17話 選択肢
ジン視点です。
漆黒に沈んだ空間は、音も匂いもなく、時間さえ止まったかのように思えた。
この無音の世界は、ジンにとって、考えを巡らせるのに最適な場所だった。
この黒い世界は先が見えない。まるでジン自身の未来を映しているかのようだった。慣れ親しんだ空間でも、今だけは居心地が悪かった。
五年前、四番王であった父が亡くなった。
それを機に、ジンの人生を最も狂わせた元凶である、決戦の儀が始まった。
無能力者の参加は希望制だ。しかし、一定の基準を上回った能力者は、強制的に参加になる。
今回の決戦の儀は、基準を上回った者が少なかったので、弱い能力しかないジンも参加者に選ばれた。
馬鹿なことやめようと訴えても、誰の耳にも届かない。
――だって、異常なのはジンの方だから。
「力を持つことは誇りであり、使命」
子守唄のように言い聞かされる、鬼族の使命。
それがある限り、みんな口を揃えて言う。
『強者になることだけが正しく、敗者に生きる価値はない』と。
ジンは、誰にも共感されない異端だった。
誇りであり強さの象徴である四番王の座をどうでも良いと思っている。そもそも強さを求める意義が分からず、家族の絆や友情などに憧れる。
――しかし、ジンの思いを理解してくれる者はいなかった。みんな、揃いも揃って「四番家」だった。
父は王でありながら、強さと戦いを求め続け、そしてあまりに呆気なく殺された。
父の妻の一人でしかなかった母は、父の関心を買うために強い子を求めた。
その両親の子で、同母の弟であるヒアは、正しく四番家と言う存在だった。
真っ直ぐに生きた父は尊敬していたし、幼少期は優しかった母のことも好きだ。それに、弟とは父親が他界するまで――否、決戦の儀が始まるまでは仲が良かった。
――だから、剣を向けることができなかった。
決戦の儀が始まった直後、ジンは戦いたくない思いが強く、ただただ逃げ隠れていた。
『逃げるな!能力者のくせして!……ああ、もういい、能力者は邪魔だ!』
『嫌だ……嫌だ……誰か助けて……助けて!』
顔すら知らない異母兄に追われ、必死に逃げるうちに、二番国に足を踏み入れていた。
その瞬間、ジンは平衡感覚を失い、頭痛と眩暈で立てなくなった。
ジンを追った異母兄も同様だった。それでも彼はジンを殺そうとした。
ジンが、師匠に出会ったのはその時だった。
『嫌がる子に暴力を使うのは感心しないな』
一目見て、ジンの中にあった怯えが畏怖に変わった。
闇の中でも艶めく銀髪の男だった。彼に何かされたわけでも、残忍な姿を見たわけでもない。しかし、ジンは彼が怖くて仕方がなかった。
それでも彼は、ジンに手を差し伸べた。
彼は、地面でもがき苦しむ異母兄を追い返し、場所を移してから、ジンの話を聞いた。
逡巡の末、彼はジンにこの場所に留まる許可の証であるブレスレットを渡した。それのおかげで、ジンはこの土地を歩くことができる。
そして、家族に悟られることもなく、一人平和に生きていられる。
やがて恐怖は薄れ、いつのまにか彼を慕うようになった。名前を教えてくれなかったため、ジンは勝手にその人を「師匠」と呼んでいた。
だが、彼は優しいが甘くはなかった。
『俺は君を守れない。でも、君は俺の大切な弟子だ。だから、幸せになるんだよ』
逃げることも、隠れることも、戦うことも出来るよう、教えてもらった。それでも、ジンの望む結末はくれなかった。
彼が遠方に出かけてから、ジンは自分の思いを見つめる機会が増えた。
王になんてなりたくないが、殺されたくもない。
生きるためには王になるしかないが、人を殺したくもない。
家族と昔みたいに仲良くなりたい。決戦の儀が始まっている。復縁は不可能だ。
師匠の側にいたい。でも、彼の視線の先にジンは存在しない。それが分かっていても、諦められない。
――やりたいことも、守りたいものも多すぎて、何を選べばいいのか分からない。けれど、悩んでいる暇はもうない。
それでも、やらなくてはいけないことはもう分かっている。
「……まず、レカとコオを家に帰そう。それが終わったらヒアと――」
臆病なジンは言葉を続けられなかった。しかし、心の中では決断していた。
ずっと逃げていた家族に、使命に、運命に、本当の意味で向き合う。
「……約束、破ってごめんなさい。……師匠」
ジンの震える声は誰の耳にも届かなかった。