の血液は絶え間なく流れ出ていて。
ずしん、と大きな音が響いて、はっとして顔を上げると、もう、すぐそこにアニマが近寄っていた。
私と負傷した鈴原くんを置いて逃げるのは憚られたのか、その場に無言で浮いていたゼロットさんの体がびく、と跳ね上がった。
「お、おい! チビスケ! やべーぞ! 早く逃げねーと……!」
「逃がさねえよ」
ゼロットさんの台詞が、低い声で遮られた。
見るとアニマの根っこの近くに、大きな影が、ネスさんが不敵な笑みを浮かべて立っている。
やっぱり、この人もアニマと同じだ、勝利を確信している。
「アニマ、そのままゼロットの野郎を潰しちまえ。そこのチビ二人は捕獲して、エモーションを吸い取る」
感情が、吸い取られる。
その言葉に、肩がびくっと跳ねた。
鈴原くんが私に教えてくれた、たくさんの気持ちが、鈴原くんが持つきらきらした想いが、ぜんぶ、ぜんぶなくなっちゃう。
――そんなのは、嫌だ。
ゆっくりと、だけど。
私はその場に立ち上がった。
それを私が、逃げるという選択肢を選んだと判断したんだろう。
鈴原くんが安心したように、ふ、と笑う。
……でも、ごめんなさい、鈴原くん。
私、やっぱり、嫌だよ。
「こずえ……?」
私達に、鈴原くんに、ゼロットさんに襲い掛かろうとしているアニマの前に、私は両手を広げて、庇うように立ち塞がった。
後ろから鈴原くんの戸惑った声が聴こえる。
涙を拭ってる暇なんてなかった。
泣きながら、今、私は必死に立っている。
足が震える。
心臓がばくばくと暴れる。
こわい、こわい、こわい、こわい。
怖くて怖くて、また涙が溢れる。
本当は、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
「……おい、チビ。何してやがる。邪魔だ。退け」
ネスさんが眉を顰めて、忌々しそうに告げる。
私はぶんぶんと首を横に振った。
「ど……退き、ませんっ……」
「足震えてんじゃねえか。怖くねえのかよ」
「……こわいですっ! 本当に、本当に、怖くて怖くてたまらないし……! どうしたらいいか全然わからないし! 心臓うるさいし、もう、泣いちゃいそうです……っ!」
声まで震える。
こんなに大きな声を出したのも、きっと初めてだ。
ネスさんが、諦めたように溜息を吐き出した。
「もう泣いてんじゃねえか」
「……泣いてます。怖いです。でも……でも! 鈴原くんがいなくなっちゃう方が! 私は、もっとずっと怖い!」
「知らねえよ。いいから退けっつってんだろ。てめえみたいなチビに何ができるって言うんだよ」
「何でもできるっ!」
言葉は、思いの外すぐに喉の奥から飛び出した。
ぽかん、とネスさんが面食らったような顔をする。
「鈴原くんが、私にそう言ってくれた! 鈴原くんは、私にたくさんの気持ちを教えてくれた! いっぱいいっぱい、きらきらした言葉をかけてくれた! 私の大事な友達! そんな素敵な人が私を信じてくれた、私なんかに、何でもできるって言ってくれた! だから、私は、そんな鈴原くんが信じてくれた私を、信じますっ! 私は成長できる! おっきくなれる! そのアニマにも負けない樹になれる!」
ぎゅ、と力の抜けそうな足で、地面を踏みしめる。
怖くて俯きかけて、それじゃだめだと、また前を向いて。
「鈴原くんは、私に本当の本当に素敵な思い出をいっぱいくれた! だから、鈴原くんは、鈴原一希くんは、私にとって一番の希望なの! もう私、幸せなんです、今日の思い出だけで充分幸せなんです。鈴原くんを、希望を失うくらいなら、私、私……!」
大粒の涙が、頬を伝う。
かっこわるい。
情けない。
でも、それでもいい。
今、人生最大の勇気を振り絞らなきゃ、意味がない。
私は、私がどうなっても、何をしても、鈴原くんを。
「鈴原くんを失うくらいなら、私は……っ、今日、死んじゃってもいいよ……っ!」
心から、叫んだ。
はあ、はあ、と浅い呼吸を繰り返す。
苦しい。
心臓が痛い。
涙が、止まらない。
でも、これが私の本心なんだ――。
「な……!? は、おい……ラブセイバーが……っ!」
後ろから、ゼロットさんの焦ったような声が聴こえた。
何だろう、と不思議に思って振り返る。
真っ黒だったゼロットさんの身体が、真っ赤に発光している。
あたふたとゼロットさんがその場に飛び回っているのをぽかんと眺めていたら、その体から大きな赤い剣が飛び出してきた。
それはくるくると回って私に吸い寄せられるように近づき、私の手の中に収まる。
ずしん、と剣の重い感触が伝わってくる。
ラブセイバー。
さっきゼロットさんが言っていた、伝説の戦士・ハーツ・ラバーを選ぶ道具のようなもの。
「嘘だろ……このチビスケがハーツ・ラバーの一人なのかよ……!」
私が、ハーツ・ラバー?
