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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第1章 王都追放篇
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予想外の命令

 陰口を言い合っていたぼくたちだったけど、早朝の出番に備えて、その夜は早々に寝床についた。

 寝不足のために居眠りをしてオーガを見逃し、それで村の人たちが死んでしまう……なんてことになったら、それこそ寝覚めが悪いからね。この世界では夜中にすることなんてないから、もともと早寝早起きなんだけど。

 化物が来るかも、なんて状況ではなかなか眠れない、と思うかもしれないけれど、わりとすぐに眠れました。これもこの世界に来てからなんだけど、基本的に、昼間は肉体労働をしているので。


 木戸を叩く音で起こされた時、部屋の中はまだ真っ暗だった。外に出てみると、地面はやはり真っ暗だけど、空は少し明るくなってきている。ぼくたちは寝ぼけ眼のまま、呼びに来た人の後について、それぞれが指示された場所へ向かった。

 一つ前の当番だった村人と交替して、ぼくも所定の位置についた。よりによって森の正面、森との直線距離が一番近そうな場所が、ぼくの割り当てになっていた。一応は冒険者で、少しだけど魔物退治の経験もあるから、こんな場所を任されたんだろう。

 所定の位置とは言っても、常設の見張り台ではないので、何か設備があるわけでもない。ただの木の柵があるだけだ。ぼくはそこに寄りかかって、一キロほど先に広がっている森を眺めた。街路灯なんてものは、もちろん無い。運の悪いことに今日は新月のようで、月明かりもなかった。空の端っこはほの明るくなってきたけど、その下に広がる森は、ただ真っ黒いだけの空間だった。手前にあるはずの野原も、黒の中に少し濃淡がわかるだけ。この暗さだと、真夜中に何かが襲ってきたとしても、気づくのは難しいんじゃないかな。それでも、見張りをしないわけにはいかないんだろうけど。

 ぼくは念のため、「探知」のスキルをオンにした。これで探知できるのはせいぜい百メートル四方、レーダー方式にしても五百メートルだから、こんな開けた場所では、あまり意味はない。だけど、とにかく使ってみることにしたのだ。その結果、前方には反応無し。横方向にも、反応は無かった。ぼくの左右には大高と黒木がそれぞれ見張りについているはずなんだけど、探知エリアから外れているんだろう。あいつらが、さぼっているのでなければ。

 ところが、なぜか真後ろの方向に、一つだけ反応があった。しかも、ゆっくりと動いている。だれか村の人が、起きてきたんだろうか。農村の朝って、こんなに早いのか。大変だなあ……などと思っていたら、その反応がこっちに近づいてくる。思わず振り返ると、そこにいたのは、白銀の鎧を身につけた、ビクトル騎士団長だった。

「あれ? 団長さんですか?」

「──ケンジだな。見張り番ご苦労。何か異常は?」

「あ、いえ、今のところありません」

 ぼくは自然と、直立不動の体勢になっていた。ビクトルは、身長一m八十近くもあるだろうか。全身を銀色に鈍く輝く金属鎧で包み、盾と、大きめの片手剣を手にしている。既に臨戦態勢、といった格好で、目の前に立たれると、それだけで異様なプレッシャーを感じてしまう。

「そうか。では今から、森の探索に向かう。おまえも偵察担当として、ついてくるように」

「え?」

 予想外の命令に、ぼくは思わず聞き返してしまった。

「森の探索、ですか? 何のためです?」

「むろん、オーガ討伐のためだ」

 当然のような顔で、ビクトルは答えた。

 背中に、いやーな汗がにじみ出てくる。なんだか、ぼくと団長の二人だけで、今からオーガを倒しに行く、と聞こえたような気がしたんだけど……。

「でも、オーガはまだ、来ていませんよ」

「前回発見された場所、時刻と、オーガの移動速度を考えれば、やつは今日、この森を通過すると思われる。それも、おそらくは早めの時間帯だろう。今から森に入れば、遭遇する可能性は高い」

