王都への道
「イカルデア? なんでそんなところへ」
イカルデアと言えば、カルバート王国の王都。騎士団長の死の責任があるとかなんとか、そんな濡れ衣を着せられて、ぼくが城から追い出された場所だ。追い出されたことは、どっちかというとラッキーだったんだけど、それでもやってもない罪を着せられたので、あまりいい思い出のある街ではない。下手をしたら、何も知らない騎士や住民から、騎士団長の仇! なんて言われてしまいそうだし。
ぼくの問いに、大高はこう答えた。
「もちろん、スイーツ店を開くのですよ。この街は、すでに三つの商会に押さえられてしまいましたが、王都にはまだ、彼らの手も伸びていないでしょうから」
「え、お店をやるの? お金が足りないって言ってなかったっけ」
「実は、ランドル菓子店の売り上げがまだ好調だったころ、王都の空き店舗が借りられるよう、手配をしておったのです。もともと、イカルデアへの出店は目標の一つでしたからな。既に手付けは払ってありますから、その場所を使えば、当面の間は店を構えることができるでしょう」
そういえば以前、イカルデアへ凱旋したい、なんてことを話していたっけ。でも、だいじょうぶかな。一度は成功することができたとしても、すぐにまた、同じことの繰り返しになるんじゃないだろうか。だって、レシピはもう、他の商会にばれてるんだ。王都で大高たちが成功したのを知られたら、三つの商会も王都に出てくるかもしれない……。
でもまあ、いいか。
大高はなにか考えがあるみたいだし、アーシアだって、商人としてそれなりの経験はあるはずだ。あとは、こいつらが自分で考えて、自分で決める話だよな。
「わかった、協力するよ。ただ、ぼくはイカルデアに入りたくないから、あるていど街の近くまで行ったら、ぼくだけそこで引き返したい。それでいい?」
「ああ、そうですな。君はその方がいいかもしれません……ありがとう、ユージ君」
大高たちはまったく旅の準備ができていなかったので、出発は三日後ということになった。冒険者としては、本来はギルドを通して依頼してもらい、安くても依頼料をもらうべきなのかもしれないけど、友達甲斐と言うことで、今回はそれはなし。無料で引き受けてあげましょう。
三日後の早朝、ぼくたちはリトリックの南門の外で待ち合わせた。イカルデアはこの街からみて南南西の方角、馬車で六日ほどの距離になる。集合場所に着くと、大高たちは既に、箱形の荷馬車の周りで待っていた。彼らの冒険者姿も久しぶりだ。馬車の方にも見覚えがあるな。以前、山賊たちに襲われていたアーシアを助けた時、彼女が乗っていた馬車だ。あれから、いろんなことがあったなあ……ぼくにも、彼らにも。それほどの時間は経っていないはずなのに。
ちなみに、ぼくの馬は二頭とも売ってしまいました。維持に手間やお金がかかるし、見てるとなんとなく、リーネを思い出してしまうので。
ぼくが四人に近寄っていくと、向こうも気づいたようで、おはようと声をかけてきた。ぼくが挨拶を返すと、大高が、
「あれ? 女の方は、どうしたのですか?」
「えーと、今日は一人なんだ」
「そうですか」
大高は、少しほっとしたような顔を見せた。アーシアで慣れたかと思ったけれど、まだ女性は苦手なのかもしれない。今の問答をごまかすように、ぼくは黒木に尋ねた。
「あれから、少しは稽古したのか?」
「一応はな。久しぶりに、剣を振ってみた。意外に、体が覚えてたぜ」
「新田はどう?」
「もう傷はふさがった。片手剣なら、なんとか扱えると思う」
「私も、土魔術を使ってみました。安心してください、ちゃんと発動しましたぞ」
「それはよかった。護衛をするとは言っても、一人で全部を引き受けるつもりはないからね。大高たちにも、戦ってもらう。アーシアさんも、よろしくお願いします。戦いの時、隙があったら魔法で攻撃してもいいですからね」
