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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第2章 スイーツと山賊篇
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少しもの足りないような

 ぼくとリーネはデモイの街にとどまって、ルードの迷宮に通っていた。

 といっても、毎日、迷宮に入っているわけではない。それだとちょっと飽きが来るので、迷宮一日、迷宮以外の依頼を一日、お休み一日、といった日程で動いていた。休みが三日に一度というのは多いと思われるかもしれないけれど、迷宮は魔物とのエンカウントが多いので、実入り自体は悪くなかった。このペースでも、普通の街の冒険者よりは、お金を稼いでいると思う。無事に戻ってこれさえすれば、の話だけど。

 迷宮のどこまで進んだのかというと、二階層で止まっている。というのも、二階層から先は、迷宮の規模が格段に大きくなるからだ。一階層は、小部屋につながる道を除けばほぼ一本道だったけど、二階層にはいくつもの分岐があり、何十もの小部屋が存在している。三階層は、これがさらに広くなるらしい。四階層では逆に狭まって二階層と同じくらいの広さになり、「ボス」のいる最奥の部屋は、四階層+αの深さにあるんだという。

 まあ、そのあたりはぼくらには関係ない話だ。そもそも二人だけのパーティーでは、深い階層に行くのは難しい。長い時間戦うと、迷宮内で夜営することになるんだけど、あれがやっぱりきつい。見張りの当番を決めて眠ろうとしても、魔物の来襲があれば、当番でない方も起こされてしまう。迷宮の中だとそれが頻繁に起きるため、二人とも寝不足のまま、二日目を迎えることになるのが普通だった。魔物そのものより、寝不足の方が怖いくらいだ。

 迷宮のルート自体は売っている地図に書いてあるので、最短距離で進めば、ぼくたちでも三階層に行けないこともない。だけどぼくらは、迷宮を攻略したいわけではないからね。前にも言ったけど、冒険者ギルドも、そんなことは望んでいないし。適度に魔物を間引いて、適度に魔石で稼ぐ。迷宮というのは、そう言うところなのだ。


 ◇


 その日も、ぼくたちはルードの迷宮の二階層で狩りをしていた。

 ぼくたちの前に立ち塞がっていたのは、身長二メートルほど、アンコ型の体型にブタに似た顔つきのモンスターが三頭。オークだ。オーガは見たことがあるけれど、そういえばオークとは戦っていなかったな。特徴的なブタ顔が黒ずんでいるから、正確にはダンジョンオークか。「黒ブタ」というとなんとなく美味しそうな気がするけど、やっぱり食用にはならないらしい。三頭のうち、二頭はこん棒、もう一頭は冒険者から奪い取ったのか、大きな剣を手にしている。刀身には赤くサビが浮いていて、手入れなんてしていそうもないけれど、切られたら余計に痛そうだ。

「今回は魔法はなし、だからね。ぼくも、最初から前衛で行く」

 小声で確認すると、リーネは無言でうなずいた。そして二人同じタイミングでかけ出して、魔物に切りかかっていった。

 リーネはパワータイプと言うよりスピードタイプだから、脂肪の厚いオーク相手では、致命傷は与えづらい。が、引きつけ役にはなってくれている。今回も、三頭中の二頭がリーネに向かっていった。

 その二頭は、どちらもこん棒を持っていたやつだった。そのこん棒はいかにも重そうな代物で、それを振り回す様はスピードこそないけど、当たったらダメージは大きそうだ。が、リーネは軽やかな身のこなしで敵の攻撃をよけて、一つ、二つと魔物たちに剣を振るっている。オークは次第に傷だらけになっていくけど、リーネは一つの傷も受けていない。その安定した戦いぶりは、重装備の代わりにスピードを生かしたタンク役、といった感じだった。

 ぼくの相手は、剣を手にした残りの一頭だった。魔法もスキルも使うつもりはなかったので、少し様子を見たけれど、持っているのがこん棒から剣に変わっただけで、戦い方は同じだった。剣術や戦術などはなくて、ただ振り回しているだけ。大ぶりな一撃をかわし、大きな隙ができたところを前に詰めて、横なぎに剣を振るう。オークの太い首筋にぽっ、と赤い線が引かれ、その線はゆっくりと上下に広がって、鮮血が勢いよくほとばしった。

 一頭を片付けたぼくは、リーネの援護に回った。一対二で拮抗していた戦況は、簡単にぼくらに有利に傾いて、ほどなくして、三頭のダンジョンオークは地面に沈んだ。

 さっそく魔石の処理を始めるリーネの横で、ぼくは時間を測る魔道具を取り出した。これは、元の世界の時計に近いタイプのもので、てのひらサイズの金属製の文字盤に、十二個の目盛りが刻まれ、時計の針が一本だけついている。地球で言えば、短針だけしかない時計、といったところ。動力は電池ではなく、魔物の皮の一部で、これをゼンマイの代わりにして、針を動かしている。ただし、テンプとか脱進機とか、スピードを調節する精巧な機構は一切ないから、精度は非常に悪い。「時計」と呼ぶのがはばかられるくらいの、本当に大雑把な時間経過の確認くらいにしか使えない代物だ。それから、文字盤や針を守るガラスなんてものもないので、普段は木製のフタを閉めておき、必要な時にそれを開けて中を確認することになる。これが意外に、面倒くさかった。

 この魔道具、道具屋では大銀貨三枚ほどと、そこそこ高い値がついていた。それでも、買えないほどの値段ではないので、迷宮にもぐる冒険者の多くは携行しているのだそうだ。もっと高いものだと精度が上がるらしいけど、そこまではいらないかな。

「迷宮に入って、三時間くらいか……ちょっと早いけど、今日はこれで引き上げようか」

「何かご予定があるのですか」

「いや、そうじゃないけど」

「では、なにかトラブルでも?」

「いや、そういうわけでもない。たまには、早めに切り上げてもいいかな、って思ってさ」

 リーネは、少し首をかしげたけれど、特に反論するでもなく、

「わかりました、ユージ様」

とうなずいた。


 その翌日は、迷宮ではなく野外で狩りをする日だった。デモイは、街の近くに標高の低い山があって、そのあたりがいい狩り場になっている。ぼくとリーネは、いつもの狩り場を目指して、山道を歩いていた。だけど、山に入ってしばらくのところで、ぼくは急に立ち止まった。

「あ」

 この声に、先を進んでいたリーネが振り返った。

「どうかしましたか?」

「いや、ちょっとね。足をひねったみたいで……」

 ぼくはその場に立ち止まって、左の足首をぐるぐると回した。顔をしかめるぼくを見て、リーネが近くに戻ってきた。

「かなり痛みますか?」

「いや、そこまでじゃないけど……足を乗せた石が浮き石になっていて、それが動いた拍子に、グキッとなったんだな」

 ぼくは左足で、とんとんと軽く地面を踏んだ。次いで、同じ足を踏みしめてみる。

「うーん、いけるといえば、いけそうなんだけど」

「どうしましょうか? 大事を取って、今日はお休みにしますか?」

「そうだね。無理をすることもないか。べつに、今日明日のお金に困っているわけでもないんだし」

 心配そうにぼくの足を見るリーネに、ぼくは明るい声で、

「悪いね、こんなところまで来て、何にもしないで帰るなんて」

「とんでもありません。ユージ様の安全が、第一ですから」

 そうは言いながらも、リーネの顔には少しだけ、もの足りないような表情が浮かんでいた。


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