その1 小枝こずえ
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第一話『芽生える勇気! ブレイブラバー誕生!』
その1 小枝こずえ
「空気は、北海道の方が綺麗かしらねえ」
「でも、ほら。こっちは色々と便利な施設が沢山あるし」
お父さんとお母さんが、ダンボールを新しい家に運びながらそんなことを話していた。
空が、青く晴れ渡っている。
もう、こっちは桜が咲いてるんだ。
北海道は、まだ雪が所々残っていたのに。
3月某日。
私の名前は、小枝こずえ。
この春から、中学二年生です。
北海道の田舎から、東京のそよかぜ町に引っ越してきたばかりなのです。
ダンボールをうんしょっと持ち上げて、二階の自室まで運んでいく。
新しい家は二階建て。
一階は、お父さんとお母さんにとって夢だったレストラン『SAEDA』……になる、予定です。
でも、お父さんもお母さんも料理が独創的というかなんというか……なんだけど、大丈夫、なのかなあ?
ダンボールを部屋に置いて、息をつく。
これっぽっちのことですぐ息切れしちゃう自分の体力のなさに、ちょっと……ううん、凄く、自己嫌悪。
まだまだ荷物はあるんだから、運ばないと、頑張らないと。
気合いを入れたつもりになって部屋を出た所で、ばったりと一つ下の弟・小枝拓海くん……たっくんに出くわした。
「た、たっくん、おつかれ……」
声をかけると、むすっとたっくんは顔をしかめる。
それから、たっくんは顔を背けてしまった。
あ……あれ?
機嫌悪い……?
私、何かしちゃったのかな。
「……あのなあ、ねーちゃん。『たっくん』って呼ぶなよ。オレだっていつまでもガキじゃねえんだぞ」
「あ……そう、だよね。たっくん、もう中学生になるんだもんね……」
「だーかーら! 『たっくん』って呼ぶなっつってんだろ! ばか!」
怒鳴られて、びくっと身が竦む。
すぐ怯えるのは、私の悪い癖だ。
申し訳なくて、そのまま俯いてしまう。
「ご……ごめんなさい……」
「……チッ。ちょっと怒鳴ったくらいで、んな顔すんなよ」
おずおずと顔を上げると、たっくんが自分の茶髪をがしがしと掻いていた。
それから、たっくんは長い長い溜息を吐き出す。
「……いいか、ねーちゃん。この際だからねーちゃんにハッキリ言っておくことがある」
「な、なに……?」
たっくんが、私を見下ろし、睨みつける。
その鋭い視線に、また怯えてしまいそうになった。
ううん、もう、怯えているのかもしれない。
しばらくして、たっくんはビシッと私に人差し指を突き付けた。
「オレは、今日からねーちゃんを一切甘やかさねえ!」
「……ふえ?」
きょとん。
首を、傾げてしまう。
言っている意味が、良くわからなかった。
「いいか!? 同じ学校だからって必要以上に話しかけんじゃねえぞ!? 友達いなくてもオレに頼んな! っつーか友達くらいちゃんと自分で作れ! 何かあってもオレは絶対に助けてやんねーからな! 自分のことくらい自分で何とかしろ! あと学校で『たっくん』って呼んだらマジで口きかねーからな!」
「あ……あう……」
「あと、部屋入る時は絶対ノックしろよ! オレの許可なく入んなよ! 以上! 話終わり!」
捲し立てるように、言いたいことだけ言って、たっくんは踵を返してずかずかと階段を降りて行った。
ぽつん、と。
廊下に、私一人が取り残される。
つい、溜息が零れてしまった。
俯いて、泣きそうになる。
私には、友達がいない。
さらに言えば、友達なんて今まで生きてきて一度もできたことがない。
私は、他人との接し方が良くわからない。
人と何を話せばいいのかわからない。
人と向き合ったり、注目されると、頭が真っ白になる。
すぐ緊張しちゃって、顔が赤くなって、どうしようもなくなる。
心臓はばくばくとうるさくなるし、喉はカラカラに渇く。
声が、出なくなる。
元々声は小さいし、自己主張はとても苦手だ。
小さいのは、声だけじゃない。
私は身長がとても低い。
もうすぐ中学二年生だと言うのに、身長は121cmくらいしかない。
背の順だと、いつも一番前。
おまけにとろいし、運動はとても苦手。
馬鹿みたいに引っ込み思案で、怖がりで、恥ずかしがり屋で。
こんな自分が自分で嫌になるのに、自分を変える勇気もない。
私はただの、臆病者だ。
たっくんは、私と違って背も高いし、スポーツもできる。
しっかりしてて、明るくて、友達も多くて。
小学生の時は、男子にちょっかいをかけられたり馬鹿にされていた私をいつも守ってくれた、助けてくれた。
弟に守られるお姉ちゃんなんて情けないし、たっくんだってこんな私が姉だなんて、恥ずかしいんだろう。
もう、たっくんに頼るわけにはいかない。
自分の足で立って、自分の道を歩いていかなきゃならない。
でも。
友達って、どうすればできるんだろう?
人に挨拶する時って、声をかける時って、どうすればいいんだろう?
緊張を解く力なんて、あるのかな?
だめだ、全然自信ない。
また、溜息が零れる。
幸せがどんどん逃げていく。
中学1年生の時は、教室の隅でずっと一人ぼっちだった。
部活にも入ってなかったし、ただ勉強するだけの毎日で。
本当は、もっと、他の人達みたいに、明るく話せたらいいのに。
その為には、何をどうすればいいのかな。
私……頑張れるのかな。
しゅんと萎んだ気持ちのまま、階段を降りて行く。
私には、新しい生活に希望というものがとても見えなかった。




