誘いの隙
「貴様は、簡単に殺しはせん! 手をもぎ、足を切り! 耳をそぎ目をえぐり舌を引き抜いて、ありとあらゆる痛み苦しみを味わわせた後で、あの世に送ってやる! 後悔する時間だけはたっぷりとくれてやるから、安心するがいい!」
「横の女は、生かしといてやってもいいけどな!」
ベルトランが叫び、周りの山賊たち──に、間違いないだろう──の間から、下品な声が響いた。
その間も、ぼくは敵を観察していた。
空き部屋の大きさは、学校の教室を二つつなげたくらい。その真ん中あたりに、合計十八人の男が横並びに並んでいる。探知スキルの反応からすると、とりわけ強そうなのはベルトランと、その横にいる男だった。横の男は、ベルトランの副官みたいな立場なんだろう。残りの十六人は、全員が同じように剣をぶら下げ、粗末な革鎧を身につけていた。灯りの魔道具をぶら下げているのが二人、弓矢を持っているやつはいない。この人数差にベルトランのような猛者がいれば、弓など必要ないと判断したんだろう。
ぼくはリーネの手を握った。リーネもうなずいて、ぼくの手を握り返してくる。
「野郎ども! ぬかるんじゃねえぞ!」
「おうとも──」
ベルトランが口上のようなものを終え、山賊たちがぼくたちに襲いかかろうとする直前、ぼくはリーネの手を離し、それと同時に魔法を詠唱した。
「《サンダーウォール》!」
「──あ?」
ぼくは目をつぶって、雷魔法の一つ、サンダーウォールを発動した。予め取り決めていたとおりに、リーネも一瞬だけ、目をつぶったはずだ。同時に、ぼくとリーネは左右に分かれて、部屋の壁際を走った。前に立ち塞がる山賊二人を切り捨てて、空き部屋の入り口近くまで到達する。リーネもぼくと同様、無傷で二人を倒したようだ。
難なく囲みを突破できたのは、もちろん、目潰しがきいていたからだ。以前、サンダーボールの魔法を単発で使った時も、迷宮の中ではかなりまぶしく感じた。雷が連なるサンダーウォールなら、光量はその数倍になる。目潰しとしては最適だろう。その上、この空き部屋は魔素が乏しいから、発光石が発する光も乏しい。そんな暗がりで雷の光を見れば、大きな隙ができるのは確実だった。
「魔法だと! こいつ、魔法が使えたのか!」
「くそ、見えねえ」
「あっぶねえ! 見えてねえのに剣を振り回すんじゃねえよ!」
山賊たちが騒ぎ出した。どうやら彼らは、ぼくが魔法を使えないと思っていたらしい。調査不足だな。
それでもようやく、ぼくたちが背後に回ったのに気づいたようで、全員がこちらに向き直った。ここでリーネは、ぼくの横を離れて、空き部屋の入り口から走り出ていった。
「あ、女が逃げたぞ!」
「待ちやがれ!」
「上玉だ、殺すんじゃねえぞ!」
山賊数人が、リーネの後を追いかけて、部屋を出て行こうとする。ぼくはあえて邪魔をすることなく、それを見送った。数えてみると、リーネについていった山賊の数は六人。倒したのが四人で、中にいるのは残りの八人。
あっという間に、敵の数を半分以下にすることができた。
「セバス様、一人逃げましたぜ。どうします」
「放っておけ。もともとのおれたちの狙いは、男のほうだ。それよりも、こいつには逃げられないよう気をつけろよ」
子分の問いに、副官っぽい男が答えた。それに応えて、山賊たちが再び距離を詰めてくる。ここでぼくは、第二の魔法を詠唱した。
「《ファイアーウォール》!」
ぼくと山賊の間に、炎の壁が立ち塞がる。前に出ようとした子分たちは、思わずといった様子で、一歩退いた。
「くそ、また魔法か!」
「つまらねえ時間稼ぎをしやがっ──」
何かわめこうとしていた山賊が、急に言葉を切って、前に倒れた。「おい、どうした」とそいつに駆け寄った男も、重なるようにその場に倒れる。その次の瞬間、セバスと呼ばれた男が、持っていた剣を振るった。キン、と高い音が響いて、小さな金属製の棒が地面に突き刺さった。
「気をつけろ! あいつ、飛び道具を使ってきやがる」
セバスが叫んだ。
そう、ファイアーウォールは、逃げるための時間稼ぎじゃない。これもまた、目くらましの一つだった。ぼくはこの炎の壁の後ろから、クナイを投げていたんだ。向こうからは見えなくても、こっちからは探知のスキルで、敵の位置がわかるからね。炎の中から突然現れる刃をかわすのは、簡単ではないはずだ。それを防いでみせたセバスは、相当の腕前なんだろう。
「しゃらくせえ!」
ベルトランが炎の前まで進んできた。そして、手にした大剣をぶん、と振り回すと、それまで燃えさかっていた炎の壁が、全部きれいに消えてしまった。なんだよこれ、何したんだ? あの剣は、魔法を消すことができるんだろうか。それとも、単純に物理的に、風で火を消しただけ? だとしたら、こいつも見た目通りの、恐ろしい馬鹿力の持ち主だな。
炎が消え、障害物がなくなった空き部屋。だけどぼくは、もう一つ手を打ってあった。
「……いない?」
山賊の一人が、きょろきょろと室内を見まわしながら、低くつぶやいた。彼の目には、ぼくの姿が映っていないんだ。他の五人も、武器を胸の前に構えて、慎重にあたりを伺っている。と、入り口近くにいた子分の一人が、大きな悲鳴を上げた。
「痛! チクショー、やられた! 目が、目が……」
その男は顔を手で押さえながら、床に倒れ込んだ。ちょうど目のところに、クナイが突き刺さっている。全員の注意がそちらに向いたところで、ぼくは彼とは反対側、部屋の奥の方に立っていた男に切りかかった。不意を突かれた男は、ギャッ、と小さな叫びを上げただけで、その場に崩れ落ちた。
ぼくは炎が消える前に、隠密スキルを発動していたんだ。ファイアーウォールの時に倒した二人は、どちらも灯りの魔道具を持っていた男だった。灯りは二つとも床に転がってしまったから、室内にはほんのりとした光しかない。隠密を使えば、それを見破るのは難しい状況だった。
だけど、こうして体を動かした後では、さすがにばれてしまったらしい。四人の顔が、こちらの方を向く。ぼくは隠密は諦めて、部屋の灯りを戻すことにした。
「ライト」
ぼくは呪文を唱えた。攻撃魔法ではない、ただの生活魔法のライトだ。だけど、それによって照らされた室内には、八つの死体、あるいはもうしばらくすれば死体になるだろう肉体が、所狭しと並んでいた。
それを見た子分の一人が、錯乱したように叫びながら、ぼくに向かって突っ込んできた。
「ちくしょう! よくもアレックスを!」
誰だよアレックスって。まあそれはともかく、ぼくは切りかかられる前にファイアーボールを発動。魔法が命中し、敵の体が一瞬だけ硬直した隙に、男を切り捨てた。
これで、残るは三人。
セバスが、感心したようにつぶやいた。
「なるほどな。おれたちはおまえを追い詰めたつもりで、逆に誘い込まれてた、ってわけか」