3話 逆らいたくない人
レカ視点です。
三番国メルミアは炎の国と呼ばれるだけあって、他国と比べて比較的温暖な気候である。それなのに、今部屋の温度は間違いなく0度を下回っていた。
レカから見て正面の椅子に腰を掛け、優雅に紅茶を啜っているクレアは、圧迫するような雰囲気を纏っていた。
クレアは声を荒げて怒ったりはしない。ただ無言で相手に一生のトラウマを与えるのだ。
クレアが怒っている原因は明白、待ち合わせに三時間遅刻した事である。
謝らないといけないのは百も承知だったが、恐怖で声が出なかった。しかし、謝罪しなければきっとこの時間は永遠に続くように思え、半ば自暴自棄の様子で何とか声を絞り出す。
「……ご、ごめんなさい時計を、時計を、み見ていなくて……わ、わるかったと思って……」
「そうですか、レカさんは約束があるのに三時間も時間を確認しない人なんですね。大丈夫怒ってませんよ」
「それ絶対怒ってるやつ……あ嘘嘘ごめんなさい」
思わず余計な事を言ったレカを、クレアは無言の微笑みで返す。口元こそ笑っているが、目は覚めていた。
クレアの仕草だけが時を刻む空間で、レカは胃の奥を締めつけられるような痛みに襲われた。
だがその痛みは、反省などという清らかなものとは程遠かった。
――これも全部ユランナとシェルナが声をかけてくれなかったせいよ。分かってたら私だって……
コンコンコン、と戸を叩く音が聞こえた。
「嘘ですごめんなさい私が悪かったです」
「責任を押し付けようとしてごめんなさい」と、脳裏に描くメイドの二人に謝罪をし、レカは怯えたように息を潜めた。クレアはそんなレカを呆れたように見つめながら嘆息をついた。
「ドアのノック音にそんなに驚かなくてもいいじゃないですか……誰ですか?」
クレアがティーカップを机に置いてから声を掛けると、威勢の良い声で「失礼します!」と言う返事が聞こえ、ドアが開かれた。
「ご歓談の所失礼します。国王様に伝言を預かってきました。それで……」
どうやらクレアに用があるらしい文官らしき男性が、チラリと不躾にレカの方向を見た。
――席を外して欲しいって事かしら。先客の私を追い出すなんて、余程の礼儀知らずか緊急性がある話かしら。
いつもなら無礼だと責め立てるところだが、場の空気が苦しかったレカにとっては渡りに船。レカは内心感謝しながら彼を歓迎した。
「クレア、どうやら急ぎの様みたいだから私は席を……」
「レカさんはここにいてください」
レカの浅知恵はクレアに通用しなかった。そして、逃げることも許されなかった。
文官らしき人も明らかに嫌そうな顔をしているが、クレアは全く気にした様子はない。物応じせずに、鋭い眼差しで尋ねた。
「何の用ですか?」
「あの……しかし他人に聞かせるのはと思いまして……」
「なら貴方が出直しなさい」
有無を言わせぬ勢いでクレアは男を凄む。男は一瞬怯んだが、部屋を出る気配はない。
「で、ですが国王様にお伝えするように言われいる為、それは出来ません」
怖気つきながらも一貫した男の態度に、少し不穏な雰囲気を感じたレカだったが、クレアは紅茶を啜っただけだった。そのままおろおろとしている男に対し、クレアは氷のような冷たさで口を開いた。
「様子からして緊急性なさそうですね」
クレアの声色が興味のない無関心から、軽蔑に滲んだ冷たい音になる。
「はい?」
元々冷え切っていた部屋の温度が更に下がった。もはやクレアは微笑みすら作っていない。
「いつまで私を見下している、無礼者」
気づけば、レカは本能のままに剣の鞘を握りしめていた。
比較的クレアに慣れているレカですらこの反応である。当然、耐性のない男は顔を青くして膝から崩れ落ち、そのままハッとした様に跪いた。額には脂汗が浮かび、過呼吸を引き起こしているのか、息が荒い。
しかし、この程度で終わらせる程クレアは優しくない。レカの想像通り、クレアは汚物を見る様な目で男を見下ろすと、底冷えする声で言葉を続ける。
「貴方よりも身分が上のレカ・ライトリヤーとの会談を、緊急性すらない要件で邪魔した上、退出を命じても従わない。――焼死体になりたくないなら今すぐ屋敷から出て行きなさい」
一瞬だけだったが、冷め切ったはずの部屋が熱いと感じた。目に見えぬ炎に包まれたように感じたのはレカだけではない。男はレカ以上に激しく震え出し、見るに絶えない様子で涙を流した。
「――す、すす、すみませんでした。わる、わ、わふきは、悪気は、悪気はなかったんです。許して……」
訴えも虚しく、ドアの外で待機していた従者の少女に男は連行されていく。
「そこの無礼者を追い出しなさい」
クレアに命じられた少女が「承知いたしました」とだけ言い残して部屋を出る。
「聞いているならさっさと来なさい。趣味が悪いですよ」
そのまま、クレアは何故か誰もいない見当違いの方向に声をかけたが、レカにはかえって恐怖でしかった。
英雄である彼女に勝ち、自身が英雄になる。
それがレカの目標だったはずだが、実際にクレアと会話していると、弱音ばかりが溢れて止まなかった。
再び部屋に二人きりになり、レカは恐怖と気まずさを誤魔化す様に冷め切ったら紅茶を啜った。
三番国メルミアは炎の国と呼ばれるだけあって、他国と比べて比較的温暖な気候である。それなのに、今部屋の温度は間違いなく0度を下回っていた。