どう考えても、戦士なんてガラじゃないのに。
呆然とする私を前に、ゼロットさんが、思い切り叫ぶ。
「おい、チビスケ! いいか、俺の言う通りにすれば、この状況は打破できる! お前も、この赤い髪のチビも助かる!」
助かる。
鈴原くんを、助けられる。
それは、私が今一番望んでいることだ。
私は、ラブセイバーを握り締め、こくりとぎこちなく頷いた。
「お前はラブセイバーに選ばれた。何を口に出せばいいのかはもう心でわかってるはずだ! その言葉を口にして、そのラブセイバーを自分の胸に突き刺せ!」
「……はあ!? おいコラ、何言うとんねん、コウモリ! こずえに何やらせる気や!」
鈴原くんの怒鳴り声が聴こえる。
だめだよ、そんなに大きな声出しちゃ、傷口もっと開いちゃうよ。
心配で、また涙が出そうになる。
でも、私はそんな涙を拭った。
胸に、剣を突き刺すということ。
痛いどころじゃないんだろう。
でも、それで鈴原くんを、私の大切な友達を助けられるなら。
私、何だってするよ。
ぎゅ、とラブセイバーを握り締める。
頭の奥に、ずっと言葉が響いてる。
きっと、これを言えってことなんだろう。
一度呼吸を落ち着けてから、私は口を開いて。
「……ハーツ・ラバー! アイ・ブレイク・ミー!」
勇気を出して、今までの、弱虫な自分を壊せ。
私は、ラブセイバーを自分の心臓に躊躇いなく突き刺した。
◆
あれ。
ここ、どこだろう。
あちこちがきらきらしていて、夢の中みたい。
からだ、あつい。
浮いてる、のかな。
私、死んだの?
鈴原くんを、助けられたのかな。
ぶわっと、どこからか吹く風によって髪が靡いた。
視界に僅かに映った私の髪は、ポニーテールに揺れる長い髪は、いつもの茶髪じゃなくて、鮮やかな赤色に変わっていた。
鈴原くんの、色。
それだけで、少しだけ心が弾んだ。
白いブラウスが、ピンク色のワンピースが、ぺらぺらと捲られる。
その下から出てきたのは、肌色なんかじゃない、ひらひらのピンク色のドレス。
見たことのない手袋が、靴が、纏われていく。
こんな服、着たことないなあ。
ぼんやりした頭で、そんなことを思った。
何だろう、これ。
よくわからないけど、不思議、だけど。
今、私、本当に何でもできる、気がするなあ。
◆
浮いていた足が、とん、と地に着く。
もう、世界はさっきみたいなきらきらした空間じゃない。
さっきと同じ、少しボロボロの並木道。
目の前には、大きなアニマ。
どきどきと、心臓が恐怖でまた騒ぎ出す。
でも、私、決めたんだ。
私を守ってくれた鈴原くんを私も守るんだって、助けるんだって。
私。
私は。
今の私は。
また、脳の奥で言葉が響く。
私は、じっと前を見据えて、はっきりと叫んだ。
「……っ、小さな体に満ちる勇気! 炎の戦士・ブレイブラバー!」
それが、私が『ハーツ・ラバー』として目覚めた瞬間だった。




