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コーヒーを一口啜った。量を間違えたのか、いつもより苦い。


語り終えて、つくづく慌ただしい人生だなと思う。

母が生きている間は一般的な幸せな家庭であったはずなのに、一人の死から全てが変わってしまった。自分も兄も母が大好きだった。事業もいくつか持っていて忙しいはずなのに、自分と兄に分け隔てなくたくさんの愛情をくれた人。愛情深い人だったから、父に対しても深く愛情表現していた。仲のいい家族だった。


だからこそ、母がいなくなってしまったら全てが壊れてしまった。父にはもう何年も会っていない。たまに使用人や通いの医者から報告を聞く限り元気にしているようだけど。



何口かコーヒーを飲む間、キエルは黙っている。

チラリと見てみたが、どうやら話を咀嚼しているらしい。


それもそうだ。もしもキエルの立場だったら、なんと返答していいか困るだろうな。


「侯爵側から刺客が来たりした?今も来てたりする?」


長い沈黙を経てキエルから出てきたのは、いかにも騎士団長らしい質問だった。


「どうなんだろう。誰が仕向けた刺客かは分からないけど、定期的にそう言ったものは来るわ。そもそも魔道具研究所の職員は基本的に狙われやすいの。城の警備や結界の装置を設計する人もいるから。


特に私は裁判の経験から、記録や判別、警備関係の魔道具を担当することが多いの。だから他の人より刺客は多いんじゃないかしら。でもそれがレスキー侯爵なのか、それとも他の悪い人なのか判断がつかないわ」


でも、とペトラは続ける。


「キエルとお付き合いしていることを公表してからは、なぜか刺客の数が減った気がする。なぜかはわからないけど」


なぜでしょう、と首を傾げる。



本当に減ったのだ。

今までは結界の魔道具の記録から毎日2、3以上の侵入の形跡があったのに、最近では侵入の形跡がない日がある。キエルと交際しはじめてから。


何もしていないのに襲撃が減るのは正直意味がわからない。


「おそらく匂いをつけたせいだろうな」

「匂い」

「刺客のほとんどは獣人なんだろう。獣人は人間よりも鼻が敏感だから、ペトラに私の匂いがついていることがわかるんだ。

私は竜の獣人だ。獣人社会では力関係がはっきりしていて、竜は獣人としての力が一番強いから、手出しすることを本能的に避けるんだ。君に手を出すと竜の報復を受けると思ってね」

「知りませんでした…」

「竜の獣人がそもそも少ないから仕方ないな」



竜の獣人というだけでそんなお得なオプションがあるなて知らなかった。

もしやこれを魔道具に落とし込めればかなり良いのでは。結界の魔道具は守りが硬いけれど、色々とデメリットがある。


竜の獣人の特性を利用すればそのデメリットをある程度カバーできるのでは、などと思考が魔道具の開発へ飛んでいく。


それを察したのかキエルが「ゴホン」と咳払いし、ペトラは慌てて思考を元の位置へ戻した。


いけない、今はレスキー侯爵の番詐欺への対策を考える時間だった。



ペトラはレスキー侯爵について前々から思っていた疑問をキエルにぶつけることにする。裁判に向けて侯爵を調べていくうちに、疑問に思っていたことだ。


「レスキー侯爵はリスクを冒してまでかなりの資金を集めていると思うのだけど、どうしてそんなにお金が必要なのでしょう。

リスクを冒さなくても、レスキー侯爵の領地は西側の穏やかな気候で豊かなはず。先先代が戦争で得た名誉もあるし、そこまでして資金を集める理由はなんだろう」


ペトラの疑問に対してキエルは頷く。


「そこまで行くとやることは一つだろうな」

「王家を狙っていると言うこと、なんでしょうか」


思っていたことを口にしてみる。


「おそらくは。他の貴族と手を組んでいるのか、あるいは隣国と通じているのかはわからない。いかんせん、警戒心が高いからな。だからこの件で確実にレスキー侯爵を捕らえたい」

「ええ、やりましょう」

「君がそう言ってくれると頼もしいよ」


そう言ってキエルはほとんど無意識にペトラの頭を撫でた。


「キエル…?」


ペトラの困惑した顔をみてキエルは我に帰る。


「すまない…!つい無意識に、手が出てしまった。すまない」


慌てて手を離して、わたわたと狼狽えるキエルがなんだかおかしくなってペトラはふふ、と笑う。


この人、この国で一番強いくらいなのに、私の頭を撫でたくらいで慌てるなんて。


「触れるくらい、いいですよ」

「しかし、君はこういうのはあまり好きじゃないんじゃないかと…」


オロオロと目を逸らすキエルを見て、ペトラはああ、と思い当たる。


「私が疑り深いとか冷徹とか近寄りがたいとか言われている件よね。その噂は正しいわ。

軽率に近づいてくる人は好きじゃないの。でも、のべつ幕無しに拒否しているわけじゃない。少なくとも、キエルはある程度信用してるわ。

それに私たちは一応恋人ですから、こう言う行為にも慣れておかないと」


外で演技できませんからね。と笑って誘ってみる。


もともと恋人っぽいことをしてみたいという下心があったためにキエルの提案を受け入れたのだから、少し触られたりだとか、近づいてみるのはむしろ歓迎である。


番詐欺の一件が終わるまでの期間限定のお付き合いではあるけど、この麗しの騎士団長の隣という位置を味合わせてもらおう。


そんな打算的なペトラの心など知らず、キエルは少し顔を赤くしながらもペトラをゆっくりと抱きしめて、頭や背中を慰めるように撫で続けた。


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