子
結婚生活は順調でした。特に問題のない生活でした。ですが、ただ一つだけ問題がありました。
子供ができないのです。結婚した後、私達は相談して、子供を作る事にしました。できれば二人、できればいいなと、以前から私は思っていました。男の子と女の子がいれば、最高だなと思っていました。しかし子供は一人もできませんでした。
夫はそれほど子供が好きな人ではありませんでしたが、私の提案に乗るような感じで同意しました。
「ま、子供がいてもいいかもな。"未来"が感じられるかもしれないね。僕らは老いていおく一方なのだから」
夫はそんな言い方をしました。どこまでも、哲学的な物言いが好きな夫です。…しかし、子供はできませんでした。
…結果から言えば、私達は子供を作るのを諦めました。流行の「妊活」に取り組んだり、病院に通ったりしましたが、あまりに高額な治療費がかかる事がわかって、私達は諦めざるを得ませんでした。
「今の時代は、金次第で子供が作れるか作れないのかも決められる。そういう世の中なんだね。僕ら、貧民だものね」
夫は薄く笑いながら言いました。私は泣き出したい気持ちでした。
それと、どうしても言っておかなければならない事があります。病院で検査した結果、子供ができない原因は、私にあると判明しました。私は、昔の言葉で言えば「石女」だったのです。
検査結果がわかった日、私は泣きました。涙が止まりませんでした。私はそれまでの人生、自分自身に問題があるとは思いませんでした。私は、自分は「普通の女」だと思っていました。ですが、そうではありませんでした。私は、「普通の女」から漏れていました。
私は泣きました。毎日のように泣きました。夫はしまいには怒って、次のように言いました。
「泣いたってなんともならないや。いいから、もうめそめそするな。子供なんていたって、騒がしいだけだ。逆にいなくてさっぱりするさ」
夫が私を慰めようとしてそう言ったのがわかりましたので、私も悲しむのはやめようと思ったのですが、そうはいきませんでした。
私は夫に言った事があります。ぼんやりと、オブラートに包んだ形でですが。「私と分かれて、別の女と付き合ったら」 そういう意味の事を言いました。
夫は、私の意見をすぐに撥ねつけました。
「馬鹿を言うな。気が動転しているからそんな事を言う。よく寝て、ちゃんと飯でも食う事だな。そんな馬鹿を二度と言うなよ!」
夫は語気を強めました。夫がそんな風に、本気で怒った事はめったにありません。私も、その話はそれ以来、二度としませんでした。