12話 新しい友達
レカ視点です。
レカはジンの許可を得た上で、城の探索をしていた。今はコオが入浴中でいないので、レカは一人だった。
城の中は想像以上に広く、気をつけていても迷いそうだ。内装には期待していなかったが、掃除の行き届いた廊下は明るかった。
しばらく歩くと、毛色の異なるドアがあった。
鍵の掛かっていない部屋は自由にしていい、というジンの言葉の通り、レカは冷たいドアノブを捻る。
「すごい本の量……初めて見るかもしれないわね」
辺り一面本に囲まれた図書館だった。
レカは歴史書や伝記小説を中心とした本は好きだ。天井にまで広がる本は、見ているだけでも胸が弾んだ。近くの本を手に取る。
「えーと何々……『猫は何故猫なのか〜秘密を探る為、我らはジャングルに向かった〜』わあ!すごくつまらなそう!」
思わず失望の声を漏らした。期待を裏切る話には、突っ込まずにはいられなかった。
「何で猫についての話でジャングルに向かうのよ。……期待して損した」
この本以外はまともかもしれないと、一縷の期待を持って、付近の本に視線を向けた。
『猫は可愛い』『猫の生態について』『猫と自然環境』『猫が可愛すぎる!』『世界一可愛い猫に転生した私の幸せ計画』『ねこネコ猫』
「いや、猫好きすぎじゃない?」
見渡す限りすべて猫の本だ。なんだか、見てはいけないものを見たような背徳感を味わいながら、撤退しようとドアに戻る。そこに、一枚の紙が貼ってあった。
「書籍案内……さっき見ていた本棚、本当に猫の本しか置いてなかったのね……」
どうやら、レカ好みの本は別の棚にあったらしい。
「なんか全体的に偏っているような……猫や戦闘、歴史書に地図帳……それと、恋愛小説のコーナー?ここって、ジンの師匠の城なのよね。こういうのが趣味の人なのかしら」
呟きながら、歴史書がある本棚の前に移動した。
本はすべて、埃をかぶっていなかった。
「全体的に古い本が多いし、集めるのは並外れた苦労だったでしょうね」
手前の本を取って出版年を探すが、すぐにそれが不可能だと気付いた。
「……読めない。古代語よね、これ。わざわざ古代語で書くなんてあり得るのかしら……今、古代語使う人なんて誰もいないし」
違和感を覚えたが、その本を棚にしまった。代わりに読める言語で書かれた本を取る。
本のタイトルは『大英雄ルカ・ライトリヤー物語』。レカの一番好きな話だった。
『約二千年前の話だ。当時、世界は闇の帝王により混沌を極めていた。
闇の帝王は、都市や村を見境なく壊して歩いた。
彼の歩いた道は黒く染まり、彼が関わった人間は無惨に殺され、彼が壊した都市や村は呪われ、ついには足を踏み入れる事さえ出来なくなった。
闇の帝王の悪行に、人々は眠れない夜を過ごした。
しかし、彼の残虐非道な行いは永遠には続かない。
光をまとい、闇に光を与える救世主、ルカ・ライトリヤーが現れたのだ。
ルカは、闇の帝王を倒すために冒険を始め、仲間を集め、ついには闇の帝王を葬ることに成功した。
ルカは世界の人々に愛され、かつての仲間と共に世界を守る王になった。
今ではルカ・ライトリヤーと、その仲間達の子孫がその使命を継いでいる。そう、これが十王の成り立ちだ。』
蝋燭の火が消えかけている頃、レカは読み終わった歴史書を眺めながら満足げに何度も頷いた。
「やっぱり何度見てもルカ・ライトリヤーの話は面白いわ!大英雄の子孫である自分が誇らしいわ!やっぱり私もいつか……」
ふと、そこで冒頭の文を読んだ時の違和感を思い出した。本の冒頭は『二千年前の話だ』と書いてある。
――大英雄ルカと闇の帝王の話は三千年前のことだ。
誤植にしては大胆すぎる。そうでないなら、この本が出版されてから千年が過ぎた、ということになる。
「……まあ、それにしては綺麗だけれど……」
確認はできないがレカの考察は正しいのだろう。
そんなに長い間、大切に手入れされてきたのか、時でも止めて保存していたのか。
そこまで考え、時を操る八番がいるくらいだし、ありえない話ではないと思考を止めた。
その本を棚に戻し、レカは再び歩き出した。
そして、恋愛本が多くある本棚の前で足を止めた。いくつか手に取って表紙を見るが、あまり惹かれない。
「私は、恋愛なんて出来ないでしょうし」
レカの両親は政略結婚だ。レカも同じ運命を辿るだろう。
「……見るだけ無駄ね。運命とか、溺愛とか、叶いもしな……」
レカはそこで言葉を止めた。図書館の静けさを壊すことも厭わないほど、酷く慌てた足跡が聞こえたのだ。レカが思わず振り返ると、そこには顔を真っ赤に染めたジンがいた。
「ジン、いつの間にいたのかしら?あんたも本を読んだりする……」
言葉は最後まで言えなかった。ジンが遮る様に本棚の前に立ち塞がったのだ。
「うわぁぁぁあ!見るな!ここの本棚は!他は好きにしていいから!」
「え、えぇ」
勢いに思わずたじろいでしまう。そのまま、黙って数メートル距離を置いた。
数秒後、慌ただしい音が静かになる。やがて、ジンが気まずそうに顔を出した。
「頼む、まじで頼む。見たなら記憶から消してくれ」
「別に内容は見ていないわよ……ジンの趣味なの?」
レカの興味本意の質問に、ジンは手をバタバタさせた。そのまま、トマトのように赤い顔で弁明を始めた。
「ち、違う!これは、その補充しようとしただけで!……いや、師匠も読まなそうだけど、色んなのあった方がいいと思って……とにかく、恋愛に憧れたとか、そんなんじゃないからなっ!」
早口すぎて聞き取れなかったが、自白したことはわかった。
「別に……恋愛したいって少し思っただけだ。ふん!これで良いんだろう?」
ふん、と頬を膨らませた仕草に、レカは初めて彼女に親近感を抱いた。
何だ、種族が違っても気持ちを共有できるじゃないか。
――なら、彼女とも仲良くなれるはずだ。