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黒猫になったアイツと見習い魔女の夢

作者: 河野

「おいブス、いい加減 俺にかけた魔法を解きやがれ」

「はっ、うるさいわね黒猫のくせに。」

「てめーが黒猫にしたんじゃねぇか」

「そういう態度だから戻してもらえないのよバーカ」

「うるせぇ、黙って元に戻す方法見つけやがれクソ女」

「あんた、今度はその汚い口を縫い合わせる魔法でしゃべれなくするわよ?」


今日も口汚い猫が私に物申してくる。

というのも私がうっかり黒猫にする魔法をエトヴィスにかけてしまったのが事の発端。

私は魔女見習いのミノン。

今は森の中で静かに暮らしているけど、夢は、魔法の王国ケートで立派な魔女になって王宮勤めになること!

王族お抱えの魔女になれればそれはもう好待遇でどこにいっても恥ずかしくない。

隣でわめいている黒猫は、エトヴィス。

私は、魔女といえば黒猫よね!という安直な"優秀な魔女"のイメージを実現させるために、賢く育てた従順な犬を猫にする魔法を開発していた。


「そもそも、犬を猫にするっていうのが頭悪いんだよ」

「うるっさいわね、気まぐれな猫より従順な犬の方がなんかカッコイイでしょ!」

「だったら端から犬を使い魔にすりゃいいだろーが」

「だからっ、使い魔にするなら猫の方が“っぽい”って思ったんだから仕方ないでしょ!」


正直、犬を猫にしたところで言葉は話せなかっただろうから、そういう意味では人語を理解して話せる猫が誕生したことは魔法の成功と思ってもいいかもしれない。

ただし、こんな可愛げのない猫なら思っていたのと違う。あくまで従順な使い魔がほしかったのだから。

本来、使い魔というのはそんなペットのように育てて“使い魔”となるわけではない。

この世界では、多くの魔女が使い魔を使役しているが、黒猫である必要もないし、犬でも使い魔としては十分機能する。

ただし、使い魔としての契約を無事遂行する必要がある。

契約とは、使い魔にしたい動物に呼び出した精霊が加護を与えることで成立する魔法契約のことである。

つまり、使い魔にしたい動物と、精霊の力の両方がそろって始めて準備が整う。精霊を呼び出しても契約できないこともあるが、それは相性の問題もあるし今は言及しない。

その契約の材料となる、使い魔にしたい動物に、私は犬を検討していた。

犬は良い、従順で賢くて聞き分けがいい。

勿論そういう犬を用意するためにブリーダーを使うのだが、それはまた別の話だ。

とにかく、その賢く私に従順な犬を用意してから、その犬を猫に変身させようとしていた。


「そもそもお前に従順な犬がいるわけねーだろ」

「あんたみたいに口うるさくなくて賢い子なら可愛がるわよ」

「使い魔になった動物は契約時点である程度は従順になるはずなのに、その域を超えてさらに従順で使いやすさを求めるからややこしいことになるんだ」

「魔法のパートナーになるんだから度が過ぎるほどの従順さや賢さはあって困るもんじゃないでしょ」

「ミノン程度の魔女にそんな賢い使い魔が従うとは思えねぇな」

「―――あんた、一生猫のままでいたいの?」


口の減らないエトヴィスに、すでに黒猫姿であることが脅しになるのかもうわからない。

とにかく、犬を猫にする魔法を誤ってエトヴィスにかけてしまったのである。

そして絶賛、その魔法の解き方を研究中なのだ。

そう、解き方がわからないのだ。


カランカラン、と来客を知らせるベルが鳴った。

扉の方へ来客を迎えに行くと、見慣れた薬屋のポーラが扉から顔をのぞかせた。


「あ、ポーラ!久しぶりじゃない」

「あらミノン、黒猫を使い魔にしたってホントだったんだ?」


黒猫の姿を一目見た彼女は嬉しそうに声をかけてくれた。


「前から使い魔にするなら黒猫一択!て言ってたものね」

「ま、まぁね…というか、黒猫を使い魔にしたって誰かから聞いたの?」

「こないだ町に猫を連れて出かけたらしいじゃない?それを見た人から聞いたの。この街に見習い魔女なんて少ないから目立つのよ」

「そう…。そういえば、新しい薬は入った?」


