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「すまない、待たせたか」

「いいえ、今来たところです」


と、答えたところでものすごく恋人みたいなやり取りだなと気づいてなんとなく恥ずかしくなる。

人の気も知らず、キエルは指を絡めて手を繋いでくる。


毎日の送迎をするにあたって、より番ぽく見せるために手を繋ぐことになった。

有事の際に反応できるのか?とは思ったけれど、キエル曰く片手で足りるらしい。竜の獣人というのはそこまでに強いのか。というか特別枠らしい。

最初は手を繋ぐのもお互いすごく緊張したし、顔を赤くしてたけど今では隣に立てば自然に手を取り合うまでなった。


明日は週末なので、外でご飯を食べてキエルの屋敷でお世話になる予定。


お泊まりはキエルからの提案だった。

流石にお泊まりはどうなんだろうと思ったけど、「番なのだからお泊まりくらいはするべき」と言われれば「確かに」と納得してしまった。


キエルが「絶対に手を出すようなことはしない」なんてすごく真面目な顔で誓うものだから笑ってしまった。


「キエルなら手を出されてもいいな」なんて柄にも合わないことを少しだけ考えた。この人ならきっと一時の関係だとしても、丁寧に接してくれるだろう。

兄が聞いたら卒倒しそうだなと思いつつ、彼は今領地に行っているからしばらくは大丈夫だろうと踏んだ。首都の屋敷にいる数少ない使用人たちにも外泊のことは口止めをしてある。

兄は裁判のことがあってから自分に対してかなり過保護だ。レスキー侯爵の件があるからだと思う。ペトラも兄に対して過保護なところがあるから文句は言えないけど。



キエルに連れて行かれたのは少し賑わったレストランだった。酒場よりは静かだが、きちんとしたところよりは騒がしい感じ。


今日は獣人や番について話を聞くことになっている。獣人について無知すぎる恋人になんたるかを教えると思えば、外で話しても大丈夫な話題だろうということでディナーを取りながら色々話を聞くこととなった。


キエルがビールを頼んだので、同じものを頼む。ついでに軽食をいくつか頼む。


竜の獣人は肉食なのか草食なのか気になって聞いてみたら、質問自体が面白かったのか彼は笑いながら「雑食だな」と言った。そうなんだ。竜って雑食なんだ。


「獣人や番についてなんでも聞いてくれ」

「ありがとう。じゃあ早速。キエルからすると番ってどんな感じですか?」


聞くと一瞬キエルはキョトンとした。そんなに変な質問だったかな。


「運命とか、愛しい片割れとか、半身とか、まあ、番を表現する言葉はたくさんあるが。私にとっては歯車に近いな」

「歯車?」

「番に出会う前は何かが欠損してるんだ。壊れている気がする。でも生まれた時から壊れているから、違和感を抱きつつも生きていけないわけでもない。


気持ちというか情緒的な部分が一部機能していないような感じだな。


で、番に出会うと、急に自分が壊れていたことを自覚するんだ。壊れていた部分を急に直したくなる。これがないと自分は本当の自分じゃないような。一部どころか、根幹そのものが足りてないことに気づく。手に入れたくて仕方なくて、そばにいて欲しくて、愛したいし、愛されたい。つがいさえいれば何もいらないという気持ちになる。つがいを手に入れるためなら強引な手段だってとる。つがい以外は全てどうでも良くなる場合もある。優先順位が劇的に変わるんだ。


