このへんにしといたる
ぼくの鑑定スキルではわからないけど、「火魔法」などのスキルにもレベルがある。
たしか、この世界に召喚された直後、お城の宝玉の鑑定を受けた時には、レベルが出ていたはずだ。魔法の威力というのは、そのレベルによって決まってくる。ちなみに、「魔力」のステータスは、魔法の燃料となる魔力はどのくらいの量があるか、を示す項目なので、魔法の威力とは直接の関係はない。
なお、魔法の連射や同時詠唱、ファイアーボールなどの発射速度といったものは、生活魔法も含めた魔法スキルの累積的なレベル(いわば「習熟度」)によって変わってくるらしい。それから、どんな種類の魔法を使えるか(例えば火魔法なら「ファイアーボール」だけか、それとも「ファイアーウォール」も使えるか、など)も、この習熟度による。だから、常日頃から魔法の練習をしておけ……ということを、お城にいたころに、ちょっとだけ受けた(そしてすぐに追い出された)魔法の座学で勉強したっけ。
ファイアボールの速度からすると、魔力の操作レベルはそこそこ。同時詠唱は、いまのところ二つまでのようだ。ファイアーボールを二つ重ねたら、その前から発動していたライトの魔法が消えてしまったからね。攻撃魔法をほとんど使ったことのないぼくでも、それなりのことができたのは、生活魔法で鍛えていたからだろう。これからも、ライトやウォーターなどの魔法で、鍛えておくことにしよう。
ちなみに、属性の名前に「ボール」「アロー」「ウォール」がつくのが、比較的初級の魔法で、「ファイアーボール」「サンドウォール」などがそれにあたる。属性によっては、「ウィンドカッター」などと、名前が違ってくることもある。ぼくは「ウォール」までは使えるようだ。もっと上級になると、属性ごとに独特の名前になっていく。それから、それぞれの魔法で詠唱する内容自体は秘密でも何でもなく、わりと広く知られているらしい。もちろん、スキルや習熟度の関係があるから、たとえ詠唱を唱えても、できない人はできないけどね。
ぼくも、最初に王城で詠唱を教えてもらったけど、その授業で試しに魔法を唱えてみろ、とやらされたのが、ちょっとした心の傷になっていたりする。だって、「エクスプロージョン!」と叫んで、それで何にも起こらなかったら、かなりイタい厨二病患者そのものじゃないか。
コボルトの小部屋(おそらくは)を通り過ぎたところで、ぼくたちは一休みすることにした。いつの間にか受けていた小さな傷にポーションをふりかけ、ちょっとお腹がすいたので、屋台で買ったほかほかの焼き串をマジックバッグから取り出した。もちろん、同じものをリーネにも渡す。さすがに本格的なお食事タイムとはいかないけど、それでもちゃんとした温かい料理を食べられるのはありがたい。マジックバックからは、水筒も取り出した。これも、リーネが入れてくれたお茶を水筒に入れ、マジックバッグに保存して置いたものだ。マジックバッグの中のものは劣化しないから、入れ立ての温かいお茶が楽しめるわけ。うーん。贅沢だあ。
時間の感覚がわからなけど、今は何時くらいなんだろう。やっぱり、時間を計る魔道具は必要かな。お城にいた時は、騎士団の人がそれらしいものを使っていたけど、あの時はべつにいらないやと思っていた。追い出される時に、あれももらってくれば良かったかな。
地球にいるときはいつもスマホを持っていたから、召喚されたときも、腕時計なんてつけていなかったんだよな。そのスマホは、とっくにバッテリー切れになって、マジックバッグの中で眠っている。ぼくだけじゃない、たぶん他のクラスメートのスマホも、もう使えなくなっているだろう。最初のうちは、バッテリーを一々切ったり入れたりして、なんとか使用時間を長くしようとしていたけど、当然、限界はあるわけで。誰だったか、雷魔法を使えた女子が、いちかばちかでスマホを充電しようとしていたっけ。結果は、見る間にスマホがふくらんで、ポン! という音と共に破裂してしまった。あの子、涙目になってたなあ……。
「もう少し進むと第一階層の終わりですが、今日はどこまで進みますか?」
そんな思い出に浸っていると、リーネが現実的な質問を投げてきた。