ポーラの抱えた大きなカバンを見て、訪問の目的を伺う。

基本的に使い魔というのは一度契約したら一生共に過ごすものだ。

周囲に使い魔を使役したことが知れたということは、もう私は「使い魔のいる魔女」だと認識され、黒猫はずっとそばにいるものと認知されているだろう。

それが実は魔法の失敗作で、使い魔にすらなっていない猫だとは出来れば知られたくないところだ。

新しい薬の話題を振って、ポーラがかばんに目を向けた瞬間に、私はエトヴィスに強い視線を向けて「喋らないで!」とジェスチャーをした。

喋るとただの使い魔でないことがバレてしまうかもしれない。

ふんっそれはどうだか?といった嫌な態度をするエトヴィス。

ぐぎぎーっと私は憎まれ口に反応しながら、チラチラと尻尾を動かすエトヴィスをハラハラ見守ることしかできない。


「こないだミノンが欲しがってた薬品が納品されたから知らせに来たのよ、ほら」


ポーラがかばんから青紫色の綺麗な液体の入った小瓶を取り出した。

わぁきれい…と思わず声を漏らしつつ、ミノンはその小瓶を受け取って光にかざしてみる。

光にかざすと青紫色の液体がキラキラと輝いて見えてとても美しい。


「これが、あの新薬なのね…」

「ふふ、流通量が少ないから手に入れるのに苦労したけどね」

「ありがとう、助かるわ。ポーラは仕事ができるわね。」


珍しい薬を手に入れてくれたポーラの手腕を褒めると、へへっとかわいらしく笑ったポーラ。

それをみてエトヴィスはつまらなさそうに地面からテーブルに飛び乗った。

ガチャンと食器が揺れる音がして、私は思わず振り返ったが、ひとまず黒猫はいたずらをせずにこちらを見ているだけだった。


「そういえば、最近エトヴィスと喧嘩でもしたの?」


唐突にポーラの話題が飛ぶ。

ドキッと私は飛び跳ねて、いやぁ~と手を後頭部に当てて困ったように苦笑い。


「喧嘩…そう、喧嘩…ねぇ~…」


怖くて後ろのテーブルが振り返れない、黒猫からの嫌な視線を感じつつ、お願いだから黙ってて~と心で念じるしかない。


「最近エトヴィスが来てないらしいから、心配してたんだけど。早く仲直りしなさいよ」

「う、うん…。が、がんばる…。」


ガチャンとまた後ろで食器の揺れる音がしてドキッと冷や汗が出る。


「それじゃぁお代はまた請求書を送るから納品書にだけサインして。」


そういってポーラはヒラリと砂色の納品書とペンを差し出した。

それをジッと眺めるエトヴィス。

納品書に書かれた金額にやや戸惑いはあるものの、元から知っていた値段だけに唇をかみしめて、私はサインをした。

まいどあり~とニカッとポーラが笑うと、はは…と私は乾いた笑いを返した。ホント、仕事ができることで。

納品書をクルクルッと丸めてかばんに押し込んだポーラはクルッと背を向けると、扉に手をかけた。


「あ、そうそう。エトヴィスが来たら、“届いてるよ”って伝えといて。」


ポーラが背中越しに振り返って、それだけの伝言を頼まれた。

え?と私は首をかしげたが、ポーラは笑ってそれ以上を言わなかった。


「まぁ、仲直りが先だけどね」


とだけ言って、ポーラは出て行ってしまった。

彼女の伝言がよくわからなかった私は扉が閉まるのを見送ってから、後ろを振り返った。


「届いてるって、何か注文してた―――の?ってあれ?」


振り返る解いたはずのエトヴィスの姿がなく、周囲を見渡して黒い背中を探す。

どうやら部屋にはいないらしく私はもう一度首を傾げた。

いなくなったことを理解して、「気まぐれなのが猫そのままじゃないの」とつぶやいて、青紫色に輝く小瓶に目をやった。


「やっと、手に入った。」


手に入るときは意外とあっけないのね、と思いながらも光にかざしてキラキラと輝くその色に見入っていた。




◇◇◇




薬屋が来てから姿の見えなくなった黒猫が次に現れたのは二日後のことだった。

一応周囲には私の使い魔となった風に周知されているのだからあまり自分勝手な行動は慎んでほしいのだけれど…。


「エトヴィス、飲んでほしい薬があるんだけど」

「ああ?これ以上どんな失敗を重ねる気だ?」


次は鳥にでもなるのか?と憎まれ口をたたく黒猫。


