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1話目はちょっと長め
「ペトラには、そこにいる騎士団の団長殿と一緒に番詐欺の捜査に協力して欲しいんだ」
ペトラの職場は王城敷地内にある魔道具研究所だ。
いつも通り、規定の時間よりも少し早めに出勤したところで、上司であるハイモアに呼び出された。
ハイモアはペトラの上司で、呼び出し自体は珍しいことではない。王城や役所などから魔道具の依頼が来ればそれに適した職員がハイモアの元へ呼び出されて仕事を渡されるからだ。
ちょうど先日頼まれていた『ずっといい匂いがする魔道具』(何に使うのかはよくわからないが花の種類まで指定されていた)の依頼を完了したから、また新しい仕事が振られるのかしら。
などと思いながら、ペトラはいつも通りノックして、返事を待たずに部屋を開けた。ハイモアは集中していると呼び出したくせに返事をしないことが多い。
今回もどうせ返事は返ってこないだろうと思ってドアを開けたところに大きな先客がいた。
ああ、いけない。来客中だったのね、いつもの癖でそのまま開けてしまったわ。
「すみません、来客中でしたか。出直します」
「いや、合ってる合ってる。入って」
慌ててドアを閉めようとしたところで呼び止められる。
合っている、ということはこの人が魔道具製作の依頼人なのか。大きな仕事では依頼時に依頼主が同席することがある。
ペトラは大きな先客を見上げた。そこにはシルバーの髪に幻想的な紫色の瞳をした綺麗な顔があった。
随分綺麗な顔だわ、このオーラは貴族かしら。
全く社交をしていないのでこの人が誰かわからない。
服装は騎士の格好をしているから多分騎士。記章がたくさん。ということは騎士団の偉い人だわ。
これだけ綺麗な顔だからきっと有名な人のはず。ええと、騎士で有名な人は誰がいたかしら。ああ、噂にも疎い。
ぐるぐると考えている様子を見てハイモアが笑いながら「第三騎士団団長のキエル・オーフェンだよ」と助け舟を出してくれた。
キエル、キエル、ああ、聞いたことがあるかもしれない。
誰かが話していた。確かオーフェン公爵家の三男で年齢は私と同じく26歳くらい、とても強くて、それからとても美しくて、それから獣人、だったはず。
噂を小耳に挟んだ程度なのでそれくらいの情報しか知らない。いや、噂なんて適当だからそれもどこまで本当かはわからないわ。
ううん、と再びペトラは思考し始めた。
「ペトラ、きちんと順を追って話すからとりあえず座ってもらえる?」
「ええ、ああ、はい、すみません」
ソファに座る。
目の前には上司であるハイモアと騎士団長のキエル。騎士ということもあり姿勢がいい。
普段静かな慣れた空間に、高貴な獣が森から現れて迷い込んでしまったみたいだなと思った。
「これから話すことは重要機密。ペトラは研究所の中で最も口が硬いね?」
「ええ、そうですね」
口の硬さには自信がある。
ペトラは過去の経験から他人を簡単には信用しない。それがたとえ誰であれ。
王族だろうがなんだろうが、自分で信頼できると判断するまで気を許さない。そして判断するまでの時間も長い。
誰に対しても等しく他人行儀。
おかげで職場ではもっぱら「疑り深い」「人間不信」「冷徹」「氷の」と、変な言葉を名前の前につけられるようになってしまった。が、事実なので黙認している。
ペトラの返事を確認するとハイモアとキエルが顔を見合わせゆっくりと頷いた。
そして冒頭のセリフへと戻る。
「ペトラには、キエル団長と一緒に番詐欺の捜査に協力して欲しいんだ」
番詐欺、という聞きなれない言葉に眉間に皺を寄せ、少しだけ首を傾げる。
「番詐欺?ですか?」
「そう、最近流行ってるみたいなんだよね」
ハイモアは自身の長い前髪を掻きあげ、ため息をつく。
なんだろう、厄介ごとの予感がする。
