3 <キエル視点>
更新情報:X(@tchbn_mdr)
「キエル団長!研究所のペトラ嬢とお付き合いしているというのは本当ですか!?」
「本当だ」
キエルはこの日何度目かも分からない問いかけに辟易していた。
自分がある程度人気があることは把握していたが、ここまで男女問わず寄ってくるとは予想外だった。
「面倒だな」
「団長は今までどんなご令嬢の誘いにも乗らなかったですからね」
苦笑するのは副団長のディランだ。
それにしたって大騒ぎしすぎじゃないか。朝から晩まで出会う人あらゆる人間から同じ質問を受けている。いっそ掲示板にでも大きく張り出すか悩むくらいだ。
誰が誰の番であろうが、王家でもあるまいし。放っておいてほしい。確かに公爵家の出身ではあるが、自分は三男だ。政治的に影響を与えることはほとんどない。
「彼女になんの被害もないといいのだが」
「うーん、どうでしょうね。彼女であればうまく立ち回ってくれそうな気もしますが。ペトラ嬢も元々人気の高い方ですし」
本人は気づいていないがペトラ自身魅力的な女性である。
獣人からも人間からも人気だ。
本当に気心の知れた人間以外は誰も寄せ付けようとしない、あの雰囲気もミステリアスで良いし、落ち着いたブラウンの髪をまとめ上げてうなじが丸出しになっているのも魅惑的である。顔のパーツも整っていて、キリッとした目に高い鼻筋、それから薄い唇。
仕事にストイックなところも尊敬できるとして人気が高いのだ。
そんな彼女が自分のせいで他人に群がられるのは面白くなかった。非常に面白くない。
なぜなら、本当に彼女がキエルの番だからだ。
彼女の性格を考えて、番のふりをしようと提案したが本当は彼女がキエルの番で間違いなかった。
初めて王城で見かけた時、胸が高鳴り一瞬で全身の血が沸騰して倒れそうにすらなった。一瞬で「手に入れたい」「欲しい」「俺のものだ」という衝動で頭がいっぱいになった。
強引に力づくでもいい、権力で脅してもいい、ペトラを今すぐ目の前から連れ去って屋敷に閉じ込め、一生外に出さずそのまま暮らしたいと思った。本当に。
それでも、理性を総動員してなんとか踏みとどまり、強引に迫らなかったのは自身が騎士団長という立場であることと、彼女が有名な「ケイル伯爵家のペトラ」だからだった。
彼女は人気な反面、慎重、疑り深い、信用しない、警戒心が高いということでも有名だ。
数年前にあったレスキー侯爵家との裁判が理由だ。
ペトラに関する記録を思い出し、キエルは静かにため息をついた。
竜の獣人は他の獣人ほど激しい発情期がないから、ペトラを欲する欲望はまだ理性で我慢できる。
権力を使って婚約を迫ることもできるが、それでは彼女は一生キエルを信用しないだろう。
彼女と一緒にいればいるほど、一刻も早く自分のものにしたい。自分を信用して欲しい、助けを求めて欲しい、愛したい、愛されたいという感情が際限なくキエルの中に湧き起こってくる。
ペトラが恋人のふりをする提案を受けてくれてよかった、とキエルは安堵する。
一緒にいられる時間が増えたし、恋人として隣にいる間は他の男に取られる心配もない。
ーー無様だな
ペトラに出会う前は異性に対して微塵も興味はなかったし、こうして誰かのことで頭がいっぱいになることはなかった。番の及ぼす影響の大きさを実感してため息をつく。
無様。
それでもペトラが思考を埋め尽くすことについて、悪くないと思う自分がいるのだからタチが悪い。
ああ、彼女の匂いを嗅ぎたい。匂いをつけたい。
キエルは魔道具研究所の方へ向かって歩き出した。