「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします」
アーシアは御者席から頭を下げた。どうやら今日も、彼女が御者を務めるようだ。両手で手綱を握り、ちょんちょんと引っ張るような仕草をしながら、彼女が言った。
「では、出発しましょうか」
ぼくたちは、三人で馬車の周りを警備する態勢を取りながら、街道を進んでいった。配置は、後方に一人と、前方の左右に一人ずつ。残った一人は、御者席の隣で休んでもらうことにする。大高たちはブランクがあるから、休憩は彼ら三人で、順番に取ってもらうことにした。
リトリックからイカルデアまでの街道は、王都と大きな街とを結ぶ道と言うこともあって、この世界にしては、良く整備されている方だ。道も整っているし、山賊や魔物に襲われることも、比較的少ないらしい。実際、魔物が時々現れて戦闘になったけれど、それほど強力なものは出てこなかった。大高たちが冒険者としての勘を取り戻すのに、ちょうどいいくらいの敵だろう。
今もちょうど、そんなリハビリ戦闘の真っ最中だった。
「《サンドウォール》!」
大高が魔法を詠唱すると、少し前方の地面が盛り上がって、低い土の壁となった。突っ込んできたゴブリンがその壁に足を取られ、前につんのめる。そこに新田の剣が振り下ろされ、ゴブリンの頭から血しぶきが舞った。少し遅れて黒木も敵に飛びかかり、ゴブリン七匹との近接線が始まった。
なんていうか、相変わらずだな。
大高の土魔法を見るのも、久しぶりだ。ちょっと前までは、こいつらと一緒に、こんなことやってたんだなあ。黒木が大高に、「魔法を打ったら、おまえも前に来いよ!」と叫ぶのまで同じだった。変わってないというか、成長していないっていうか。新田は片手しか使えないし、三人とも実戦から遠ざかっていたせいか、ちょっと動きが悪くなっている気はするけど。
今回は相手がゴブリンなので、前衛は黒木と新田、魔法を放った後の大高に任せて、ぼくは最後尾で馬車を守るポジションに立っていた。あいつらが危なくなったら、前に出て助けるつもりだけどね。ちょっと数は多いけど、ゴブリンくらいなら、たぶんだいじょうぶだろう。
そんなことを考えていると、前衛からゴブリン三匹が漏れてきて、馬車に近づいてきた。ぼくは素早く剣を振るって、三匹を立て続けに斬り倒す。それを見た大高が、ひゅうと、驚いたような息を洩らした。
「こなくそぅ!」
黒木が叫びながら剣を振るって、ゴブリンの最後の一匹が倒れた。
「ふぅ、はぁ……」
「や、やりましたな……」
「お、俺にかかれば、ざっとこんなもんよ……」
戦いが終わり、大高たちは一斉にしりもちをついた。傷こそ受けてはいないけれど、全員、息が上がっている。
「お疲れ様。今回は魔石の回収とかは省略して、先に進んでいいよね? ゴブリンの魔石は大した値段がつかないし、それよりはできるだけ、先を急いだ方がいいと思うんだ」
ぼくが声をかけると、黒木が抗議の声を上げた。
「おまえなあ……そっちは後衛でどっしり構えてただけだからいいかもしれないけど、こっちは前衛で動き回ってたんだ。もうちょっと休ませてくれよ」
「そうは言うけど、ゴブリンのうち三匹は、ぼくが倒したんだよ」
「いや、そりゃあそうかもしれないけどさ……」
黒木が悔しそうに口ごもる。馬車の方から、アーシアが声をかけてきた。
「ユージ様、もう少し行ったら、適当なところで夜営にしませんか?、まだ旅の初日で、皆さんの体も慣れていないでしょうし」
「うーん、そうですね。そうしましょうか」
アーシアの提案に従って、ぼくたちはもう少し進んだところで、一夜を過ごすことにした。