リーネは「第一階層」という言葉を使ったけれど、ここは自然の迷宮なので、明確な階層に分かれているわけではない。ただ、自然迷宮はある程度横に広がったあと、少し急な下への通路になり、そこからまた横に広がる、という形を取ることが多い。たぶん、これを作った魔物にとって、こういう形の空間が使いやすかったんだろう。この横の広がりのひとかたまりを「階層」と呼んでいる。当然だけど、「階層の間をつなぐ、安全地帯の階段」なんてものはない。
「そうだな。まだいけそうな感じもあるけど、初めての迷宮だし、どのくらいの時間がたっているかもわからないから、もう少し進んだら引き返すことにしよう。ちょっと二階層に降りてみて、どんな感じか確かめたら帰る、でどうかな」
「それがいいと思います。この階層の魔物では、少しもの足りませんでしたので」
リーネがうなずいた。これまでの戦い方を見ていると、この子、意外と戦闘ジャンキーなところもあるみたいだ。
そういえば、休んでいて初めて気がついたけど、迷宮の壁の一部には、ほんのりとオレンジ色に光っているところがある。ぼくはリーネに尋ねた。
「あの、光っているのはなんだろう?」
「『発光石』と呼ばれるものですね。迷宮ではしばしば見かける、光を放つ石です」
「天然のライトか。便利だね。でも、どうして放ってあるんだろう。持って帰れば、家の中を明るくできるのに」
「いえ、あの石は、迷宮に充満する魔素に反応して光っているのだそうです。ですから、迷宮の外に出してしまうと、ただの石になります」
なるほど。ということは、あの石自体は、わりとありふれたものなのかな。リーネは続けた。
「ここではぼんやり光るくらいですが、下の層に行くと魔素が濃くなって、もっと明るい光を放つようになります。ライトの魔法や魔道具は、いらなくなるかもしれません」
「へえ。なんだか、冒険者に便利にできてるようにも思えるね」
「魔物にとっても、その方が便利なのかもしれません」
そうか。一部の魔物を除くと、魔物だってちゃんと目を持っている。魔物には、夜目が利くものが多いと言われるけれど、それでもまったく光がない場所では、何も見えないだろう。魔物にとっても、ある程度の灯りは必要なのかもしれない。
その時、探知スキルに反応が現れた。迷宮の奥、一階層から二階層へ降りるスロープの方から、何かが近づいているのだ。ぼくはその方向に視線をやったが、何もいない。が、確かに反応は出ていて、しかもかなりの速度で近づいていた。ぼくが立ち上がって剣を抜くと、リーネもそれにつられるように剣の柄に手をかけ、ぼくの左側に立った。
「どうしました、ユージ様?」
「静かに」
ぼくは耳を澄ませたが、かすかな物音さえも聞こえない。だが依然として、何者も見えないはずの方向に、探知スキルが反応している。その反応は三m、二mと近づいてきて、やがてぼくの立つ位置と重なった。
「上だ!」
叫ぶと同時に、ぼくは大きく右に横っ飛びした。洞窟の天井から、何か大きなものが、ぼくを目がけて襲いかかってきたんだ。体を小さく丸めて横回転し、素早く立ち上がる。そして剣を構えた時には、戦いは既に終わっていた。
長さ三mはあろうかという、大型の真っ黒なヘビ。その、首と胴体がきれいに分かれた死体が、ぼくのいた位置に横たわっていた。
剣を鞘に納めながら、リーネが言った。
「ダンジョンサーペント、ですね。毒は持っていませんが締め付ける力は強力で、一度巻き付かれたら、Cランク冒険者でも逃れるのは難しいと聞いたことがあります。おそらく、二階層から上がってきたのでしょう」
「すごいね。落ちてきたところを、一刀両断したのか」
「いえ。私よりも、すごいのはユージ様です。音も匂いもしなかったのに、よく気がつかれましたね。さすが、ご主人様です」
リーネはこう言ってくれたけど、さすがに今度は、ぼくは喜べなかった。いるはずの場所を見て何もいないなら、上か下にいるはずだよな。あ、目には見えなくするようなスキル、という可能性もあるのか。どっちにしろ、こんなに近づかれる前に、何か反応を起こさなければいけなかったな。
なんだかケチがついたような感じになったので、今日はここで引き返すことにした。帰り道は戦闘らしい戦闘もなく(ゴブリン五~六匹×二回)、迷宮の外に出てみると、まだお昼にもなっていなかった。今から入り直したのでは、さっきの場所まで行ったあたりで、時間切れでまた引き返すことになりそうだ。結局、この日の迷宮攻略は、それで終了した。
やっぱり、時間を計る魔道具を買ったほうがよさそうだね。