14話 足りない言葉
レカ視点です。
図書館でジンに出会ったあと、二人はダイニングで他愛のない楽しい時間を過ごしていた。
そんな時だった。突如、前方の空間が裂けた。
黒い亀裂が、レカの驚きを置き去りにする。
「――レカさんから離れなさい」
「――クレア?」
亀裂の先から、炎を身に纏うクレアが姿を現した。
彼女はレカの前に立ち、炎の剣をジンに構える。
「――おい先に行くんじゃねぇよ。あぁ、確証はなかったけれど正解みたいじゃねぇか」
クレアの後を追うように、ジンによく似た白髪の男が現れた。彼の瞳が、舐め回すようにレカを覗き込む。
「これが『レカさん』?クレアと同じ年って割には、幼女体型のガキじゃねーか。クレアの趣味悪くね?」
「な、な、幼女……いやまず誰よあんた!」
目の前の無礼に、レカは声を張り上げた。だが、それ以上に声を出したジンによって、レカの声はかき消される。
「なん……ヒア?ま、待て!レカは関係ない!」
「あ、姉貴じゃねーか。誘拐とか度胸あったんだな!さすが俺の姉だな」
「ジンの弟!?どんな教育しているのよ!?」
「静かにしてください」
全員が思わず息を呑んだ。炎の温度を上げ、ジンを激しく睨みながらクレアは言う。
「まずヒアは黙っていなさい」
「はぁなんで俺だけ?俺が連れてきてやったのによ」
「そうですね。ありがとうございます、黙ってください」
「……はいよ」
「ヒアが誰かの指示に従っただと……!?」
驚いたジンに、クレアは殺意で返した。
背後に庇われているのに、クレアの威圧感に背筋が凍る。
「レカさん。あの女がレカさんを誘拐したんですか?」
肯定した瞬間、クレアはジンを焼死体にするだろうと本能的に感じた。レカは咄嗟に嘘をつく。
「ただの事故よ。私は元気だし心配いらないわ。でも、迎えに来てくれてありがとう。私――」
「そうですか。でも、レカさんが不快な思いをしたなら、あの女は死んで当然ですね」
クレアはレカの声を遮った。違う……もともと聞くつもりはなかったのだ。何かを感じる前に言葉を失った。
「――待て」
底冷えするような低い声。
声の主はヒアだった。殺意のこもった瞳で、どこからか取り出した大剣を持ち、クレアの首元に突きつけている。
仲間ではないのか、そんな疑問が頭をよぎった。
予想していなかった展開に、ジンも息を呑む。
だが彼の殺意にクレアは動じない。
「何でしょうか。今は貴方に用はありません」
「用はない?ふざっけんじゃねぇ!姉貴を殺そうとしてただろ!約束と違う!」
家族愛、と言う言葉が脳裏をよぎる。ヒアは姉の事を思ってクレアに剣を向けているのだろうか。
「ヒア……」
ジンが小さく呟く。横目で見た彼女の目は、期待するかの様に開かれていた。
しかし、それはただの幻想だったと思い知る。
「姉貴は俺が殺さねーと意味がねぇんだよ!決戦の儀の邪魔すんな!」
「……なら、ジンは貴方が処分してください。殺してくれたら文句はないので」
決戦の儀をレカは知らない。しかし聞こえてきた単語や、絶望に染まったジンの顔が悲痛を物語っていた。
「……なんで?」
レカは会話に割り込んでいた。
「どうしましたかレカさん?」
クレアは首を傾げる。あどけない仕草に身の毛がよだつ。
「なんで、ジンを殺すことになるの?罪を求めるとか、事情を聞くとか……まだできることはあるでしょ?それなのに……なんで」
「レカさん」
クレアは周囲の炎を消し、両手でレカの肩を掴んだ。炎に触れていた手は、氷のように冷たかった。
「罪人にそんな慈悲はいりません。時間の無駄ですよ」
クレアは微笑んでいた。笑っているのは口元だけで、彼女の瞳に光はない。
気づけば、レカはクレアを突き放していた。
三者の視線がレカを貫いた。それでも、悪いことをしたとは感じない。冷めた軽蔑だけが身に残った。
「……あんたとは帰らない」
「レカさん?」
「帰らないって言ったのよ!あんたと一緒にいたくない!私は何を言われてもここにいるから!」
唖然としたクレアを睨んだ。ジンやヒアを忘れて、ただ吠える。
――それがジンのためなのか、クレアへの不信感なのかは、レカにも分からなかった。
「レカさん……?何で……」
途切れ途切れの言葉が聞こえた。嘲る思いに口が動く。
「他人の死を望める人と話したくない……!」
「別に人が死ぬのなんて、珍しくもないじゃないですか……ねぇ、レカさん……どうして」
クレアがふらふらと近づくたびに、レカは距離を取った。遂には、クレアは近づくのをやめた。代わりに口にした。
「……ジンのせいですか?」
瞬間、周囲をすべて焼き払う熱が部屋を包んだ。ヒアが大剣をクレアに向けた。レカも無意識に、剣の鞘に手を当てた。
だが、二人の剣がクレアに届くことはなかった。
――慌てたジンの声が部屋を響かせた。
「――決戦の儀に参加する!だから、その女を連れて帰れ!今すぐだ!」
ヒアの目が見開かれた。彼の上がった口角とは対照的に、ジンは口に手を当てた。
もう、遅かった。
「――分かった。四日後忘れるなよ。クレア帰るぞ。……聞けよ馬鹿!」
"勝利に導け"という声と共に、クレアの元にヒアは転移した。クレアは、ハッとしたように炎を消した。
「――帰るぞ」
部が悪いと思ったのか、クレアは素直に従った。
ヒアは振り返る事なく、同じ宣言だけを唱えた。
最後に「次は失敗しないようにしないと」と言う声だけ聞こえたが、それも一瞬で跡形もなく消え去った。
ホッとしたのもつかの間、ジンが膝から崩れ落ちた。
「……決戦の儀に参加、四日後?あたし馬鹿じゃねぇのか?……あいつに勝てるわけないのに」
「……ねぇ、決戦の儀って何なの?」
レカは今しかないと思い尋ねた。ジンは震えた声を返す。
「……家族での、殺し合いの儀式だ」