王都、脱出
さっそく、いくつもの評価やブックマークを頂きまして、ありがとうございました。これをはげみにがんばっていきたいと思いますので、これからも応援のほど、よろしくお願いします。
それでは、第2章の開始です。
ここはカルバート王国の王都、イカルデア。
その王城の門前で追放の宣告を読み上げられ、城から閉め出されたぼくは、回れ右をして、イカルデアの市街地に向かって歩き出した。目的地は、イカルデアの冒険者ギルドだ。
ぼくのせいでビクトル・レングナー騎士団長が死んだ、というのは完全な濡れ衣だ。だけど、騎士の全員が、そのことをわかっているとは限らない。もしかしたらクラスメートの中にさえ、王国の発表を信じるやつがいるかもしれない。そいつらと鉢合わせでもしたらろくな目にはならないだろうし、そんな噂が住民の間にまで広がったら、ますます暮らしにくくなりそうだ。早いうちに、街を出る方がいいだろうな。
乗り合い馬車という、元の世界で言う長距離バスのような仕組みがあるから、これに乗っていっても良かったんだけど、これからのぼくは、冒険者として生きていくつもりだ。どうせなら、冒険者としての初仕事として、王都を離れる商人の護衛依頼か何かを受けてみよう、と思ったんだ。訓練の一環として魔物退治をさせられた際に、ぼくを含めた異世界人は冒険者としての登録を済ませていた。その登録証であるギルドカードを見せれば、仕事を受注することができるはずだ。
冒険者ギルドを訪ねてみると、さすがは王都のギルドだけあって、たくさんの依頼票がボードに貼りつけられていた。Fランク向けの日常業務を除くと、その多くは、商人などの護衛の仕事だった。ただし、たいていの護衛依頼は、冒険者ランクがDランク以上が必要なものばかりだ。依頼する側も命がかかってくるから、冒険者にある程度の力量を求めるのは当然なんだろう。
だけど中には、Eランクで受注できるものもある。ただし、報酬は比べものにならないくらい低くて、一日あたりにすると銀貨五枚ほど。日本で言うと、日給五千円くらいか。初心者の給料としてはこんなものかもしれないけれど、盗賊相手の命がけの仕事としては、やっぱり安い。
でもまあ、しかたがないか。ちょっと迷ったけれど、ちょうど明日出発、という仕事が一つ残っていたので、これを受けてみることにした。リトリックという街までの護衛で、予定では五日の行程だそうだ。ぼくはボードから依頼票をとって窓口に向かい、受付の女性に尋ねた。
「このあたりの地理を良く知らないんですけど、リトリックというのはどのあたりですか」
「イカルデアからだと、北北東に進んで五日ほどの距離にあります。それなりに大きな街ですよ。さすがに、イカルデアとは比べものになりませんが」
北北東、か。いいんじゃないだろうか。異世界人の活動拠点になっているアイロラは北西だから、あいつらから離れられるし、都から五日ほどの距離ならそれほど遠くはない(この世界基準だと)。異世界人絡みでなにか情報があれば、入ってきやすいかもしれない。
「それからこの依頼、明日出発だそうですけど、募集が集まらなかったんですか?」
「えーと、それはですね……いえ、五人中の募集中、四人までは埋まっていますね」
ちょっと安心した。一人だけでの護衛仕事、なんてのはさすがに嫌だからね。
「では、この依頼をお願いします」
そう言って依頼票と一緒に、ギルドの登録票を出したところ、相手に変な顔をされた。
「……蘇生術師?」
あ、やべ。すっかり忘れてた。
「ま、まあ、剣術の方もそこそこできますから、護衛仕事はだいじょうぶだと思いますよ」
なんとか依頼を受けてもらって、受付票をもらうことができた。依頼時には、依頼人にこれを見せて、無事に終わったら完了のサインをもらう。それをギルドに出せば報酬がもらえる、という仕組みらしい。ついでに初心者向けの冒険者用品を売っている店と安めの宿を教えてもらって、冒険者ギルドを出た。
そうか、ギルドカードの登録は、「蘇生術師」になっていたんだった。うーん、これは登録しなおした方がいいかな。カードを出すごとに変な目立ち方をするのも嫌だし、「団長が死んだのは蘇生術師のせい」なんて話が王都の外にまで広まったら、それがぼくのことだとすぐにばれてしまう。
普通に登録し直すだけでは、同じことの繰り返しになってしまうって? いや、そこは少し、考えていることがあるので。
