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ペトラのスーパー語りタイムです
「発端は父がお人よしで商才がまるでなかったことよ。母が亡くなってから何度か詐欺に引っ掛かるようになったの。
最初の方は小さな詐欺だった。幸い、母が残した貯えや事業があったから、多少詐欺に引っかかったくらいで困窮するほどじゃなかったわ。
でも、三度目に大きな詐欺に引っかかって、父は大事なものを手放したの。
当時10歳くらいのときかしら。
それで兄と決意したんです。父を守ること、それからできる限り早く兄が爵位を継ぐこと。このままでは母が残したものを全て父が売ってしまいそうだったから」
「大事なものとは?」
「母は嫁いでくる時、二つの鉱山の権利を持ってきたの。そのうちの一つを三度目の詐欺の時に奪われたの。鉱山は私たち兄妹にとって、思い入れのある大事なものだったの。
このままいけばもう一つの鉱山もいずれ失うと思った。
だから兄と決意したの。父のことは好きだったけど、それでも母の残したものを奪われるのは嫌だったから」
ペトラはそういえばキエルにお茶もなにも出していなかったことに気づいた。
とは言ってもこの部屋には水かコーヒーしかないのだけど。
「飲み物がまだでしたね、いつも通りコーヒーでいいかしら」
「ああ、ありがとう」
研究室にはキエルのために、青い大きなカップが一つ増えた。
豆を挽きながら昔のことを改めて思い返してみる。
母は鉱山の話をよくしていた。
もともと父と母の間では結婚前から子供は二人にしようと決めていたらしい。だから子供達が将来何があっても生きていけるように、鉱山を二つ持ってきたのだと。
鉱山は、いずれ一人一つずつ持ちなさいと。私と兄は幼い頃から母にそう言われてきた。
だから父が鉱山の一つを売ってしまった時、この人は母の想いを踏み躙るだけではなく、私たちのことは何一つとして考えてないのだと、そう思ってしまった。
今思えば、父は父なりに何かあったのかもしれない。
だけど当時は怒りに飲まれ距離があき、そのままだ。
まだ、まだペトラは父の真意があったとしても素直に受け入れられる気はしなかった。それくらい、父に失望してしまった。
父のことは好き”だった”。
今は好きか?と聞かれたら、好きとはもう言えないかもしれない。家族としての情はあるけど、それは愛情なのか、ただの情なのかよくわからなくなった。
「兄はアカデミーの早期卒業を目指したわ。私は幼い頃からすでに魔道具に興味があって、お祖父様から教育を受けていたのでそれを突き詰めることにしたの」
「お祖父様はたしか、」
「そう、ハイモア様の師匠なの。私は父と相手の会話や書類を正確に記録する魔道具を作った。当時はそういった魔道具がまだ存在していなかったから、叔父様やハイモア様の手を借りながら。
父が次またいつ詐欺に引っ掛かるか、正直私たち兄妹は気が気じゃなかった。
そして父に4度目の詐欺を仕掛けてきたのはレスキー侯爵だったの。
父はまんまと策略にハマり、多額の借金を背負ったわ。父は借金の担保として家財はもちろん、2つ目の鉱山を譲渡する契約書にサインをしてた。
私たちは鉱山に思い入れがあったから、どうしてもそれだけは受け入れられなくて。だから私と兄は裁判を起こした。奪われたものを取り戻すために。
この時、王太子殿下が後ろ盾になってくれたの。そうでない限り、学生である兄と学生にすらなっていない私が裁判を起こすのは難しかったから。
その時のやりとりもあって、ハイモア様と王太子殿下のことは信頼しているの」
まあ、正直王太子殿下の手を借りる時は、疑ったところで王家相手ではどうすることもできないだろうって諦めもあったのだけど。彼は思ったよりも兄妹に親切で、心強い味方になってくれた。
「確か一時的に伯爵家は困窮したと記録があったが」
「そう。レスキー侯爵は速やかにあらゆるものを差し押さえたから。おそらく反撃するのを防ぐためかな。私たちは一瞬で貴族社会から見放されて、私と兄の婚約も解消になった」
