2話 進みすぎた時計の針
レカ視点です。
レカ・ライトリヤーは恵まれている。
比較的平和な七番国ライトリヤーの王族として生まれ、次期十王七番。剣の才能があり、容姿端麗で、丈夫な体を持っている。
レカ・ライトリヤーは恵まれている。恵まれているが、生まれてくる時代には恵まれなかった。
先程、剣の才能に恵まれたと述べた通り、レカには自他共に認められている剣の才能がある。
もし、現在が戦時中だったらなら、レカは歴史に名を残す武人になっていたのはまず間違いない。
否、戦時中だとしてもレカの名は残らない。
「理由は簡単。英雄の生まれ変わりのクレア・メルミアと同じ時代に生まれたから。私はクレアに勝てないから」
鏡に映る自分の姿を眺めながら、レカは皮肉混じりに自分を評する。鏡に映った自身の瞳は、不満を訴えるように鋭かった。
クレアの事を思うと、複雑な感情になってしまうのは仕方がない。出会いが最悪だったのだから。
レカは一人っ子の上、王族だという事もあり、周囲の人に愛されて育ってきた。レカの両親は、多忙ゆえにあまりレカに関わってこれなかった分、レカの我儘を許容していた。
そのため、レカはプライドが高く、自分中心に物事を見る我儘な少女に育ってしまった。
そのエベレスト並みに高いプライドも、自分中心だった幼い子供の世界すらも、いとも簡単に壊したのがクレア・メルミアだった。
五年前、レカがクレアに対して弁えもせずに決闘を申し込んだ時の事だ。
『髪の色からしてライトリヤーの方だと思っていましたが、すみません、人違いでしたね。ライトリヤーがこんなに弱くて無様なわけがないですし』
レカは優れているはずの剣で、剣は苦手だと微笑む同世代の少女に負けた上、さらに弱いと罵られた事で、プライドをズダズダにされた。
これがクレアとの初対面の思い出だ。
この日からレカは心を入れ替え真面目に努力を始め、クレアに勝つ事だけを目標に今日まで生きてきたのであった。
時は戻り現在。レカは相変わらず鏡の自分と睨めっこしながら、自慢の銀髪の髪を撫でていた。
「私は美少女私は美少女私は美少女私は美少女」
この部屋にコオが居れば「いや怖いんだけど!?」とツッコミを入れくれただろう。
だが、残念な事にこの部屋に居るのはレカの専属メイドのユランナとシェルナだけである。そして、悲しいことに二人はレカの奇行に慣れてしまっているため、日常茶飯の様子に最早動じない。
そのためレカの奇行を止める者は存在していなかった。
「私は美少女クレアよりも美少女私は美少女クレアよりも美少女」
鏡に映る緩やかな銀髪に、右の白と左の黄のオッドアイの瞳は、月を連想させる色合いだ。
「クレアは太陽を連想させる色合いの髪と瞳なのに。……月程度じゃ太陽に勝てないじゃない」
クレアは夕焼け色の髪と、紅と桃が混じった瞳を持っており、暖かな太陽を連想させる雰囲気がある。
その上可愛い顔立ちをしているため、より暖かそうな雰囲気を纏っているのだ。つり目で厳しそうな印象を与えがちなレカとは対照的である。
「そうこの目とは違って……いや待ちなさいレカ。月は美しいじゃない。そうよ!私は美少女だもの!何を落ち込んでいたかしら!」
いつも通り、脈略なく自己肯定感が昂ったレカは自信満々に薄い胸を張る。
そして、更に自分の顔をまじまじと見つめながら独り言を続ける。
「私はクレアにも負けない美少女よ!いいえ、いずれクレアに勝つから実質私が上ね!まあこの顔は母様に似てるから、美人に決まっているのだけれど!ふふ……美少女……」
「レカ様。楽しげな所申し訳ないのですが、そろそろ時計を確認して欲しいのですが」
「時計?」
これまで無言を貫いていた、メイドのシェルナがレカに声を掛けた。シェルナの隣にいるユランナは無言で時計を指差している。
ユランナの指す方向に釣られてレカは時計を見た。
「……ねえシェルナ、ユランナ。あの時計壊れていたりしないかしら」
今日はクレアの家、メルミア家に訪問する日だ。
約束の時間は午前九時。現在の時刻は丁度正午――もしも、時計が正常なら三時間の遅刻だ。
レカは救いを求める目で二人を見ると、シェルナはいつも通りの無表情で、ユランナは慈愛に満ちた優しげな微笑みで言った。
「安心してください。時計は正常です。おかしいのはレカ様の自己肯定感の高さだけです」
「大丈夫!時計は正常ですよ〜。異常があるとしたら、レカ様の時間感覚くらいですね〜」
「安心出来ないし、大丈夫じゃないじゃない!えっと荷物……ああぁもういい!まずクレアに謝らないと……シェルナ荷物の準備して!ユランナはゲート準備して!」
「もう荷物はまとめておきました」
「もうゲートも準備してますよ〜」
優秀であるメイド二人の声を聞いたレカは、クレアの怒りを想像し、必死に言い訳を考えながら慌てて部屋を出たのだった。