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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第2章 スイーツと山賊篇
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そっくりな光景

 ぼくたちは広い草原のような場所に馬車を止めて、その周りにテントを張った。

 ちなみに、荷馬車の中には菓子の原料が一杯に積まれているので、中で寝ることはできない。荷物を寄せれば一人分くらいなら寝られるスペースがあるけど、これはアーシアに使ってもらうことにしていた。

 火をおこしてたき火を作り、その周りで休みを取る。ぼくはマジックバッグに保存していた食事を取りだして、みんなに配った。大高たちは、このバッグのことを知っているからね。一応、アーシアにも口止めをしておいた。食堂で買っておいた焼き肉定食を、黒木は一口食べて「おいしい!」といい、

「一応、携行食糧も買ってはあるんだ。街を出る前に、練習だと思って食べてみたんだけどさ。久しぶりだったけど、やっぱ、すっげーまずかった。これとはえらい違いだ……」

「まったくです。マジックバッグ、様々(さまさま)ですな」

「さすがは、ユージ様です」

 アーシアが言った。たぶんお世辞でほめてくれたんだろうけど、なぜかぼくの胸がうずいた。そういえばリーネも、よくそんな言葉をかけてくれたなあ。初めて一緒に夜営した晩、夕食をマジックバッグから出した時も……。

「そういえば、ユージ。おまえ、奴隷の女の子を買ったんじゃなかったっけ?」

 新田が聞いてきた。よりによって今、その話かよ。こいつ、読心術のスキルでも持ってるのか? いや、持ってたら、こんなことにはなっていないのか。

 ぼくは無視するわけにもいかず、

「ああ、うん。そうだよ」

「その子はどうした? 連れてこなかったのか」

「しばらくは一緒に、冒険者をやっていたんだけどね。ずいぶんがんばってくれたから、奴隷から解放してあげた」

「え、奴隷から解放? それで、その後は?」

「ちょっと用事があって、里帰り中だよ。一人で大丈夫だから、ついてこなくていいんだって」

「そ、そうか……」

 何やら察したような顔になって、新田が口を閉ざした。ああ、なるほど。周りから見ると、奴隷を解放したら逃げられてしまった間抜けな元主人、に見えるんだろうな。でもリーネは、帰ってくるって約束してくれたから。

「それは悪かったですな、リトリックから連れ出してしまって。あの街にいなくても良かったのですか?」

「うん、だいじょうぶだよ。時間が掛かる用事だって言ってたし。それにぼくも、あの街からは出ようと思ってたから」

 大高の問いに、ぼくはこう答えた。あの街にいると、どうしても二人でいたころを思い出してしまうからなあ。永遠の別れではないにしても、少なくともしばらくの間は、一人で暮らさなければいけないんだ。心機一転、別の街に移るのもいいだろう。

「そうですか。では、この先は、どうするつもりなのです。一人で冒険者をするのですか?」

「そうだなあ。普通の冒険者とのパーティーって組んだことないし、組みにくいかもね。ぼくにはいろいろと、秘密もあるし」

「ですが、一人だけでは活動に制約があるでしょう。また、奴隷を買う予定でも?」

「うーん、もしかしたらそうするかもしれないけど、まだ踏ん切れないかな……」

 リーネが帰ってきた時に、奴隷が増えていたらどう思うだろう? と考えてしまうんだよね。脳裏に浮かんでくる「もう一人の奴隷」のイメージが若い女性なのは、しかたがないことなのです。生活の世話とかも、して欲しいから。

 すると、大高がぐいと膝を詰めてきた。

「では、どうでしょう。ユージ君。我々と一緒に、スイーツ店をしませんか?」

 こう話す大高の目は、真剣そのものだった。

「制約の多い、死と隣り合わせの冒険者稼業よりも、地道に商人として稼ぐ方がましだとは思いませんか? 君にはスイーツの知識もあります。一緒に協力して新しいレシピを開発すれば、クリーゼル商会に一泡吹かせることも、夢ではありません。君が鍛えてきた冒険者としての腕も、決して無駄にはなりませんぞ。例えば君の、マジックバッグです。あれを使った輸送部門を作って、君が輸送の担当者になってくれればいいのです。その上で、冒険者としての活動も続けてくれれば、その活動がカモフラージュになって、バッグが露見するリスクも減るはずです。立派な収益部門となってくれるでしょう」

「でも、大高たちはイカルデアでがんばるんだろ? ぼくはあの街では、生活しづらいな」

「そんなものは、ちょっと変装でもすればいい話ではありませんか。人の噂も七十五日、と言います。こちらの世界にこんなことわざがあるかどうかは知りませんが、噂なんて、おそらくは同じようなものでしょう。しばらく身を潜めていれば、大手を振ってイカルデアを闊歩できる日も来ると思いますよ」

 大高は、ずいぶん熱心に勧誘してきた。

 スイーツ店と、マジックバッグを使った輸送か。でも、リトリックでうまくいかなかったスイーツがイカルデアならうまく行く、とは思えなかった。大高には何か策があるらしいけど、内容は教えてくれないしね。冒険者と兼業でのマジックバッグでの輸送も、いつかはばれてしまいそうだし、それだと結局、冒険者をしていくことに変わりがない。

