15話 壊れる世界
レカ視点
レカはジンから決戦の儀の細かい規則を聞いた。
基本的なルールは簡単だ。能力が使える者と、一部の立候補した者達が戦い、一人の勝者を決める。
ジンやヒアは元々その候補者だったらしい。
ヒアや他の候補者は交戦的で、互いに傷つけあった。
ただ、ジンは人を寄せ付けないこの地で潜伏していた。それは戦略ではなかった。
ジンは、人を殺すことができなかった。
しかし現実は優しくない。ジンがレカを転移させたことでヒアに位置を知られ、そのうえ宣戦布告までしてしまった。
鬼の姉弟の決別の時が迫っている。そして、それは――
「……クレアは何を考えているの?何であんなに……正気とは思えない」
「それで姉さんを追い返したの?いや馬鹿じゃん。後先考えなさすぎでしょ」
机を挟み、レカの前に座るコオは、憎まれ口を叩きながら優雅に紅茶を口に運んでいた。
クレアと重なる仕草に、レカは思わず目を逸らした。そのまま言い訳を重ねる。
「だって言い方が酷かったのよ?……コオに相談しなかったのは、ごめなさい」
呆れたような嘆息が聞こえた。彼は、何かを考えるように目線を逸らす。しばらくそうした後、口を開いた。
「まぁ、全部聞いていたから知ってるんだけど」
思考が止まった。
全部聞いていた?コオはあの部屋にいなかったのに……いや、彼は狐の聴力だから聞こえていてもおかしくない。
それは、つまり――
「気付いてたんならさっさと来なさい!それに、何で私に説明させたの!?そもそも、いつから気付いたのよ!?」
レカに胸ぐらを掴まれながらも、コオは紅茶を啜っていた。慣れた様子でレカの怒りを受け流している。
それはまるで他人事のようで――実際、他人事なのだが、仲間意識の薄い行動のように思えた。
そんなレカを気にした様子もなく、コオはやがて言葉を紡いだ。
「姉さんがここに来たあたりから」
「まず盗聴するんじゃないわよ」
話しているだけなのに疲れて、レカは頭を抱えた。
コオが澄まし顔であるだけに、一人で騒いでいた感が否めない。苛立ちを抑えるためにも、問題の解決を優先するとした。
「本当に、何でわざわざ説明させたのよ……」
「認識の齟齬をなくすため」
「真面目に回答してるんじゃないわよ!……はぁもういいわ。なら事情は分かるでしょう?」
詰め寄ったままの姿勢でいるのは居心地が悪く、レカは席に戻った。
しかし、コオから返ってきたのは予想していない返答だった。
「分かるけど、理解はできないかな」
「え?」
彼はカップを机に置き、レカに視線を送る。逸らすことのない態度は、嘘ではないと伝わった。
「僕が聞いていたのは声だけだから、百パーセントそうとは言い切れない。それでも、姉さんはいつも通りだったと思う」
「……何、言って……あのクレアがいつも通りって……」
コオが眉を顰めた理由が分からない。レカは混乱した。
レカの記憶のクレアは、いつも笑顔で、どんな人にも優しかった。
国民を救う為、寝る間も惜しんで働ける人だった。
病気で苦しむ子どもの元に、薬を届ける人だった。
十王であり国王として、誰よりも優秀な人だった。
――そして、レカの友達になってくれた。
あのクレアが、そんなに残酷なはずがない。
人が死ぬ事を、殺す事を厭わない人ではない。
「レカが見ているのは"英雄のクレア"であって、本当の姉さんではないよ」
「――クレアじゃない?」
「うん。だって、姉さんは……全く優しくなんてない。優しい方が支持を得られるからそうしている。……まぁ、優しく見られる努力だけは誰よりもしているけど」
「そんなわけないわ。だって、クレアはいつも丁寧な言葉遣いで……」
昼間に従者を睨みつけていたことを思い出した。
「姉さんに、優しさなんてない。人の死を見ても、来世は幸福にとか、ご冥福をとか、顔と言葉だけは真剣にして誤魔化している。……最低な人間だ」
彼は少しずつ早口になりながら確実にレカの世界を壊していった。レカの心臓が軋んだ。
「僕は姉さんを信用できないよ……だって、」
「……コオに何が分かるのよ!」
荒げた声で強引に彼の言葉を遮り、逃げるように部屋から出る。
嫌だ。認めたくない。レカは足を走らせた。コオと話すまで、クレアを否定していたのは誰だったのか。冷静な声に気付かぬふりをした。
クレアと、そしてコオと向き合わずに、レカは部屋に籠った。目元には涙が浮かんでいる。
――何に対してなのかは、レカにも分からない。
クレアは、レカにとってどんな存在なんだ?
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コオはレカを追わなかった。
レカは拗ねると話を聞かないと、長年の付き合いで理解したからというのもある。
しかし踏み込み過ぎたことを後悔し、頭を冷やしたかったのが大半の理由だった。
「……姉さんが英雄であってくれなきゃ、レカは自分を肯定できないんだ」
コオは冷め切った紅茶を飲んだ。口の中で小さく呟く。
「姉さんが英雄を演じているのはレカのためなのに……どっちも、自分のために相手を壊してる」