「あんた、一生黒猫のまま過ごす気?」


ムッとして私は手を腰に当ててあからさまに拗ねて見せる。

その様子を見てムクリと寝転がった姿勢から起き上がる黒い影。


「まさか、本当に元に戻る魔法薬ができたのか?」

「…徹夜したから眠たいの、早く飲みなさいよ」


透明な試験管に入った深い青色をした液体をぐっとのぞき込むエトヴィス。

本当に鳥にならないだろうな?という疑いのまなざしを向ける黒猫に、いいから早く、と私は急かしてみせる。

黒猫の両手が試験管を器用に持ち上げて、口に液体がそそがれると同時に淡い光が黒猫の体を包む。

よし…っと私はガッツポーズをして、魔法薬の成功を確信した。


「あーあ、やっと戻れたよ。猫でいるのも楽じゃねーな」


ポリポリと頭をかいて、エトヴィスは淡い光の中から姿を現した。


「悪かったわよ、でも気楽でいいじゃない、猫。」


私がニカッと笑って元に戻った彼の姿を笑ってやる。

鏡に映った自分の姿を見て、エトヴィス―――幼い少年は満足そうに襟を正した。


「まぁ、ブスに仕える気はねぇけど、気楽なのは確かに。」


猫にされた時の姿そのままに元に戻ったらしいエトヴィスは服を着ているのが久しぶりで鏡の前で体を回して見せる。

身なりのいい恰好をした少年、エトヴィスが銀色の髪をかき上げて言う。


「でも、…あんまり俺が失踪すんのもヤベーだろ」

「忙しそうにしてたし、まぁたまにはいいんじゃない?」

「誰のせいだっつーの」


べしっと私よりも小さい背丈の子供に頭を叩かれる私。


「まぁ、気楽にできたのは確かだし、元にも戻れたし、請求書は送っとけ」

「え?何の請求書?」

「こないだのポーラの新薬、これの材料じゃねーのか?」


自分の体を指さし、元の体に戻れた要因を先日の高額な薬品だとあたりをつけたらしいエトヴィスが不思議そうにいう。

ははっ、と私は笑って、戸棚から別の小瓶を取ってくる。


「それは、別。あれの効果は、こっち。」


深緑色の小瓶を振って、ポーラから買った高額な薬品がこの魔法薬に調合されたことを見せる。


「じゃぁ新薬の到着を待たなくても元に戻せたんじゃねーか!」

「そ、そういうわけじゃないわよ、タイミングの問題よ!」


また頭をたたかれそうになった私は貴重な魔法薬を手に持っていたために、慌てて避ける。


「と、とにかく、元に戻ったらこっちの薬をあんたに渡そうと思って。」

「なんだって?今度はなんの失敗作だ?」

「なんでもかんでも失敗作って決めつけないでよね」


不服そうにするエトヴィスに深緑色の魔法薬が入った小瓶を渡す。

不思議な色をしたその液体をいぶかしげに見る彼に、飲んでみて、と促す。


「黒猫になる薬じゃねーだろうな?」

「疑がり深いなぁ…ホントはそっちを飲んでもらうつもりだったのに。」


ハッとしてエトヴィスが魔法薬に向き変える。ゴクリと喉を鳴らして、その魔法薬を飲む決心をする。

手に持った小瓶を静かに唇につけて、その小さな背丈よりも高く小瓶を傾けた。

すると、緩い苦みがエトヴィスの口に広がって、体が暖かくなる。

それを見守る、私。

エトヴィスの小さな体が大きくなっていくのをニンマリとして見ていた。


「ははっ、これだよこれ」

「もう、見習い魔女なんて言わせないからね」


私は頬杖をついて満足げに笑って見せた。

エトヴィスは驚きつつも、少年の姿から青年の姿になった自分を大きな鏡で確認する。


「少しは、王子らしくなったんじゃない?殿下。」

「うるせぇ、もともと王子らしいわ、クソ女」

「王子はそんな口汚くない方が“らしい”んじゃないの」


青年の姿に戻ったエトヴィスは変わらず口汚い。


「ま、とにかく殿下、これで約束は守ったわよ」

「ああ、悪くねぇ。」


さて、と彼は肩を回し、私に向きかえった。


「ああ、あと、伝言は受け取ったから。」


それだけいうと、「またな」といって扉から出て行ってしまった。

黒猫から少年へ、少年から青年へと、一日に二度も魔法を解いて体の負荷は大丈夫かしら?と思いはするものの、平気そうにしているからまぁいいか。と私は、大きく伸びをした。

