10話 耳が痛い話し合い
レカ視点です。
ジンに案内された部屋に、コオを寝かしつけた後、レカはジンと今後について話し合いをしていた。
最初は、レカもジンに対し警戒心を持つべきなのは分かっていた。しかし、
「でも正直話す事ないわよね。あんたの罪状は、私が決める事じゃないし」
「死刑はめっっっっちゃ嫌だが、どうにもならねーからな……せいぜい、後で必死に許しを請うしかないか」
ジンは城に辿り着いてから、また謝罪してくれた上、こおの介抱を率先して行ってくれた。その時点でレカはジンを許している。
それは、危機感の足りない考えでもあったが、レカは気づいていない。
「そう言えば聞きたい事があるのよ」
意図せずとも時間ができたので、レカは疑問に思っていた事を聞く事にした。
「何だ?あたしに答えられる事なら何でも聞いてくれ」
「なら遠慮なく。そもそもここって何処なのかしら?」
転移した事はわかるが、転移先が分からない。
「あー……なんて言えばいいんだこれ」
ジンは口篭ったが、答えるのを渋っている感じではない。単に適当な言葉が見つからず困っているように見えた。
「……あー……質問を質問で返して悪いんだが、お前は……その……」
ジンはまるで言葉を選ぶように、躊躇いながら慎重に、それでいてハッキリと聞こえる声で言った。
「十王二番って知ってるか?」
十王二番。
闇を操る能力を持つ、世界の半分を壊した王の事だ。
古い歴史であるため真偽は不明だが、世界の半分を壊したというのは比喩ではない。数多の種族を滅ぼしただけでは飽き足らず、自身が壊した都市を呪い、二番国を作った。
それだけなら、酷い存在だった、で終わる事が出来た。しかし、今でも二番の呪いは世界にある。
――十王二番も不老不死である為、世界の何処かで生きている。
かつての英雄、ルカ・ライトリヤーに斬られた事で、姿を眩ましたとされているが、死んでいない事は明らかだった。
そんな二番が十王として認められた理由も、今も十王として認められている理由も分からない。
「知りたくも無い」
この回答は十王二番について聞かれた時の常套句。知らない訳がないけど、知りたくもなかった。そんな意思が込められている。
もし、この質問をされたのが、知識の無い奴隷や、辺境の地で暮らす民族でも、レカと同じ回答をしただろう。
何故か、ジンが傷ついたように顔を歪めたが、レカは罪悪感が湧かなかった。
「なんで二番なんか聞くのかしら?質問の意図が分からないのだけれども」
つい苛立った声で言ってしまった。まるで相手を責め立てるように。
「……そうだよな。ごめんな、なんつーか……不快な事聞いて。……ここは、そのに二番が呪った土地の一つなんだ。あ、この城は師匠が守ってるから大丈夫なんだがな。その話に嫌でも関わっているから確認したくて、えっと、その……悪い」
伏せていて表情は見えないが、本気で誠意が伝わった。冷静になってみると、ただの質問に苛立ち過ぎたかもしれない。気まずさから顔を背けてしまった。
ジンが先に口を開いた。
「……だから謎何だよ。何でお前は大丈夫なんだ?」
「え?」
声色が変わったように聞こえ、レカは視線をそちらに向ける。ジンの表情は見えないが、語気が荒い。
「ここは呪いのせいで、入った人を狂わせる。さっきも話したが、コオが良い例だな。……まぁあれも軽度の方なん
ジンはこちらに視線を送る。
ばつ印の白の双眸が一瞬、歪んだ。
「何でお前は……守られているんだ……?」
ジンの言葉は、責めるような、縋るような声で、相手を逃さない気迫があった。しかし、残念ながらレカは質問の意図すら分からない。
「何を言っているのか分からないわ。」
「――っ!そうか…………醜いな、あたし……」
もし、レカがコオほど聴力が優れていれば、最後の呟きを聞く事が出来ただろう。しかし、レカは人間に過ぎない。最後の呟きは届かなかった。
「……一応聞いておきたいんだが、お前は自分以外に銀髪の人に出会った事があるか?」
「え……えと、家族と親族以外だとないわね」
「そっか……わりぃ、興味本位だ。忘れてくれ」
会話がなくなったことで、レカは自分の冷たい態度を思い出す。これ以上、気まずくなりたくない。身の保身という打算を含みながら、レカは覚悟を決めた。
椅子から立ち上がると、ジンに向けて素直に頭を下げた。
「さっきはごめんなさい。私の質問に答えてもらっただけなのに。よくない態度だったわ」
数秒の時間が流れた後、慌てた様子でジンも全く同じ仕草をした。
「いやお前の反応が正常だろ。気にすんな、つーかむしろ私が悪いし……無神経だったよな、ごめん」
「いや私の方が悪いわよ。いつも感情的だし!」
「あたしが無神経なんだって!あたしの方が悪い!」
「いや私よ!」
「あたしのが!」
もはや何の話か分からない。お互い頭を下げたまま激しく言い合う。ドアが開いた後にも気が付かなかった。
「ねえ何しているの?もしかしなくても馬鹿?」
一斉に振り返ると、引いた目をしたコオがいた。
「これは謝罪よ!てか馬鹿じゃないわよ!息をするように罵倒するのはやめなさい!というか、起きていて大丈夫なの?心配したんだからね!!」
「どう見ても謝罪してる場面だろ!てか起きたんだなよかった……あたしはジン・デュランタだ!ごめんな巻き込んでしまって、本当に悪かった」
情緒が安定しない二人は、思いつくままに言葉を紡ぐ。それを同時に浴びせられるコオのストレスは計り知れないが、混乱している二人は気が付かない。
最初こそ、無言で耳を押さえたコオだったが、終わることのない一方的な言葉に、限界を迎えたのか、かなり大きめの声で文句を言う。
「二人同時に喋らないで五月蝿い!すごく五月蝿い!耳が痛い!この馬鹿二人!」
「「馬鹿じゃない!」」
思わず大音量で声を揃えた二人は、これでもかと顔を顰めたコオに、そのまま二人仲良く叱られることとなった。