ハイモア様がニコニコしている時は難易度の高い依頼の時、こうやって心底面倒そうにしている時は、私にとっても面倒な時。長期間の残業の気配がする。この間やっと繁忙期を終えたばかりなのに。
「番詐欺については、キエルから説明してもらえる?」
「ああ。ですがその前に、ペトラ嬢初めまして。私は第三騎士団の団長のキエル・オーフェンです。あまり畏まられるのは得意ではないので、キエルと呼んでください。こちらのハイモアとは旧知の仲です」
「私こそ挨拶もせずにすみません。私は魔道具研究所の主任のペトラ・ケイルです。私のこともペトラとお呼びください」
キエルは立ち上がり手を差し出した。
握手をしようということらしい。騎士らしい大きくて硬そうな手だ。
ペトラは自身の手を差し出す。
触れた瞬間、キエルが一瞬震えたのがわかった。それから壊さないように、という感じで優しく握手された。やはり高貴な動物みたいだ。
予想通り手のひらは硬かったが、暖かい。
握手をしたままキエルを見上げると、少し顔を赤くされた。女性慣れしていないらしい。
ふむ、この見た目で公爵家ともあればモテモテだろうに、少し意外である。
研究所で特定の人物としか会話をしないペトラですら耳にしたことあるくらい有名な団長。そんな人が一職員と握手をして少し恥ずかしそうにしているなんて。
ソファに座り直すとキエルが話し始める。
「では、番詐欺について話しましょうか。ペトラさんは人間ですよね」
「そうです」
「番についてはどれくらいご存知ですか?」
「獣人の運命の伴侶、ですよね。相手の種族は問わず、同種であることもあれば、異種族であることもある。同種または獣人同士の場合はお互いに番と認識する。相手が人間の場合は徐々に番らしくなるものだと聞いてます。完全に拒否される場合はほとんどないですが、ごくごくまれにあり、その場合は獣人側は狂ってしまう。
狂わないようにするには、複雑な手順を踏んで解消の手続きを行う必要がある、というところまで知っています」
「そこまで知っていれば十分ですね」
「ありがとうございます」
この国にはいろんな種類の獣人がいる。
元々は人間だけの国だったけど、それだけでは立ち行かなくなって、数百年前から獣人と共生することにした、らしい。
獣人と共生するようになって数百年経っているし、お互いの忌避感をなくすための教育が徹底されていることもあり、この国ではたくさんの異種族がうまく共存している。
獣人は身体能力が優れているため騎士や職人などの職業についていることが多く、逆に人間は獣人よりも細かい作業が向いているため研究職や官位につくことが多い。
ペトラとキエルがまさにそうだ。
「番詐欺、というのは獣人の詐欺師が人間相手に番を偽り、最終的に金銭または何かしらの要求をすることを言います。少し前から平民相手に詐欺が行われているという話がありましたが、数ヶ月前についに貴族の令嬢に対しても詐欺が行われるようになりました」
貴族相手というのは随分と大胆な犯罪だ。
この国はもともと人間が統治していたこともあって、貴族の割合は人間の方が多い。
犯罪に引っかかりそうな貴族を選んで仕掛けることができるくらいには。
「手順はこうです。まず、見目麗しい獣人が貴族令嬢に「あなたは僕の番だ」と声をかける。獣人への忌避感を軽減するために「番の恋物語」の書籍が多くありますね。そのため貴族令嬢は番に憧れを抱いていることも多いんです」
「ああ、ベストセラーがいくつかありますよね。絵本にもなっている」
「そのとおり。令嬢は喜びます。声をかけてきた獣人の顔が良ければ余計に。そして獣人は王城で騎士をしていると言う。王城の騎士は人数がかなり多いので、令嬢に「知らない」と言われても「まだ下っ端なんだ」と言えば大体は納得します」
確かに。目の前の団長や辺境での英雄、王族の近衛騎士など何人か有名どころはいるが、下積みの騎士たちのことはほとんど知らない。
