-1-捜索遭難
ごうん、ごうん。
夜の嵐の海で、一艘の小型漁船が今にも波に飲み込まれそうになっていた。
船にはトレンチコートを着た男が、一人。
叩きつける雨風と波などでエンジンはすでに停止。電源も失い、電気系も止まってる。
船体も軋み、いつバラバラになっても不思議ではない。
水しぶきを少しでも避けるためにコートの襟を高く立てており、暗さも相まり、男の顔は隠されて表情を読み取ることはできない。
元々鉄面皮な男はどうであれ表情を変えることはない。この嵐の中でも男が焦ることもなく、冷静である様子が見て取れた。
とりあえず、男は状況を整理することとした。
普段、山間の寒村に住む男にとって、船はあまり得意な場所ではなかった。
男は縁あって寂れた継手のいなかった寺の住職をしているが、昔に刑事をしていた関係もあり、時折知り合いの伝手で探偵紛いのことを頼まれることがある。
今回、近隣の(と言ってもかなりの田舎にある男の村にとっての距離感からすれば、だが)漁村で立て続けに起こっている何艘もの漁船が沖に出たまま戻ってこない、という海難の調査をすることとなり、船に乗ることとなった。
事故にしては目撃証言も無く、無線などの連絡も付かず、GPSからも突然消えたように見える。
何度目かの漁港の有志や海上保安庁の捜索でもその漁船らを見つけられず、駄目元で男の所に話が回ってきたのだった。
男としても海の事など門外漢だったが困った家族から涙ながらに頼まれれば何かしてやろうと思うのも当たり前の事。
漁船が消えた日は何れも気象衛星からの記録では嵐の起こった様子もないという話だったが、今、まさに男は嵐にあっていた。
この日、曇り気味とはいえ晴れ間も見えていたの空が、いきなり暗転し、闇になった。
予報でもこんな予測はなかったが…そうなっている以上言っても仕方の無い話だ、と男は切り替える。
まるで晴れた絵を流していたテレビが故障して真っ黒になったかのように、現実感の無い天候。
そしていきなり嵐の中にいた。
船には初めこの小型漁船の持ち主である爺さんもいたが、暗転したとき、姿が見えなくなってしまった。
それどころか、船内を探しても、どこにもいない。
爺さんが途中脱いだ上着も、吸っていたタバコも、灰皿も、爺さんがいたはずの痕跡ごと消えていた。
まるで、初めからいなかったかのように。
男は大声で呼び、返事も物音もしないため、海に落ちたかと見るも真っ暗で荒れた海ではそれもわからない。
男は顎に手をやり、独りごちた。
(ふむ、船はこの状態、電波も雷雲の影響か掴むことができん。助けを待つ余裕もなさそうだ)
(船の修理をするにも嵐が止まんことにはどうもならん。しかしその前に沈むかも知れん…)
(兎にも角にも…まずは船の持ち主であるお爺殿を探さねばならん…)
ごうん、ごうん。
嵐は落ち着くどころか益々激しくなり、船を容赦無く翻弄した。
それは嵐というより、海上にできた竜巻の中というような状態に近いのかも知れない。
この船をねじ切らんとするかのように船を巻くように風が流れている。
「むぉ!」
そしてその範囲はどんどん狭まり、船はそれに合わせるかのように縦になり、男は叩きつけられ、思わず声をあげた。
そして雷が閃光と轟音を同時にもたらし、ついに船体は砕け、男は投げ出された。
男は感覚器官がおかしくなったかと思われる程に上に、下に、縦に、横に翻弄され、捻られた。
(全く!洗濯機の中にでも入ったかのような気分だ…ぐぅ!)
……
………
…………。
気がつくと泥の中に倒れていた。
腐臭の漂う汚泥の島のようなところで、遠くに大きな石碑のようなものをが見える。
頭にノイズが走る、足元がおぼつかず、ふらついた。
GAaaan,GuuuoooN!
何処かから遠雷のような音、何処かから嵐のような轟々とした音。
生き物の声ではないそれらが叫び声のように聞こえる。呻き声のように聞こえる。呼び声であるかのようでもある。
(周りがよく見えない…暗い…)
目が霞む。意識が朦朧となる。
やがて、男の意識もまた、暗転した。