その日一日かけて、ぼくはギルドのお姉さんに教えてもらった店を回った。使っていた剣や防具は、城を追い出される時に取り上げられてしまったので、とりあえずは安物の剣と防具一式を買った。夜営もすることになるのでその道具と、水筒、一週間分くらいの携行食糧、それから安物のポーションのたぐいも買いそろえた。城から持ち出した高価なポーションは、非常用ということで大事に使いましょう。それから、軍隊の背嚢みたいなバッグも買っておいた。マジックバッグは、あまり見せびらかしたくないからね。普段使うのはこのバッグにして、マジックバッグは革鎧の下に、ボディバッグのように身につけておくことにしよう。なお、今まで使っていた元の世界のリュックサックは、こっちでは目立ちそうなので、マジックバッグの中にしまっておくことにした。
買い物を終えたあとは、教えてもらった安宿へ行った。部屋が開いていたから良かったけど、これ、手順が逆だったかな。まずは最初に、宿を確保すべきだった。お値段は朝食付きで、銀貨三枚でした。高いのか安いのかわからん。
◇
その翌朝、街の門を出て、ちょっと早めに集合場所に行ってみると、既に一台の馬車と、冒険者らしい四人の若者が待っていた。馬車は二頭立ての箱形のもので、中年の商人っぽい人が、荷台の中で何か作業をしている。たぶんこの人が、依頼主だろう。若者の方はだいたいぼくと同じくらいの年齢で、装備からすると三人は剣士タイプ、一人が魔術師だろうか。魔術師は女性の冒険者だった。彼らに近づいていくと、一人だけ少し年上っぽく見える剣士が片手を上げて、ぼくに声をかけてきた。
「あんた、ソロで護衛の依頼に申し込んだって人か?」
「そうだよ。そっちは四人組のパーティー?」
「ああ。Eランクのテッドだ。よろしくな」
「同じくEランクのユージだ、こっちこそよろしく。剣はそこそこ使えると思うけど、こっちは一人だし、護衛依頼は初めてだから、そちらの指示に従うよ」
ギルドでもらった受付票を見せながら、ぼくはいかにも剣士です、という感じで自己紹介した。蘇生術師なんて面倒なことを、わざわざ話す必要もないだろう。『ケンジ』ではなく『ユージ』と名乗ったのも、こっちでは『ユージ』という名前はけっこういるけど、『ケンジ』は珍しいからだった。とりあえずは、あんまり目立ちたくないので。
テッドのパーティーは、見た目どおりに剣士三人、魔術師一人の構成だった。パーティーとは言っても、ギルドの依頼ボードの前で知り合って、ついこの間から一緒に活動を始めた、といった程度のつながりらしい。それでも、FをとばしてEランクになったぼくよりは経験は豊富だろうと思って、聞いてみた。
「護衛の依頼は、何度かやってるの?」
「いや、実はおれたちも、まだ二回目なんだ。護衛なんて、普通は最低でもDランクはないと受けられない依頼だからな」
「だけど、ギルドのボードには、Eランク向けの護衛依頼もけっこうあったよ」
「最近、山賊の活動が活発になっていて、護衛をつけてほしいという依頼が殺到しているんだそうだ。でも、Dランク以上の冒険者の数には、限りがあるからな。それで、Eランクのおれたちにも、依頼票が回ってきたってわけさ。ま、報酬の方も、Eランク相当に安くなってるけど」
「なるほどね。だけど、山賊が動き出しているのはどうしてだろう」
「そりゃあ、なんとかいう騎士団長が死んだせいだろ。あの人、騎士団や軍では大きな顔で、でかい山賊団の壊滅作戦に参加した時には、有名な山賊を何人も殺したらしいじゃないか。そんな人が死んだんだから、山賊の方も意気が上がってるのさ。それに、団長が死んだせいかは知らないけど、騎士団や軍の活動も少なくなっているみたいだし」
あら、これってぼくのせいだったのか? いや、実際にはぼくのせいじゃないんだけどね。
あの団長、そんな立派な人だったんだ。亡くなったのは、もったいなかったのかなあ。少し心配になって、団長はどうして死んだか知ってるか? と尋ねたところ、「でかい魔物と相打ちになったって聞いた」の答が返ってきた。どうやら、蘇生術師がどうの、というところまではまだ伝わっていないようで、ちょっと一安心。
「全員、集まったか?」
荷台で作業していた人が、ぼくたちに声をかけてきた。ぼくとテッドは受付票を手に、彼の元に向かった。