 それに、人の噂は七十五日で消えるかもしれないけど、騎士の間ではどうなんだろう。あの騎士団長、けっこう人望があったみたいだからなあ。あの追放が茶番劇だと知っている人ならいいけど、そうでない人は、ぼくに対してしつこい悪意を向けてくるんじゃないだろうか。

 ぼくは今、冒険者としてある程度稼げている。どっちが手堅いかと聞かれれば、やっぱり冒険者の方だろうな。

「やっぱり、やめとくよ。里帰りしているあの子が帰ってきたら、また一緒に、冒険者をしたいからね。その時、ぼくの腕がなまっていたら、恥ずかしいだろ?」

「そうですか……。たいへん、残念です」

 大高は、深くため息をついた。

「ですが、しかたがありませんな。人には譲れないもの、どうしても守りたいものがあるのでしょうから」

 大高は言った。一瞬、彼の視線が、アーシアの方に投げられたような気がした。そうか、彼がスイーツ店での巻き返しにこんなに一生懸命になっているのは、そういうことなのか。短い間だったけれど、二人で協力して築き上げた夢のような成功と、楽しかった生活。それをもう一度、取り戻したいんだな。

 たとえそれが、はた目には分の悪い賭けに見えたとしても。

「がんばれよ」

と、ぼくは言った。


 旅の二日目も、一日目と同じように過ぎた。違ったのは、ゴブリンの来襲が一回から二回に増えたくらいだ。そして今回の旅の中間地点あたりになる三日目。この日もぼくらは、前日、前々日と同様に、魔物を相手に戦いを繰り広げていた。

「《ウィンドアロー》!」

 詠唱と共に、風の刃がゴブリンに向けて放たれた。アーシアの風魔法だ。先頭の一匹が胸から血を吹いて倒れるが、ゴブリンの群れは止まろうとはしない。仲間の死骸を踏みつけて、こちらに接近してきた。大高もサンドウォールを唱えてゴブリンを転ばせたが、相手が多すぎるために、前衛が前に出てとどめをさすことができない。黒木が叫んだ。

「ちくしょう、数が多い! ユージも来てくれ!」

「わかった!」

 今度の敵も例によってゴブリンなんだけど、数が多い。森の中から現れた十数匹の群れが、馬車の行く手をふさいでいる。さすがに三人では苦しそうなので、ぼくも前に出ることにした。

「アーシアさんは無理しないで! 魔法は、ゴブリンがすぐ近くまで来た時のために、とっておいてください!」

「わかりました!」

 アーシアはそう答えて、いざという時の避難場所である荷馬車の屋根の上に登った。ぼくはそれを確認してから、群れの左端から、ゴブリンたちに突っ込んでいった。

「新田たちも、守り重視で、ゴブリンを後ろに抜けさせないように戦ってくれ!」

 ぼくは突っ込んだ先の二匹を二太刀で切り捨てると、群れを突っ切ってその後ろに回り、すぐに反転して、今度は群れの中央目がけて切り込んだ。背後から襲われる形になったゴブリンたちが、驚愕の悲鳴を上げる。こうして、新田たちと前後挟撃の形をとってから、今度は一匹ずつ、ゴブリンを倒していった。数は断然こちらの方が少ないけど、ステータスには大きな差がある。守り重視、という指示を新田たちが守ってくれたこともあり、しばらくして、ゴブリンの群れをせん滅することができた。


 大高たちは剣を抜いたまま、荒い息でこっちを見ている。幸い、三人とも大きなケガをすることもなかったらしい。

「お疲れさま」

 ぼくは三人に一声かけた。すると大高が、鋭い声で

「他にはいませんか」

と尋ねてきた。ぼくは「ん?」と答えて、前方の森に体を向ける。同時に、探知スキルをオンにした。今回の旅では、ぼく自身の鍛錬として、探知はオフにしていたんだ。スキルに頼りすぎるのも、良くないからね。このあたりはそんなに強い魔物は出ないし、ぼくが気づかなかったとしても大高たちもいるから、練習にはもってこいだろう。そのために不意打ちをうけることになったら申し訳ないけど、大高たちにも、そのくらいのリスクは負ってもらっていいよね。ぼくのステータスからすれば、そのへんの騎士よりも強い冒険者が、無報酬で護衛についてあげているようなものだから。

 ところが、その探知スキルから、ちょっと気になる反応が返ってきた。すぐ近くにいるわけではないけど、ちょっと大きめな反応だ。そしてそいつはどうやら、こちらの方向に向かってきているような動きを見せていた。こいつら、たぶんあれじゃないかな? その動きと正体を見極めようと、ぼくは探知スキルに集中した。


 突然、背中に衝撃を受けて、ぼくは前につんのめった。

「ユージ君、すみません!」

 大高の声が聞こえた。

 ぼくは視線を落として、自分の体を見た。するとそこには、かつて王城の石造りの部屋で見たのと、そっくりな光景があった。


 ぼくの胸の真ん中から、銀色の刃が生えていた。


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