第2幕二章
前回からの続きになります。まだ、読まれていない方は第1話から読まれることをお勧めします。
新宿区にある使われなくなった図書館は、事実上の放棄状態にあった。
元々は区によって80年代初頭に作られた図書館だったのだが、2012年、この図書館から放射線が発生していると言う話が出た。そのため、国による査察等が入ったが、身体に害を及ぼすほどの放射線は検知されず、放射線物質等も見つからなかった。だが、噂が噂を呼び、図書館を利用する人間はいなくなり、ついに2020年、閉鎖が決まった。それ以来、他の施設として再利用しようという声もあったのだが、放射線の噂だけは残ったため、そうするわけにもいかなかった。壊して、他の施設を建てたとしても、噂のせいで人が集まらないかもしれない。かと言って再利用もできない。区はこの図書館を結局どうすることもできず、持て余していた。
深夜、最も暗い時間に辻は図書館の前にいた。周囲を確認し、誰にもつけられていないこと、周りに辻を目撃している人が誰もいないことが分かると、図書館を囲っている塀を飛び越えた。
入り口を抜けると、階段を降りて、図書館の地下へと下っていく。地下には、地下室に入るためのパスコードと指紋認証付きの扉があり、辻は慣れた手つきでパスコードと指紋を入力して中に入る。
中に入ると、辻の動きを感知して、地下全体に明かりが灯る。
辻は半年ほど前から、この図書館を自身の拠点として利用していた。噂のことや、放置状態になっていることなどを調べ、図書館には人の出入りはほとんどなく、電気や水、ガスも止められていないため、拠点として最適の場所だと知ったのだ。
そして、実際に訪れ、それらが事実であると分かると、早速拠点として利用した。特に、地下の倉庫やスタッフルームは外から覗かれることもなく、使い勝手が良かった。倉庫といっても、中にはほとんど何もなく、少しの備品だけが残っていたため、図書館の監視カメラと同期したモニターや、集めた情報、道具、装備などを持ち込んだ。
辻は自身の汚れを洗い流すため、元々スタッフルームとして使用されていた部屋に入り、着ていた服や装備を外し、そのままシャワーを浴びた。
熱いお湯が辻についた汚れを落としていく。顔についた血肉や殴ったときに出来た傷、全てが排水溝に流れていく。しかし、その熱いお湯も辻に安らぎを与えることはなかった。シャワーを浴びているとき、眠る前、寝ているとき、考え事をすると、零との日々が脳裏によぎる。零の笑顔、零と笑った時間、そして自身の腕の中で消えた時のことも。
バン!!
壁のタイルを思いっきり殴った。痛みと音で悲しみを打ち消すため、そして言いようのない怒りを紛らわすために。
あれから2年の時が過ぎた。死んでから半年間、酒と無茶な仕事をして、気を紛らわした。警察は奇術を使う男達や、消えた零の身体を主張する辻の話をまともに取り合わず、零は辻の妄言に痺れを切らして出ていったのだろうとされた。しかし、自身の話が可笑しいと言うことは辻自身が最も分かっていた。だからこそだろう、辻は悲しみと怒りで荒れに荒れた。そして、半年を過ぎる頃には、黒髪だった辻の髪も白髪が多くなり、今では全体がグレーがかっていた。しかし、無茶な仕事をするうち、彼は仕事で得たスキルを使って、復讐を始めた。情報の収集、殺人の方法、これらの隠蔽。酒もやめて、全てを復讐に注いだ。そして、今日彼はその残酷さから世間で「ハンマー」という異名で恐れられるまでとなっていた。
シャワーから出ると、白髪の多い短く刈り込んだ髪と、鍛え上げた肉体を乾かし、着替えた。スタッフルームからダッフルバッグを持ち出して出ると、倉庫へと向かった。
倉庫の中央には机と写真の貼られた木製のボードが置かれ、机の上には様々な資料やパソコンが置いてある。資料には、二年前に起きた事件の新聞や、当時関わっていた企業、従業員名、使われていた通信会社、マンションに住んでいた住民の名前など、違法なものから合法なものまで様々な資料が置かれている。
机の前にくると、机の上にダッフルバッグを置いた。ダッフルバッグの中には、大量の金が入っていた。
図書館に来る前、辻は新宿駅に寄っていた。メモに書かれたコインロッカーに行き、中身を確認すると、このダッフルバッグがあった。
「1億...」
数えてみると1億。今回の標的も渡されていた。ダッフルバッグのチャックを閉めると、倉庫の隅に置かれたダッフルバッグの山に放った。
そして、写真の貼られボードの前に行くと、山之内英の写真に×印を引いた。
今回で11人目...全員が脅され金を掴ませれている。
辻はこれまでに、2年前の停電事件に関わった人間に会い、殺してきた。罪を償うだけでなく、情報を得て、実行役である、あの二人に辿り着くためだ。しかし今まで殺してきた10人は、何の情報も持っていなかった。だが、今回は違う。新しい情報を得た。
資料の中から地図を引っ張り出すと、スマートフォンでマンホールの位置を調べ、平和台駅周辺のマンホールを調べ上げた。
フードの二人が零を襲った人間だという確信はない。しかし、今まで、あの二人に関する情報は1つもなかった。そのため、今回得た情報は唯一にして、最も信頼できる情報だった。
明日の夜、調べに行こう
そう決めると、机に置かれた睡眠薬とペットボトルを持ってソファへと向かった。
「お父さん...お父さん...」
暗闇の中、零の呼ぶ声がする。どこにいるか聞こうとするが声が出せない。動かせるは視線だけ。
「やめて...」
零の泣く声が聞こえる。何も出来ない自分が不甲斐なく、涙が出る。
やめろ、やめてくれ
辻の心の声は届かない。零の鳴き声は悲鳴へと変わり辺り一体にこだまする。
うわあああああああ
体を無理やり動かして、暗闇でもがいて掴んだ何かを殴りつける。殴って、殴って、殴って、潰す。何度も、何度も、繰り返し。
気づけば、殴っている相手が零だと気づく。
嘘だろ...零、零...
「置いていかないでくれ」
自身のつぶやき声で辻は暗い倉庫の中で目を覚ました。そして、夢であったことに一瞬安心し、すぐに現実に絶望する。零はどこにもいない。その事実を思い出すからだ。使われなくなった図書館の地下、辻の泣く声は陽が昇るまで低く轟いていた。
読んでいただきありがとうございました。