番を手に入れるとようやく自分本来のにもどって、満たされた気持ちになる。そんな感じだな。


ただ、獣人によってこの辺の感じ方は微妙に違う。


だから番を表現する言葉がたくさんあるんだ。運命とか半身とか片割れとか言ったりする。表現の違いは獣人ごとの感じ方の違いだと思う」


なるほど。


獣人にとってやはりつがいというのは一生を左右するほどの存在みたいだ。この辺りは世間一般的な認識とそこまで違いはなさそう。

番詐欺を働く獣人たちは、さぞ演技が上手いことだろう。その人に溺れ、求め、周りが見えないほどの熱情なんて。自分ならたとえどんな大金を積まれてもできる気がしない。


ところで獣人に関して一番聞きたいことがある。聞いてもいいものか。

キエルをチラリと見れば「ん?」と人当たりの良さそうな微笑みを浮かべて首を傾げる。


少し酒によっているのか、顔はほんの少し赤くて、やけに色っぽく見えた。


「その、非常に聞きづらいのですが、獣人であれば必ず発情期は発現しますか?」


やや気まずい質問である。


発情期の話なんて男女において少々気まずい、が、もし必ず発情期が訪れるのであれば、番かどうかを判別する魔道具に応用できる可能性もあるため聞かないわけにはいかない。


「いや、必ずではないな。私のような、いわゆる祖先が神獣だったとされる獣人は該当しない。この国内だと竜と白虎、あとはかなり少数ではあるが魔族や天族もだな」

彼らは獣人と言っていいのか怪しいが、人族と獣人で分けるなら獣人だろうな、と言った。


ああ、キエルは発情期がないんだ。


なんとなく高潔な獣のイメージあがあるので、今まで獣人と言っても発情期と結び付かなかったが、そういうことならちょっと安心というか納得というか。


「獣人であっても祖先に神獣がいた場合は、まれに発情期が来ない場合もあると聞いたこともある」


ふむ、それくらい例外があるのであれば魔道具に使うのは避けた方がよさそう。


自分の作った魔道具に例外の判定を増やしたくない。それが致命的になる場合もあるから。

しかしひとえに獣人と言ってもいろんな種族、習性がありそうだ。

獣人と一括りにしてしまうのが申し訳ないくらい。


「通常、獣人が発情期を迎えた場合どう、なります?ごめんなさい、下世話な質問で…」

「いや、気にしないでくれ。そうだな。仕事を休んで発情期が終わるまでは、番と一緒に巣に籠る。どの仕事も発情期がきた獣人には必ず休みを与えることが義務付けられているからな。そうか、研究所には獣人がいないのか」

「そうね。身近にはいないわ。特に手先を細かく使う仕事だからというのが大きな理由かな。警備員には獣人がいると思うけど、あまり話したことがなくて。


学生時代も魔道具のコースを取っていたから、ほとんど獣人の方と関わることなくここまできてしまい」


「いや、いいよ。これから知ればいいし、そのために私がいるから」

「たとえばどうしても番がそばいない時に発情期が来たらどうするの?遠征中とか」

「その場合は抑制剤を飲む。遠征期間中は発情期が来ないように獣人は抑制剤を飲む」

「そうすると発情期は来ない?」

「来ないな」


ふむ。一部で使用されている女性の生理をずらす薬と同じ感覚なのかな。


「発情は番相手にしか起きない、で合ってる?番以外の相手に発情を起こす方法はあるかしら。薬を使ったりだとか」

「聞いたことはない。が、知らないだけかも知れないのでなんとも言えない」

「なるほど。ごめんなさい。細かいところまで無遠慮に聞いてしまって」

「気にしないでいい」


おそらく平民よりも獣人に対する知識がない自覚があるので、申し訳ない。


が、キエルは基本的に私のことをなんでも受け入れて許してくれるようだ。本当に気にしてなさそうに、むしろ上機嫌に笑ってこちらを見ている。


にこりと笑って許してくれたのをみて、なんとなく「この人の番になった人は幸せだろうな」と思った。


ただ、それは自分ではない。


それがわかっているので、浮かんできたその思考はすぐに殺した。自分が番だったならばこの人はこんな呑気に私と外で食事なんてしないだろう。


少しだけ胸が痛い。


「獣人同士の場合はお互いを瞬時に番と認識するの?」

「そうだな。相手がよっぽど幼くない限りは瞬時に番と理解する」

「種族が違っていても?」

「違っていても」

「番は唯一なの?例えば番が死んでしまった時、次の番が現れたりする?」

「いや、ない。番は生涯に唯一だ。だから獣人は基本的には番を大事にする。守って誰にも触れさせたくないんだ。自分の体の一部でもあり、体の中枢と同じことだから。失いたくなくて、獣の血が濃いほど閉じ込めたがる」

