18話 逃げて逃げて逃げた先で見た光
ジン視点です
「それで今後はどうするのかしら?」
遅めの昼食を口に運びながらレカは尋ねてきた。
「思っていたより早く転移できそうだ……明日には二人を家に帰してやれる」
眉を顰めたレカを見て、ジンは首を傾げた。家に帰れるのが嬉しくないんだろうか。そんな疑問に答えるように、レカは言葉を続けた。
「私たちのことじゃなくて、あんたについて聞きたいのだけれど……」
「――え……あ、あたしのことか?」
レカは頷く。ジンは予想外の言葉に目を丸くしたが、すぐに冷静に戻る。
レカは今回の件の被害者だ。ジンの処遇が気になるのも当然の話だ。ジンは重い口を開いた。
「言ってしまった以上、決戦の儀を終わらせる……ただ、その後のことはまだ分からねぇな」
「……決戦の儀、やっぱり出るの?」
聞かれたくないところを深掘りされたが、ジンは平静を装って答える。
「あぁ、ヒアに言ってしまったしな。……いや、何つーか、今まで逃げられていたのが奇跡みたいな感じでさ。その時がきたなら仕方がないよな」
己の中で覚悟した事を言っているのに、声が震えた。レカはそんなジンに無言で視線を送っていた。
重苦しい空気を変えたのはレカだった。
「それ、ただ嫌々やってるだけじゃないの?」
「――いや、あたしは……ちゃんと自分で……」
思わず言葉に詰まった。レカは不機嫌そうに追い打ちをかけた。
「なんていうのかしら、馬鹿らしいわよ。そんなものに人生を棒に振るなんて」
「……は?」
気の抜けた声を出してしまった。彼女は今、ジンが悩んで出した決断を、馬鹿らしいと言ったのか?
別に慰めろとか、協力しろとか言うつもりはなかった。それでも高圧的な態度が鼻についた。
「……正しいこと言ってるつもりか?お前に、あたしの何がわかるんだよ。それしか選択肢がないから仕方ないじゃねぇか!」
言っているうちに語気が強くなる。行き場のない黒い感情が、レカを傷つけるため声を荒げさせた。
――しかし、レカはこんな言葉で傷つくほどやわな少女ではなかった。彼女はむしろ、声を張り上げた。
「向き合うって言うけど、結局楽な方を選んだだけでしょ?そんなの、ただの諦めじゃない!」
あまりの剣幕にジンはたじろぐ。その反応を、レカは見逃さなかった。
「あんたは何がしたいの?」
逃す事を許さない口調の問いだ。ジンは、反論しようとして――結局、口ごもった。
「……あんたの考えなんて、葛藤なんて知らない。だから、これは私の意見だけど……そんな弱気な態度でいることを、向き合うとは呼べないと思うわ。」
「――ッ!」
「でも、私を守ろうとしてくれたのは分かる」
言っていることの意味がわからず、視線を送った。彼女は補足するように口を動かす。
「クレアが来た時のことよ。あの時、あんたが止めてくれなければ、私たちは灰になっていたわ。それに、私はクレアを本当に嫌いになっていた」
「……っそれは、」
クレアをあの場から離すために、ジンは『――決戦の儀に参加する!だから、その女を連れて帰れ!今すぐだ!』と言った。
レカの感謝を素直に受け取れない。だって、あの時ジンは怯えていただけ。クレアを帰して、平穏を過ごしたいという、欲に目が眩んだだけだ。
――ただの、弱さから選んだ選択だ。
「あんたがどう思っているかなんて、どうしてその行動をしたのかは知らない。でも、確かに言えることがある」
責められるのかと怯え、耳を塞ごうとしたが、わずか一歩、レカの言葉の方が早かった。
「私を守ってくれてありがとう」
「……違う、あたしは勝手に決めつけただけだ……」
感謝されても苦しい。だから、それなら罵倒されたほうがマシだった。
「私は、あんたみたいな優しい人に傷ついてほしくない」
「あたしは、優しくなんて……」
「優しいわよ。だって優しくなければ、あんたは保身のために、私たちをクレアに引き渡したでしょう?」
見当違いだ。自分は逃げただけで……
「……私はあんたの気持ちなんてわからない。でも、あんたが何を思っていようと、私は助けられた。それが全てよ」
「なんで……あたしに逃げるな、なんて言うんだ……?」
遮るために出た声は掠れていて、質問も的外れだった。
「……別に、特に理由はないわ。ただ、何となく。家族と争うなんて、考えたくもない最悪の事態でも、あんたに後悔してほしくない。そうね、敢えて言うなら……」
レカは困ったように微笑んだ。
「……友達だって思っているから、かしら?」
「――――」
その言葉を真正面から受け止めるには、ジンの心はまだ弱かった。でも、初めてだった。
――友達だなんて、言われたのは。
胸が熱くなって、視界が歪んだ。それを受け、レカは少し慌てたように言葉を続けた。
「それにね、私は英雄になるって決めてるの。あんたを助けるくらい当然でしょ?」
ジンに気を使わせないための言葉だとは分かっていた。
それでも、自信満々に胸を張った姿に、緊張していた体が解れて頬が緩んだ。
問題が解決したわけではない。それでも、張り詰めていた心は楽になった。
笑みが溢れた拍子に、師匠の言葉を思い出した。
『君にも、本当の仲間がいずれ出来る。諦めないで』
彼女は師匠とは違う。それでも、人を思いやるその姿が師匠に似ていると感じた。
「……声を上げないと何も始まらないよな」
ジンの中で、あり得ないと思っていた覚悟が決まった。
息を呑み、強引に袖で涙を拭う。
そして一拍、息を吸い込んでから言った。
「お願いだ。あたしを……助けてくれ。……ヒアを殺したくないんだ」
ジンの心臓が高鳴った。おこがましく、彼女の善意に甘えているのだ。怖くて、目も見れなかった。
「頼ってくれてありがとう。もちろん、私はあんたを助けるわ。私はあんたの友達だもの!」
どうやら、友達というのは確定らしい。ジンは、喜びに涙を流した。