5話 帰りたい
クレア視点
「レカさんに会いたいです……何が悲しくてこんな男といないといけないんでしょうか……」
「黙れ無礼者」
大量の紙束に囲まれ、足の踏み場がほとんどない執務室の中で目の前の男ーー十王一番、レオ・ライトリウムは疲れ切った顔で何かの書類にサインをしていた。
「私が無礼者なら貴方は非常識だと思いますが。何故、休暇中に呼び出された上、無礼だと言われなくてはならないのでしょうか」
「まともに使える部下が殆ど居ないのだから仕方がないだろう。恨むなら、権利だけを求めて義務を果たさない同僚に言え」
彼の言う部下というのは、一応他国の王であるはずだが、全く遠慮の見えない清々しい罵倒にクレアは感心さえしてしまう。
そして口を動かしながら、手はもっと早く動かしているのだから訳がわからない。
「いえ、理解するだけ無駄ですね」
「文句を言う暇があるなら手伝え。流石に今日は寝たい」
「流石にっていつも寝ていないような言い方を……」
「寝ていないが?」
レオは無意味な嘘をつく人ではない。即ち嘘ではないことがわかる。よく見れば、目の下に深い隈が出来ており、前にあった時よりも痩せているように見えた。
「まさかとは思いますが、食事もしていなかったりしますか?」
「食事は問題ない。栄養剤を飲んでいる」
「……仕事は変わりますから、食事をして少し寝てください」
流石のクレアも呆れより心配が勝った。彼が倒れたら仕事はクレアに回される。そうならないためにも、彼には健康的に生きて欲しい。
半ば強引に食事をして寝るように言い聞かせ、レオから仕事を奪った。レオは「生きているからまだ平気だ」と口では言っていたが、流石に限界だったのだろう。ほとんど抵抗せずに従った。
この様子だと、相変わらず他の十王達は仕事をサボっているんだろうなと、同僚を思い出してクレアは疲れを感じる。
十王一番は良く言えばリーダー。悪く言えば都合の良い代表者だ。特に責任感が強く根が真面目なレオはその毛が強く、上手く利用されている感が否めない。
「……気持ちは分かりますが、先代一番の罪まで背負おうとしなくて良いですのに」
先代一番の時代、まだ幼く、政治について分からなかったクレアから見ても先代一番は、欲望に塗れた醜い人間だった。そして、先代一番はレオの父親でもある。だから、レオは父親みたいになるまいと、自分をずっと責任で縛ってしまっている。
ふとそこまで考えたクレアは深く嘆息して呟く。
「もう大人ですし、自分の人生を歩んだら良いのに」
「貴様が言うな十五歳」
呟きに反応があった事に驚きながら、クレアが恐る恐る顔を上げると、相変わらず疲れた顔をしたレオがいた。
「あれ?起きるの早すぎません?」
「流石に貴様を呼び出しといて、寝るのはまずいだろうから、数分の仮眠だけとって戻ってきた」
心配していたと思われるのが気まずくて、クレアは何事もなかったかのような顔を作りながら、話題を逸らした。
幸いレオも話に乗ってくれたため、無事にクレアの発言は無かった事になる。本当のところは、レオの発言に、呆れているためそれは忘れていたが本音だが。
「仮眠でも早すぎますよ……まあ言うだけ無駄でしょうし、これ以上は言いません。とりあえずこちらの書類は全て片づけました」
「助かる、礼を言おう」
「実際どうかは知りませんが微塵も心がこもっていないの、辞めてくれます?まあいいです。それより、それよりも、現在問題視されている十王七番と七番国ライトリヤーの経済状況について何ですが……」
夕暮れ時の執務室の中、早く帰りたいクレアと、早く寝たいレオは、手を止める事なく仕事を片付けたのだった。