「婚約…そう、そうか、元々は、そうだよな。…ちなみに婚約者とは今はどうなんだ…?」
なぜか少し焦った表情で聞かれる。
「どう、もないわ。当時婚約解消して、それっきり。正直あまりいい思い出がないから、できれば今後も関わりたくないわ」
「そうか、よかった」
ほっとした表情。
ああ、交流が続いていると思ったのかな。恋人として振る舞ってるから、婚約者と交流があったら気まずいだろうと気を遣ってくれたのかしら。
ーー婚約ねえ。
母が生きていた頃は安定した伯爵家だったのだ。ペトラにも、兄にもそれぞれ婚約者がいたのだ。
正直婚約を結んだのは1年半という短い期間で、相手は自分を気に入ってたわけじゃないから顔もよく覚えていない。
社交をサボっているから、その辺で出会ってもまず気づかないだろう。
伯爵家が困窮して、一番最初に手のひらを返したのはペトラの婚約者の家だった。それから兄の婚約者の家。まあダイレクトに被害を受ける可能性があるから、婚約解消自体は納得できる。
でも社交界にあることないこを吹聴したのはいただけない。
腹立たしかったし、抗議もしてみたが、力をなくした家の言うことなんてなんの効力もなかった。
「予め、防犯を理由に屋敷中に音声と映像を記録する魔道具を仕掛けてたの。差し押さえが来る前に、これだけは回収しておいたわ。
魔道具が記録した映像を確認してみたら、レスキー侯爵の使いが父を酒で酔わせ、それから契約書に無理やりサインさせた記録が残ってた。だからそれを、魔道具の設計図とともに証拠として提出したの」
ーー魔道具の設計図の提出。
裁判が有名になった理由のうちの一つだった。
通常、魔道具の設計図は厳重に管理され、作った本人と所有権を持つ人間しか知り得ないようになっている。盗作の危険もあるし、結界系の設計図が漏れれば、警備の弱点にもなるからだ。
たとえ裁判の証拠になり得るとしても、設計図を証拠に使うことはほとんどない。
裁判で証拠として使えば、設計図は記録として残り、高位貴族や官職など権限のある人ならば誰でも見られるようになる。
ペトラが詐欺師を捕まえるために作った魔道具は画期的で、案の定裁判記録の設計図から模造品が作られ、売られている。
もしもその魔道具を裁判の証拠として使わず、商品化して売り出せば飛ぶ様に売れ、あまり時間も立たないうちに裕福な生活を送ることも可能だっただろう。
鉱山の利益以上のものを得ることも可能だったはずだ。
でもペトラたちは鉱山と名誉を優先した。
裁判記録に設計図が残り、設計図が公開され、盗用され第三者が似たようなものを作ったとしても、ペトラたちは家門を優先したのだ。
「最終的に、設計図と記録された内容が認められて私と兄は裁判に勝った。でも、レスキー侯爵を捕えるには決定打には欠けてしまって、最終的には侯爵家の執事が捕えられたの。うまく罪を被せたのね。それだけが悔しい。
私たちは鉱山の権利を取り戻し、差し押さえられたものもほとんどが戻ってきたわ。貴族たちは手のひらを返して、私たちに擦り寄ってきました。被害者であることが公式に証明されたし、兄は若くして鉱山をもつ伯爵家を継ぐことが、私は魔道具の才能があることが公になったからね。加えて王太子殿下の後ろ盾があることもわかった。
婚約者たちからも何度か手紙が来たけど、読まずに燃やしたわ。
私たち兄弟ははそこで少し疲れちゃったの。だから兄は一年のほとんどを領地に籠って出てこないし、私は研究所と家を往復して社交もしてないの」
少し笑って肩をすくめる。
淹れ終わったコーヒーを持って、キエルがいるテーブルへと戻る。
「裁判の直後、兄は父を速やかに領地の別荘へ送り、爵位を継いで、私はその後学園に入学した。そして卒業してすぐにこの研究所に入ったの。レスキー侯爵側の職員がいる可能性も考慮して、私はハイモア様の部署にいると言うわけ。ハイモア様はお祖父様の弟子であり王太子殿下の部下であり、裁判で一緒に戦ってくれた戦友だから。
裁判関係はそんな感じ。何か聞きたいことがあれば聞いて」