-6-難破船群
それから更に(仙一郎の体内時計で)一週間ほど経った頃、仙一郎は決意した。
(やはり、手がかりとしては漁港の人たちしかいない。私は争い事は好きではないが、自分で言うのもなんだが弱い方ではないし、ティキが心配するにしても、他に突破口も見当たらん、それに…)
(元々頼まれていた船の失踪事件の事も調べねばならんし、ほったらかしになっている寺や子供たちも心配だ。
救ってくれ、守ってもくれているティキに対して何も言わず行くのは不義理がすぎるかも知れんし、彼女に迷惑がかからないようにしなければな。)
と仙一郎は思い、気持ちを固め、ティキにこの島を出ていくことを告げることにした。
「ティキ、長いこと居候をしてしまってすまないな」
その日の終わり頃、と思われる頃合いに、仙一郎はティキの家で丁寧に頭を下げて言った。
「どしたの、急に。センイチローがいてくれて、ティキはうれしいよ?ティキはずっと、一人だったから」
「そう言ってくれるか。ありがたいことだ」
元々の鉄面皮で愛想がいいわけでもなく、ガタイがいい事もあって仙一郎は人から距離を置かれることが多かった。
そんなだったから、遭難した自分を助けて、ここまでよくしてくれるティキには感謝しても仕切れない。
姿勢を改めて正し、一拍置いて、仙一郎は続けた。
「…だがいつまでも居座り続けるわけにもいかん。私は元々、行方不明になった船と乗っていた人を探しに来ていてな。そのままほっておくわけにもいかんのだ。この島にいないのであれば、ここから出て探してやらねばならん」
ティキは仙一郎が自分にとって望まないことを言い始めていると察し表情を曇らせた。
「船が難破してティキには大変世話になった。…とはいえ、ティキに迷惑をかけたくもない。私はあの漁村の人たちと会ってみようと思う。彼らなら他に遭難、難破した船のことを何か知っているかも知れんしこの島から出る方法も知っているかも知れん。どちらにせよまずは会って…」
ティキは仙一郎の言葉を遮り拘束するかの様に覆いかぶさった。
「会っちゃダメだって言った!あの人たちは怖い人!センイチローが危険だよ!」
「そ、それに他の船なんてないよ?センイチローだけ!ここには私とセンイチローだけだから」
必死に引き留めようとするティキに少し驚きながらも仙一郎はぐいっとティキを持ち上げ避けた。
「自分で言うのもなんだがそれなりに腕っ節には自信がある。別に猛獣の相手をしようと言うのではないのだ、心配はいらん。それに…」
「センイチローは知らないから!あの人たちは…」
少し口ごもり、言うかどうか迷った末…ティキは今まで黙っていた話を始めた。
「ほんとは…ほんとはね?センイチローの前にも船は流れ着いてたの。センイチローが来るよりずっと前も少し前にも。ううん…時々だけどずっと昔から何度も。でもいつもあの人たちがそれを見つけてそこにいた人たちは連れてかれちゃった…その後は見かけてないし生きてるかわかんない。ティキはあの人たちに言われて壊れた船を処分してた…」
言い辛い事を苦しげに漏らすティキを見て、仙一郎は言いたい事や聞き返したい事を一旦飲み込んでティキの話に耳を傾けた。
「それでセンイチローが流れ着いた時「また連れてかれるんだろうな」て思ったけど…センイチロー、手を放してくれなかったから…一緒にいて、ずっと一緒にいてほしくなって…でも船がそのままだとあの人たちに怪しまれるから処分したの…ゴメン、ね?」
ティキは上目遣いに仙一郎の様子を窺ったが鉄面皮な彼の表情は組みとれなかった。
仙一郎はほんの少し顎に手を当て思考を巡らした後、ティキに問いかけた。
「ふむ。ティキを責めるつもりはない。ただいくつか聞かせてもらえないだろうか」
「…なに?」
「まず…私の居た船に私以外の人影はなかったか?高齢の男性…爺さんとか」
ティキは宙を見て首を傾げ思い出そうとする。
「居なかったし…居た気配もなかったよ?服とか食器とかも」
仙一郎は嵐のさ中で爺さんの気配とともに痕跡も消えたことを思い出してた。
(アレは見間違いなどではなかったのか…どういうことだ?しかしこれが世に聞く魔の海域のようなものだとしたら)
「それでは、私の以前に打ち上げられた船とはどんな形だったか大雑把にでも覚えているか?たとえば大きな帆があったとか無かったとか、木で出来ていたとか鉄だったとか」
「ho?」
「んむぅ…木の柱に布を広げて張ってあるような…風を受けて進む仕組みだ」
「あぁ…色々!どっちもあるし服装もみんなバラバラかなぁ」
(とすれば時代もごちゃまぜか…本当に魔の海域に似た状態なのか…とはいえ連れてかれた人は私の依頼された人達である可能性もあるしそれ以前となると何処の者かもわからんが放っておくことも出来んな)
仙一郎は改めて意思を固めティキに頼み込んだ。
「ティキ、やはり漁村へと向かわねばならん。だが楽観できないことも分かった。平和的にはいかないだろうと想定して慎重に行く。道案内だけでもお願いできないだろうか?」
「やっぱりセンイチローはいくんだ…危ないって言ってるのに、ティキがこんなにお願いしてるのに」
ティキは沈んだ顔でうな垂れた。また自分には何も得られず、残らないのかと諦観を滲ませた。
だが仙一郎は力強くこぶしを握り締めて言う。
「ティキは私がティキの元からいなくなるのが不安で反対するのだろう?例えば私が倒されると。だが言ったろう?腕っぷしには多少自信があると」
「だけど…そうかもだけど…わかんないよ、そんなの」
(それに…もし死ななくても帰れるようになったらここからいなくなるんでしょ…?)と言いたかったがそれはその後の答えが怖くて、飲み込んだ。
あぁこの人はダメだ。どんなに止めても行ってしまう。それなら…、とティキも決意を固めた。
「わかった、案内する…でも約束して!絶対大けがしないこと!絶対死なないこと!絶対ティキの事またひとりにしないこと!」
「あぁ、もちろんだとも」
そういった鉄面皮の男の顔が、ティキには優しく笑っているように感じた。