「あのー、改めて確認ですが。ぼくと団長の二人だけで、森に入るということでしょうか」

「そうだ」

「なぜ、ぼくなんですか」

「おまえは、魔物の気配を察知するのがうまい、と聞いたのでな」

 ぼくはがっくりした。ジルベールのやつだな。余計なことを報告しやがって。こんなことになるのなら、探知スキルなんて、使うんじゃなかったよ……。

 それでもぼくは、なんとかそのへんをごまかせないかと、

「でも、そんなスキルは持っていませんよ」

「スキルはなくとも、できる者はいる。剣術のスキルを持っていなくても、剣の扱いができる者がいるようにな。おまえも、その一員なのだろう」

「他の人は呼ばないんですか。大高たちや、ジルベールさんは。森の中を、一人だけって言うのは──」

「一人ではない、私がいる。それに、オーガ変異種が相手となると、おまえたちのパーティーでは戦力にならん。かえって、足手まといになるだけだ。ジルベールでも、少々厳しいかもしれないな。それに、オーガと必ず遭遇すると決まったわけではないから、騎士二人がそろって村を離れるわけにも行くまい。彼には村に残ってもらう。

 むろん、おまえの仕事は、オーガを発見するところまでだ。戦闘は、私一人で行う」

 ビクトルはこともなげに言った。ずいぶんな自信だけど、ジルベールも「単独で征伐した実績がある」と言っていたし、それだけの実力があるんだろう。

 思わず、ぼくはため息をついた。そりゃあ、強い人はそれでいいけどさ。どうしてぼくが、そんなやばい案件についていかなければならないんだろう。

 ぼくは最後の抵抗を試みた。

「ですが、村に来る可能性もあるのなら、こっちを守った方がいいのでは?」

「これまでの経過を見ると、問題のオーガは、町や村を襲ってはいない。森に潜んで、森の中を進んでいるだけだ。それに周りの魔物が反応して、騒ぎが起きてしまっている。今回もおそらく、オーガ自体は、このまま通過する可能性が高いだろう」

「でしたら、無理に手を出さない方が──」

「だが、このままのコースで進んだ場合、ノーバーの街に姿を現す公算が高い。ちょうど、あのあたりで森も途切れるしな。ノーバーは交通の要衝で、万が一あの近辺が襲われた場合には、大きな被害がでると予想される。ここで敵を捕捉できるのであれば、見逃して憂いを残すのではなく、あえて戦いを挑んでいくべきだろう」

「ここの見張りはどうします。ぼくが抜けたところを、放っておいてもいいんですか」

「問題あるまい。見張りを置く間隔は余裕を見てあるから、両隣の見張りがカバーできるだろう。心配なら、隣の見張りに声をかけてこよう。おまえは先に出発し、森へ入る入り口で待っているように」

 ビクトルはそう言い残して、右隣の見張りがいる方向へ歩き出していった。

 ぼくはがっくりと肩を落とした。しかたなく、彼とは反対側、村の北門の方へ行こうとすると、

「何をしている、そこの柵を越えて行け。野原を真っ直ぐ突っ切れば、森への道に合流するだろう。

 いうまでもないことだが、できるだけ気配を殺して動けよ」

と背中から声をかけられた。そうか、北門だって、今は閉められてるんだよな。ぼくはため息をつき、よいしょと声をかけて柵を跳び越えて、とぼとぼと森に向かって歩き出した。

 森の前に広がる原っぱは、ただただ静かだった。ときおり吹く弱い風で、かすかに草の音が聞こえるだけだ。ぼくは念のため、つけっぱなしの探知スキルに加えて、「隠密」のスキルも発動した。探知には何も引っかかっていないけど、スキルの届く範囲の外側には、何があるかわからないから。幸い、何事も起きることなく、ぼくは森の(きわ)までたどりついた。

 森の周囲を少し巡って、村から森へ入る時に使う道に合流する。森の入り口あたりで待っていると、ほどなくビクトルもやってきた。そして本当にぼくたち二人だけで、まだ真っ暗な森の中に入っていった。


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