そういえば、徹夜なんだった。疲れていて当然か。と大きなあくびをする。


そう、エトヴィス、彼はケート王国の王子だ。

彼の趣味は下町巡りだ、この森や薬屋のある街にもお忍びでよく遊びに来る。

子供のころ、それこそ魔法で小さくされた少年の姿のころからよくこの街には遊びに来ていた。

王子という立場上、服毒の耐性をつけるために様々な薬を幼少期から飲まされ、この度体が縮んでしまう魔法にかかってしまった。

その体を戻すために、この町・この森の私のところに来ていたのだった。

王宮の魔女は王位継承権を争う誰かの手の者かもしれないし信用できない彼は、幼少期から見知った町と顔見知りの私を頼ってきていた。

口が悪いのも、いただけないが、高貴な身分だけに甘く見てやっている。

体を大きくするどころか黒猫にしてしまったのは申し訳ないが、ひとまず体を戻すという約束は守られた。

きっとエトヴィスも数日、王宮を開けていたから久々に戻ったのだろうと思うと、またしばらく顔を見ないかもしれないな…と思って少し寂しくも感じる。


そう思っていた、3日後だった。


王宮からの知らせが届き、開けてみるとエトヴィスからの手紙だった。

この度は世話になった、と短い文が書かれた手紙と、もう一枚、大層な高そうな紙が同封されていた。


「任命書…?」


開くと、そこには大きく任命書、と書かれてある。

この度の功績を認め、ミノン見習い魔女を宮廷魔女に任命する、と書かれていた。

私は目を見開いて任命書と手紙とを二度見した。

―――私の夢は、王宮勤めの魔女になることだった。

そして、よくよくエトヴィスからの手紙を見ると、「渡したいものがあるから王宮に出向くように」と端的に書かれていた。

これまでエトヴィスとはお忍びで街の少年というていで接してきていたので、改めて王子としてのエトヴィスと会うとなるとドキリとした。

しかし、王宮からの登城の依頼なので行かないわけにはいかない。そもそも宮廷魔女になるのなら勤め先になるのだから、行かない手はない。




◇◇◇




「よくきたな、ミノン」


王宮でのかしこまった謁見室で、聞き慣れた声とともに扉が開いた。


「エトヴィス!---あんた、王宮で見たらちゃんと王子様なのね」


これまでお忍びで下町の少年姿でしか会ってこなかったからか、正装の彼は大人びてみえた。

うるせぇ、と短く返答されて相変わらず口が悪いのはエトヴィスだわ、と何故か安心する。


「まぁ…今日来てもらったのは渡したいもんがあったからだ」


そういうと大きな箱が部屋に運ばれてきて、私は首をかしげる。

そしてエトヴィスが口を開く。


「ポーラは確かに仕事ができるやつだ」


そういって、これが彼女の伝言にあったエトヴィスの注文品だということを察した。


「でも、それ以上にミノンには仕事ができるようになってもらわなきゃ困る」


そう言って、箱に目をやるエトヴィス。

顎でジェスチャーをして、開けてみろ、と促される。

私は戸惑いながらも大きなリボンを外し、恐る恐る大きなふたを外してみた…



「わぁ…かわいい…」

「―――宮廷魔女の就任、おめでとう」

「えっ」


箱を開けると中には可愛い子犬が入っていた。

箱の中には調教済みであることと優所正しい血統であることを示す証書が同梱されていた。


「俺としては、二度と黒猫にされたくねぇもんでな」


厭味ったらしくエトヴィスは笑って、夢がかなったお祝いをしてくれた。

まぁ俺は犬のままでも使い魔として優秀だと思うけどな、と付け加えて。


「…そうね、黒猫の席は誰かさんのために空けておこうかしら」


私も嫌味に答えるようにニヤッと笑って見せた。


こうして、私の夢は叶い、王子は今日も下町にお忍びへ行くのだった―――。




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