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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第2章 スイーツと山賊篇
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お菓子に、革命を

 大高の指揮で、調理が始まった。コンロにフライパンを乗せ、弱火で熱しておく。

 ボールに卵を割って、そこから卵黄を取り出す。この段階では卵黄を入れてはダメなので、慎重に取り出しましょう。残った卵白を、泡立て器……のような道具があったので、それを使って思い切りかき回す。この段階で活躍したのは、新田だった。自慢の体力と筋力で、見る間に卵白のホイップができあがっていく。

「なんだか懐かしいな。これ、お城の時と同じだよね。思い出すなあ」

「おまえら、そんなこと言ってないで、少しは俺を手伝えよ」

 でも、電動のミキサーなんてないんだから、誰かが犠牲になるしかないのだ。がんばれ、新田。もしかしたら、「ホイップ」のスキルを取得できるかもしれないぞ。

 さて、いい感じに泡だったら、ここに卵黄・牛乳・小麦粉で作った生地を入れて、軽く混ぜる。ここで混ぜすぎてはダメだ。メレンゲの泡が潰れて、ふわふわでなくなってしまう。「かき混ぜる」ではなく、「混ぜる」くらいでいいのだ。

 こうして生地ができあがったら、型に流し込んで、焼いていく……んだけど、型なんてないよね。大高が厨房を探すと、金属製ではなく竹のような植物製の、ワッパのような容器を見つけた。アーシアの了解を取って容器の底を抜き、外側の円形の部分だけを残して、型の代わりに使うことにした。

 そんなことをしていると、アーシアが大高の隣に立って、彼に話しかけた。

「男の方がお菓子を作るなんて、変わっていますね」

「そうですかな? ……そうかもしれないですな。まあ、趣味だと思っていただければ」

「趣味でも、変わっていますよ」

 アーシアがおかしそうに笑った。大高のやつ、あからさまに照れて、体の動きがおかしくなってるな。しかたがないか、あいつは女性に免疫がないし。いや、あいつに限らず、こっちにきてからというもの、女の人と話をすること自体、少なくなったからなあ……(涙)。

 大高のやつが挙動不審になってしまったので、残りの工程は、ぼくが引き継ぐことにした。

 といっても、することはそんなに残っていない。型に生地を流し込んで焼いてしまえば、「ふわふわパンケーキ」の完成だ。これにはハチミツをかけてもいいけど、厨房には茶色いシロップが置いてあって、ちょっと試食してみたところメイプルシロップみたいな味だったので、こちらを添えることにした。


 パンケーキとシロップ、フォークとナイフを載せたお盆をアーシアの前に置く。彼女はその分厚い生地に、ちょっと困った表情を浮かべた。だけどナイフでケーキを切ると、その手応えの無さに、驚いた顔になった。少し大きめに切って、口に運んだ瞬間、アーシアは目を丸くした。

「なんですかこれ! 生地が、名前の通りふわふわで……口の中で、溶けていくみたいです」

「それが、このパンケーキの魅力ですな。この食感作るためには、最初のホイップの工程が肝心でして──」

 大高が、得々として説明を加えている。

 そういえば、お城でメイドをしていたルイーズも、これがお気に入りだったなあ。厨房に忍び込んで、こっそりこれを作った時なんて、レイラという友達のメイドをわざわざ連れてきて、仲良く一緒に食べていたこともあった。時間的には、そんなに前のことではないんだけど、なんだかむしょうに懐かしく感じる。あの子たち、いまごろどうしているのかな。

 そうこうしているうちに、アーシアはケーキを完食した。

「ごちそうさまでした。たいへん、美味しくいただきました」

 そして、軽く一礼をして、

「お菓子作りをされてきたとのことでしたが、何通りくらいのレシピをお持ちなんですか?」

「そうですな。実際に作ったことがあるのは七、八品くらいですが、バリエーションを含めれば、その数倍はあると思います。今日お出ししたのは、その中でも自信作なのですが、その他のメニューも、なかなかの品だと思いますぞ」

「そうですか。すぐに実現できる新しいメニューが、八品……」

 アーシアは顎に指を当てて、しばらく考え込む素振りをした。大高が、じれたように言葉をかける。

「いかがですかな?」

「そうですね。私は菓子店のオーナーだったとは言っても、本気で経営していたわけではありません。ですから、今からお話しする評価も、少し割り引いて聞いて欲しいのですが」

 アーシアは、気を持たせるように少し間を置いてから、

「絶対に、いけると思います」

 そう言って、ニコッと笑った。

「この食感は、まさに革命的です。今まで食べたことのないものでした。今現在、販売されている焼き菓子は、どちらかというと歯ごたえを楽しむもので、固さは残しておいた上で、どのような歯ごたえにするかを工夫しています。これは、それらとは正反対の品です。

 柔らかいお菓子もなかったわけではありませんが、それでも、この品の柔らかさは突き抜けています。これは、いけますよ」

「おお! ということは」

 アーシアは身を乗り出し、自分の両手で大高の両手を包むように握った。

「私の方からも、お願いします。オオタカさん、ニッタさん、クロキさん。ぜひとも、『ランドル菓子店』の再建にご協力ください。そして、この国のお菓子に、革命を起こしましょう」


 アーシアはさっそく、販売する菓子の種類、必要な材料と道具、店の再開の段取りなどについて、大高たちと打ち合わせを始めた。お嬢様とは言え、さすがは商会の代表を務めている商人だ。楽しそうに意見を戦わせる四人を残して、ぼくは席を立った。

 店を出たところで、後ろから声がかかった。

「ユージ君は、一緒にやってくれないのですか」

 振り返ると、大高たち三人が、追いかけてきていた。ぼくは笑顔で首を振って、

「いや、せっかくある程度は強くなることができたんだ。ぼくは冒険者で頑張ってみるよ」

「しかし、わたくしたちのスイーツのレシピは、もともとは君から教えてもらったものですよ。よろしいのですか?」

「うん。あれは大高たちにあげるよ。その代わり、バッグはあげないけどね。これは、倒した獲物を運ぶのに便利だから」

「そうですか……では、冒険者としての活動、陰ながら応援させていただきます。がんばってください」

「そっちもがんばれよ。まだ、スイーツが売れると決まったわけじゃないんだから。それに、売れたとしても、商売(がたき)はたくさんいるんだろうし。レシピが盗まれたりしないよう、気をつけてね」

「わかっております。では、お元気で」

 ぼくは手を振って、ランドル菓子店から離れていった。大高たちも笑顔で手を振って、見送ってくれた。


 さて。

 角を曲がり、大高たちの姿が見えなくなったところで、ぼくは自分に気合いを入れた。

 もう一度、あの店に行くとするか。


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