王城の騎士を全て把握しているのは、それこそ団長職や役人くらいだろう。箱入りのご令嬢には、目の前の男が本当に騎士かどうかなんてまず分からないはずだ。
「二人は何度か逢瀬を重ねます。平民や令嬢の身分が低い場合は早い段階で体の関係に至ってしまうようです。そして相手の信頼が得られたタイミングで、家の事情や仕事での失敗などを理由にして、大金が必要だと言うんです」
「なるほど。獣人との番関係はよっぽどのことがなければ、受け入れるのが普通ですものね」
「詐欺側も相手が払えそうなギリギリの額を要求します。そして令嬢は将来の婿のためにお金を用意する」
「お金を払った後は?」
「連絡が取れなくなり、それで終わりです」
「女性たちはさぞ、傷ついたでしょうね」
人に裏切られるのは辛い。その辛さはよく知っている。
貴族の令嬢であった場合、体の関係を持ってしまったら大変だろう。婚前交渉についてそこまで厳格ではないが、やはり清い体の方が好まれる。
「だんだんと大胆になってきています。そして巧妙にもなってきました。第三騎士団で調査をしていますが、正直言って捜査には行き詰まりを感じています。金銭を受け取った後の行方のくらまし方が非常に上手い」
「騎士団でも追うのが難しいということであれば、後ろ盾がいるということでしょうか」
「バックにいるのはレスキー侯爵で間違いないでしょう」
レスキー侯爵。その名前を聞いてペトラは顔が曇り、不快感をあらわにする。
今まで黙っていたハイモアが口をひらく。
「ペトラに相談した理由の一つがこれだ」
静かに頷く。ペトラと兄は過去にレスキー侯爵相手に裁判で争ったことがある。
家をめちゃくちゃにされ、全てを奪われ、そして奪い返した。
レスキー侯爵は綺麗な商売をしない。
人の弱みに漬け込み、違法ギリギリのラインで金を貸し、貸した相手の商売を潰すのがうまい。
商売を潰され、返済が立ち行かなくなったところで資産を全て差し押さえる。ペトラの家もその被害者だ。
あるいは、弱みを握って、万が一自分が失敗したら罪をなすりつけたり、間諜の真似事をさせたりもしている、らしい。王太子殿下に聞いた話だからほぼ事実だろう。
職場である魔道具研究所や騎士団、王城内の使用人たちの中にも、侯爵の息のかかった人間が居るはずなのだが、誰が該当するかわからない。
そんな中で、レスキー侯爵と過去に争ったことのある人間不信のペトラは、この件に関して確かに最適な人事である。
なるほど、とペトラは納得した。
「何を協力すれば良いのでしょうか。ここは魔道具研究所で、私は魔道具を作ることしかできないのですが」
「君にはね、『番かどうかを判別する魔道具』を作って欲しい」
「現状、詐欺が判明するのは犯人の男が消えてから、つまり金を騙し取られた後です。手掛かりが何も出ない。だから『番かどうかを判別する魔道具』を作ってくれれば、獣人が嘘をついていた場合、その場で拘束する。今のところ犯罪のほとんどが首都で行われている。何かしらの理由をつけて、番が見つかった場合は魔道具を使う機会を設けさせて詐欺師を捕まえようと思っています」
「なるほど」
ふむ、とペトラは考える。
「魔道具を使う機会はどういうものを想定していますか?魔道具を使わせる状況を用意しなければいけないと思いますが、詐欺師の獣人がそのような場所に来るでしょうか」
「細かくは詰めきれていないが、やりようはいくらでもあると思う。王太子殿下と話し合う必要があるな。全体の指揮は殿下が取られているから」
ハイモアが答える。
「パーティの余興などでしょうか」
「かもね」
「用途の詳細が決まってないなら、できるだけ小型化したほうが良さそうですね」
「そうしてもらえると助かるよ」
それからハイモア、ペトラ、キエルの三者はいくつかの情報共有をして会議室を出た。