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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第2章 スイーツと山賊篇
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懐かしのハーブティー

「リーネ……」

 戻ってきたリーネを見て、ぼくは思わず声に出してしまった。

 これまで彼女の首筋にあった、黒い紋様が消えている。ぼくには奴隷にされた人への忌避感なんてなかったし、ファッションとしての刺青も、好きではないけど毛嫌いまではしていなかったと思う。なのに、ただそこだけしか変わっていないはずの彼女が、これまでにないくらいに、輝いて見えた。もしかしたらそれは、紋様がないことではなくて、奴隷から解放されたことで、リーネ自身の内面に、変化があったためかもしれない。その微妙な変化が、ぼくに感じ取れたのかもしれなかった。

「術の解除は、無事に終わりました。それに代わる誓約魔法の紋は、彼女の希望で右の足首に刻んでございます」

 イクセルの説明に、ぼくはただうなずくだけだった。まるで夢遊病者のように施術の代金を払って(いくらだったかも覚えていない。かなり高かったような気がするけど……)、マルティーニ商会を後にした。支配人の別れの言葉だけが、かすかに耳に残っていた。

「それでは、またのご来館を、お待ちしております」


 ぼくたちはリトリックの表通りを、二人並んで歩いた。既に見慣れた通りのはずなのに、なんとなく、景色が違って見えた。通りを行く人たちの目も、なんだか気になる。周りの人たちがみんな、リーネを見ているような気がして……。

「こ」

 リーネに話しかけようとしたけれど、喉が妙な具合に縮こまっていて、言葉を続けられなかった。ゴホンと咳をしてから、改めて、

「このあと、どうしようか。ギルドに行って依頼を受けてもいいけど、ちょっと時間が半端だね」

 ぼくと並んで歩いていたリーネが、立ち止まった。ぼくもつられて歩みを止める。リーネはぼくに向き合い、真剣な顔でこう言った。

「ユージ様。二人きりで、お話ししたいことがあります」


 この街には、というかこの世界には、二人きりで話せるカフェのような店は、ほとんどない。アーシアの商会にあったカフェ・コーナーは例外だけど、あれはあの店をやっていたオーナーが趣味で作った、自分の友人と語らうための場所だった。今ではあそこも、かなり混んでいることだろう。個室の食事店ならあるけど、かなりの高級店が多い。リーネが望むならそこでもよかったんだけど、食事に行きたい感じでもなさそうだったので、おとなしく宿の部屋に戻ることにした。

「ユージ様。今日は珍しいハーブが手に入りましたので、お飲みになりませんか?」

「珍しいハーブ? うん、ぜひともお願い」

 部屋に戻って、ぼくがベッドに腰掛けると、リーネはいつも通りに、お茶の準備をしてくれた。珍しいハーブティーか、楽しみだな。ぼくはほんと、そう言うのに目がないから。そわそわしながら、テーブルで作業をするリーネを見ていると、彼女の背中越しに、ぼくのカップが見えた。カップの上に小さなソーサーが裏表に置かれて、フタのようになっている。もう、入れ終わったのかな? なんだか待ちきれない気持ちになってしまい、まだ準備の途中なのに、ぼくは椅子から立ちあがって、自分のカップを取りに行った。

「あ、ユージ様──」

「あ、これって──」

 ぼくは自分のカップを取ると、リーネがあわてたように手を出した。だけど、ぼくはさっさとフタを外してしまい、少し顔を近づけて香りを嗅いだ。かなり独特の、強い香りが鼻腔をくすぐった。ぼくはその匂いに、覚えがあった。

「ドクダミじゃない?」

「ご存じなのですか?」

 リーネが驚いた顔をした。

「いや、この世界の──この国のドクダミは、初めてだよ。以前に住んでいたところで、これに似た匂いの草がよく生えていてね。お茶にして飲んでいたんだ。懐かしいな、と思って」

「飲んでおられたんですか?」リーネはますます驚いた顔になった。

「うん。あ、でも似ているだけで、同じ草かどうかはわからないけどね。葉っぱの形は違うみたいだし」

「ああ、そうですよね。違う草かもしれませんね」

 リーネは言った。彼女が何を驚いたのかはわからないけど、そういえばこの世界では、ドクダミなんて見かけないからな。もしかしたら、こっちではかなり希少なハーブなのかもしれない。

「でも、どうしてフタをしていたの?」

「あの、このお茶はちょっと独特でして、味はとてもいいんですが、匂いにひどく癖があるんです。なんて形容したらいいいか難しいんですけど、中には魚の内臓の匂いがする、という人もいるそうですよ。そのため、他の香りの強いお茶とブレンドして飲むのが普通でして、それまでは、フタをして匂いが漏れないようにするんです」

「あ、そうだったのか。でも、ぼくはこの匂いは平気みたいだ。おいしいなら、ブレンド無しで飲んでみようかな」

 ぼくはもう一度香りを嗅いでから、お茶を一口含んでみた。ハーブティーだけあって色は薄いけれど、味は紅茶に似ていて、しっかりした強めの味とコクだった。渋みは弱めで、舌に転がるとやさしい甘味を感じさせてくれる。香りはドクダミそっくりだけど、味はまったく違っている。お茶を飲み込んだ後も、その独特の香りが口に残って、爽やかな後味となってくれた。うん、これはいいね。この世界だけでなく、地球にいたころを含めても、一番おいしい茶かもしれない。

 あ、緑茶は別格ね。あれはちょっと、土俵が違う感じなので。

「リーネはどうする?」

「私は、この匂いが苦手なので……ブレンドしてからいただきます」

 そうか、もったいないな。獣人は嗅覚が鋭いらしいから、そのせいもあるのかもしれない。リーネはぼくの了解を得てから、マジックバッグの中からお茶の入った水筒を取り出し、追加で自分のカップに注いだ。彼女もお茶が好きだから、こういうお茶入りの水筒も常備しているんだね。ぼくはそのままテーブルにつき、リーネが自分のカップを持ってぼくの前に座ったところで、彼女に尋ねた。

「それで、話って何?」

 リーネはしばらくの間黙ったままだった。ぼくは小首を傾げながら、手元のおいしいお茶を味わった。リーネの視線は、ぼくのカップに注がれていたけれど、つと姿勢を正して、

「実は、お願いがあるんです」

 そして、真正面からぼくを見つめて、こう続けた。

「明日にでも、この街を出たいと思います」

「明日? 来たばかりなのに、ずいぶん急だね。行きたいところがあるなら別にいいけど、できれば一度、大高たちに挨拶してから──」

 リーネはぼくの言葉をさえぎって、こう言った。

「そうではないんです。私一人で、旅に出ようと考えています」


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