9話 タイミングの悪い事件
クレア視点です。
9話 タイミングの悪い事件
「どう言う意味ですか?」
クレアに震えた従者を睨みつけた。
「レカさんが行方不明になったが、自分は少し目を離しただけだから悪くない。そう言いたいんですか?」
「ち、違います!本当に急に居なくなったんです!た、たしかライトリヤーの方は光速で走れるんですよね!?ならきっと私の目を盗んで移動し……っごは」
従者の腹に軽く蹴りを入れる。痛みに耐えきれず、従者は腹を押さえて悶絶した。呻き声が耳に届くが、振り解いた。
これ以上、罰する時間も惜しい。
辺りを見渡すと、転移をした時に出来る空間の歪みを見つけた。しかし、転移先は分からない。
クレアは逡巡の後、口を開いた。
「……この場に近づくこと、他言することを禁じます。私は少し席を外しますが、明日には戻るのでご心配なく」
蹴りを入れたのが、意図せずとも見せしめになったらしい。周囲から文句は聞こえてこなかった。
転移の後で確信する。
犯人は間違いなく四番の家系の者だ。
家系という、曖昧な言葉を使うのには訳がある。四番国は能力を持った鬼が非常に多いのだ。犯人を特定するのは不可能に近い。
懸念はそれだけではない。先程一番に呼び出された時に
『現在「決戦の儀」の影響か、至る地域で神隠しのような事件が多発している。被害が出ないよう、領地に結界でも張ってろ』
と言われた通り、次期四番を決める争い、決戦の儀が行われている。
「戦争中でも、経済難でも絶対に戦って王を決める……なら、外交問題にするだけ無駄ですね……」
平和的解決は彼らには通用しない。どうせ「ならば俺と戦え」と言われるのがオチである。
それでも方法がないのなら、関わらないわけにはいかない。
クレアは覚悟を決め、ゲートを潜った。
四番国デュランタは、強い者が正義という考えの国だ。
弱い者には弁論の自由さえない。その点では、クレアは心配要らなかった。
――クレアに勝てる者は四番国にはいない。
「何を考えているか知らねーが、俺は誘拐とか興味ねーぞ?そんなこと……いや、それはかっこいいかも……やっぱり俺がした事にしようかな……」
「否定するならハッキリしてください。後、貴方が犯人だとしたら私は軽蔑しますからね?」
クレアの正面で、それもそうか、とケラケラ笑うこの男の名はヒア・デュランタ。次期四番の最有力候補の男だ。
黒が紛れている白髪は雑に切られ、彼の適当な性格を表しているようだった。
黒のバツ印が入った瞳に、右頬にある傷跡。それに、持ち前の体格の良さは、鬼であると嫌でも実感させられる。
「つーか真っ先に俺のとこ来るなんて、なんやかんやで俺のこと好きなんじゃ……」
「頭沸いているんですか?死んでください」
「ひどくね?」
話を茶化すところが癪に触り、語気が荒くなった。
クレアはヒアの事が心の奥底から嫌いだ。初対面の時に、「馬鹿力で脳筋な所に惚れた」とプロポーズされて以来、嫌悪感しか湧かないのだ。
それは、クレアが本気で人を殴った瞬間だった。
本当は会話もしたくないが、これも誘拐犯逮捕とレカとコオ救出のためだ。クレアは一息で言った。
「レカさんのいる所まで私を転移させてください」
苛立ちを抑えて、笑顔を作ってお願いをする。
「はぁ?なんで俺が……」
反発は想定内。クレアは用意していた言葉を使う。
「だって、貴方なら簡単でしょう?」
プライドが高い相手には、頼りにしています、というニュアンスを孕んだ方が上手くいく。
上目遣いで見つめると、彼の顔が赤くなった。
愛想を振り撒くというのは、思っていたよりも死にたくなる。早く首を触れ。そう思わずにはいられない。
「ま、そこまで言うなら検討はしてもいいかもな」
少々早口な声が返ってきた。
「お願い」は成功したと考えて良いらしい。
ヒアの気が変わらないうちに、強引に話を進める。
「ご協力感謝します」
「……いや合意したつもりはねーんだが……いや待て待て部屋を燃やそうとするな!協力するから」
結局、脅しにはこれが早い。クレア側からはわからない程度に笑った。
火が消えたことに安心したのか、ヒアは深く嘆息すふり
「何座ってるんですか?働いてください」
「いやスパルタだな!?……いわまぁ、言っちまったしやんけどよぉ……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、彼は左手をかざして転移の準備を始めた。
暇なので術式を観察した。仕組みが全く分からない。これが、神が王に与えた「能力」なのかと、他人事のように思う。
忙しなく動いていたヒアの手が止まった。想像よりも早い。彼は仕事が出来る、クレアは彼の評価を改めた。
「終わりましたか?」
ヒアは屈託のない笑顔で聞いてきた。
「"レカさん"って誰だっけ?……教えてくれねーと転移できねーんだがよ」
「次期七番のレカ・ライトリヤーさんですよ!分からないなら最初に聞いてください!」
訂正、彼は仕事ができない。そう思わせるのが上手いだけだった。