レカから見て正面の椅子に腰を掛け、優雅に紅茶を啜っているクレアは、圧迫するような雰囲気を纏っていた。
クレアは声を荒げて怒ったりはしない。ただ無言で相手に一生のトラウマを与えるのだ。
クレアが怒っている原因は明白、待ち合わせに三時間遅刻した事である。
謝らないといけないのは百も承知だったが、恐怖で声が出なかった。しかし、謝罪しなければきっとこの時間は永遠に続くように思え、半ば自暴自棄の様子で何とか声を絞り出す。
「……ご、ごめんなさい時計を、時計を、み見ていなくて……わ、わるかったと思って……」
「そうですか、レカさんは約束があるのに三時間も時間を確認しない人なんですね。大丈夫怒ってませんよ」
「それ絶対怒ってるやつ……あ嘘嘘ごめんなさい」
思わず余計な事を言ったレカを、クレアは無言の微笑みで返す。口元こそ笑っているが、目は覚めていた。
クレアの仕草だけが時を刻む空間で、レカは胃の奥を締めつけられるような痛みに襲われた。
だがその痛みは、反省などという清らかなものとは程遠かった。
――これも全部ユランナとシェルナが声をかけてくれなかったせいよ。分かってたら私だって……
コンコンコン、と戸を叩く音が聞こえた。
「嘘ですごめんなさい私が悪かったです」
「責任を押し付けようとしてごめんなさい」と、脳裏に描くメイドの二人に謝罪をし、レカは怯えたように息を潜めた。クレアはそんなレカを呆れたように見つめながら嘆息をついた。
「ドアのノック音にそんなに驚かなくてもいいじゃないですか……誰ですか?」
クレアがティーカップを机に置いてから声を掛けると、威勢の良い声で「失礼します!」と言う返事が聞こえ、ドアが開かれた。
「ご歓談の所失礼します。国王様に伝言を預かってきました。それで……」
どうやらクレアに用があるらしい文官らしき男性が、チラリと不躾にレカの方向を見た。
――席を外して欲しいって事かしら。先客の私を追い出すなんて、余程の礼儀知らずか緊急性がある話かしら。
いつもなら無礼だと責め立てるところだが、場の空気が苦しかったレカにとっては渡りに船。レカは内心感謝しながら彼を歓迎した。
「クレア、どうやら急ぎの様みたいだから私は席を……」
「レカさんはここにいてください」
レカの浅知恵はクレアに通用しなかった。そして、逃げることも許されなかった。
文官らしき人も明らかに嫌そうな顔をしているが、クレアは全く気にした様子はない。物応じせずに、鋭い眼差しで尋ねた。
「何の用ですか?」
「あの……しかし他人に聞かせるのはと思いまして……」
「なら貴方が出直しなさい」
有無を言わせぬ勢いでクレアは男を凄む。男は一瞬怯んだが、部屋を出る気配はない。
「で、ですが国王様にお伝えするように言われいる為、それは出来ません」
怖気つきながらも一貫した男の態度に、少し不穏な雰囲気を感じたレカだったが、クレアは紅茶を啜っただけだった。そのままおろおろとしている男に対し、クレアは氷のような冷たさで口を開いた。
「様子からして緊急性なさそうですね」
クレアの声色が興味のない無関心から、軽蔑に滲んだ冷たい音になる。
「はい?」
元々冷え切っていた部屋の温度が更に下がった。もはやクレアは微笑みすら作っていない。
「いつまで私を見下している、無礼者」
気づけば、レカは本能のままに剣の鞘を握りしめていた。
比較的クレアに慣れているレカですらこの反応である。当然、耐性のない男は顔を青くして膝から崩れ落ち、そのままハッとした様に跪いた。額には脂汗が浮かび、過呼吸を引き起こしているのか、息が荒い。
しかし、この程度で終わらせる程クレアは優しくない。レカの想像通り、クレアは汚物を見る様な目で男を見下ろすと、底冷えする声で言葉を続ける。
「貴方よりも身分が上のレカ・ライトリヤーとの会談を、緊急性すらない要件で邪魔した上、退出を命じても従わない。――焼死体になりたくないなら今すぐ屋敷から出て行きなさい」
一瞬だけだったが、冷め切ったはずの部屋が熱いと感じた。目に見えぬ炎に包まれたように感じたのはレカだけではない。男はレカ以上に激しく震え出し、見るに絶えない様子で涙を流した。
「――す、すす、すみませんでした。わる、わ、わふきは、悪気は、悪気はなかったんです。許して……」
訴えも虚しく、ドアの外で待機していた従者の少女に男は連行されていく。
「そこの無礼者を追い出しなさい」
クレアに命じられた少女が「承知いたしました」とだけ言い残して部屋を出る。
「聞いているならさっさと来なさい。趣味が悪いですよ」
そのまま、クレアは何故か誰もいない見当違いの方向に声をかけたが、レカにはかえって恐怖でしかった。
英雄である彼女に勝ち、自身が英雄になる。
それがレカの目標だったはずだが、実際にクレアと会話していると、弱音ばかりが溢れて止まなかった。
再び部屋に二人きりになり、レカは恐怖と気まずさを誤魔化す様に冷め切ったら紅茶を啜った。
この気まずい空気は、数分後に部屋に訪れたコオが、持ち前の勘の鋭さを活かして、
「姉さん、レオにぃからの伝言。仕事があるから、こっちに来いだって。レカは――晴れてるから、僕と外に行こう」
と、半ば強引に二人を引き離してくれるまで続いたのだった。