-5-清廉林泉
ティキとの日常は穏やかそのものだった。そして言葉で困ることもほぼなくなり、生活習慣の違いにも慣れ、コミュニケーションの問題は大体解決してきている。
仙一郎は先日ティキと約束した泉へと向かうこととした。
目的としてはもちろん水を汲むこともあったが、今まで足を運んでいない場所を見ておきたいというのもある。それに…ティキが随分嬉しそうにしていたからだった。
ティキにいざなわれて訪れたのはこの島にしては樹木の多い場所だった。
草木の多いことを指す「緑が多い」…という表現にはそぐわない不可思議な色彩を放っており赤や青、黄に紫にと多彩な色とりどりの植物たち。まるでサンゴ礁を模して地上で再現したかのような様相。
(どれも日本では見かけないものだ…いや海外でもこれほどの光景があるものだろうか)
仙一郎は威容を誇るそのあまりの美しさに目を奪われるというよりは言い知れぬ魔性を感じた。
泉は正円ではないが直径でいえばおよそ50m近くあり周囲には少し離れて1mほどの高さの珊瑚のような美しい石柱が周りを囲む形で8基立っており、植物たちの侵入を拒むかのようにそこからは何もなく、開けていた。
湖の中央部には島のシンボルである巨大な石柱を模して小型にした様な石柱があり、水面の上からで2mほどの高さ。とても細い軸に対してシンボルのようなモノがあり、先端には角が折れて鈍角になった枝が5つ折り重なってまるで星のようにも見える。
その光景は自然と人工物が不思議と同居した…公園へと整備された景勝地のようだった。
「ほらみて!こんなに綺麗!」
ティキは水辺で嬉しそうに両手を広げくるくると回ると白い薄布の服が花のドレスの様に広がる。その姿に差し込む光。反射する水面。色彩の森。全てがプリズムに当てたかのように虹色に光る。そのどれもが幻想的で…仙一郎は思わず言葉を漏らした。
「確かに…綺麗だ。この世のあらゆる美しさをこの場に蒐集したかのようだ。」
仙一郎はそのあまりの、恐ろしいまでの非現実的な色彩に圧倒されながら、同時に「気をつけろ、踏み込むな」と心の中のアラートが鳴るのを感じていた。
(私の目がおかしくなったのか?それともあの海難事故からずっとなのか?私の気が狂っているのか?)
自己を怪しむほどにその光景はあまりにも現実にありえない夢の様な美しさなのだった。
「この島はね、もぉ知ってると思うけどあまり雨は降らないの。降るときはものすごく降るんだけど。変だよね?いつも雲かかってるのに!だからここの水は大切なんだー海の水はしょっぱいし!」
「ふむ。河川に流れるわけでもなく濁ることもないとは…泉の底から湧いてるのかもしれんな…」
泉の水はどこまでも清く澄んで清浄で透明度はかなりの物だ。しかし底は見えない。深くて見えないとか光が届かないといった感じではなく、周りの光彩が彩り豊かに鏡のように水面に映されるせいで見通せないためだ。
「ほらねぇセンイチローも足、水に浸かろ?きもちーよ!」
ティキは無邪気に素足を脛のあたりまで水に浸け、ぱしゃぱしゃと水音を立てた。
「ほーら!」
そういって両の手でいくらかの水を掬い、仙一郎に浴びせる。
「うぉ、やめんか」
仙一郎は手で水を避け、靴を脱いでしぶしぶ水に足を付ける。
「あまりはしゃぎすぎて転ばんようにな?着替えなぞ持ってきてはおらんのだからな」
「そのときは脱げば…あ、そっか今はセンイチローいるからダメだった。あ、あはは」
ティキは顔を背けて泉の周囲を回るように少し駆けた。その光景は水面の上を飛び跳ねる妖精の様で
(本当に彼女は女神ではないのか?)とセンイチローの目を奪うのだった。