「なるほど。じゃあ番を選ぶことはできる?それとも運命に決められてる?」

「後者だな。少なくともこの国内では。遠い異国のどこかでは自分で番を選ぶ場合もあるとみたことがあるが、その獣人は国内にはいない」

「つがいを選ぶ場合も一生に一人なんでしょうか」

「そうだな、そこは変わらないと思う」


聞いていて、ペトラはますます不思議な仕組みだなと思った。


獣人からすれば当たり前の常識なのかもしれないけれど、番というものが存在しない人間からしてみれば、なんとも不思議で神秘的なシステムだった。


だからこそ番を表現する時運命という言葉が使われるんだろうな。


「国内に獣人と人間のペアはどれくらいいるか知ってる?」

「割と多いんじゃないかな。王城内にも何組かいたと思う」

「人間には番、というものがないじゃないですか。獣人は番である人間が、自分のことを番と思ってくれないことに不満を抱いたりしないのかな…」


言いながら、これは研究には関係なさそうな質問だったな、と思う。


おそらくこの回答は魔道具の製作には関係ないだろう、だけれど獣人の情緒を聞いてみたかった。自分はこの上なく愛しているのに、相手が同じだけの愛情を持っているかどうかわからないのは不満ではないのだろうか。


「不安ではあるが、不満ではないと思う」


一息置いてキエルは続ける


「確かに自分のことを番だと思ってくれないから、いつか離れていくんじゃないかという不安が獣人の中には常にあるだろう。だが、それは不満にはつながらない。なぜなら番は自分の一部だから。うまく説明できないが、番に対してはとにかく愛情を注ぎたくなるんだ。もちろん愛されたくはあるが、愛したい方が強い。だから不満には思わないと思う」


「番に対して嘘はつきますか?」


これも関係のない質問だ。確かに魔道具に使える可能性のある質問ではあるが、どちらかと言えば自分個人の興味で質問してしまったのが自分自身にもよくわかった。


「必要があればつくだろうが、その嘘は常に番にとって最善を選んだ結果のものだ」


キエルの目は今までみたどの瞬間よりも真面目なものだった。


「ペトラは番の話を聞いてどう思った?」

「どう、とは?」

「番に選ばれる人間についてどう思った?」


少し妙な質問だな、と思ったけれど、素直に答えることにする。


「正直にいうと、少し羨ましく思いました」


キエルが一瞬ぴくりと反応する。この返事は予想外だっただろうか。合間に一口酒を飲む。


「聞いた印象では、獣人は番に対して常に誠実であろうとするんだろうなと思ったの。嘘であれ、例えば自分にとって裏切りと感じることでさえ、獣人にとってはつがいのことを常に最優先に考えて行動しているんだと。


私にとってそれは少し羨ましい。


知っての通り私はあまり他人を信用できないの。


父が詐欺に遭って、婚約者はすぐに手のひらを返し、貴族たちは誰も手を差し伸べてくれなかった。兄は学園で笑い物にされたでしょう。私も学園にいる間は遠巻きに何かを言われているなと感じることがよくあったの。


そういうことを何年も経験するとね、だんだん誰も信用できなくなるの。近づいてきても、何か意図があるんじゃないか。例えば侯爵の回し者で私たちをまた陥れようとしているんじゃないか、とか、余計なことをたくさん考えてしまうの。


用心深いのは結構だけど、善意を持って近づいてきてくれた人に対してもそれは失礼だわ。だから私は誰とでも等しく距離を取ることにしてるの。


でも…、でも、もしも番に選ばれたのであれば、少なくともその獣人は必ず私の味方であってくれるような気がしたの。それも番であるというだけで。


それは少しだけ羨ましいです。運命に縛られているせいかもしれないけど、私はそういうのがたまに欲しくなるの」


少しだけ本音を話して、ふふ、と笑って酒をあおる。


ああ、よっているのかも。人前で酔ったのなんて何年振りかしら。これもキエルのおかげね。


この人は無意識に人を安心させる力がある。


兄や王太子殿下、ハイモアに叔父、あのとき手を差し伸べてきてくれた人以外のことが信じられないはずなのに。


「キエルにもいずれ番が現れるんでしょうね」


あなたの番が羨ましい、というところまでは声に出さなかった。

キエルは少しだけ目を逸らした。


「そうかもしれないな」


ああ、キエルは嘘をついた。

だって最初につがいが現れることはあり得ないって言ってたじゃない。


もし嘘だとしたら果たしてどちらが嘘だろう。

考えたくなくて、さらに酒を飲んだ

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