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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第1章 王都追放篇
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純粋な剣の技

 騎士団長の登場に、人垣がさっと二つに割れる。そうしてできた道を、ビクトルはゆっくりと進んでいき、一ノ宮の前に立った。

 手渡された木剣で軽く素振りをしながら、ビクトルは言った。

「直接にお相手をするのは久しぶりですな、勇者様」

「そうですね。前に稽古をつけていただいたのは、この世界に来てすぐのころでしたか。何回打ち込んでもまるで通じず、本当に軽くあしらわれた、という感じでしたね。その後はずっと、テリーさんにお相手をしてもらっていました」

「そのテリーを、一撃で倒されたとか」

「はい。ですので、この次はぜひともビクトル団長にご指南をお願いしたい、と考えていました。よろしくお願いします」

 ビクトルは黙ってうなずき、木剣を正眼に据えた。それに合わせて、一ノ宮も剣を構える。それを見た審判役の冒険者が、あわてて声を上げた。

「始め!」

 だが、試合の開始を告げられても、しばらくの間、二人はじっと動かなかった。高名な騎士団長と勇者の対戦とあって、周りを囲む観客も歓声を控え、かたずを飲んで見守っている。一ノ宮は、剣先を動かしたり、左右に細かいステップを踏んだりして相手の反応を誘うが、ビクトルはどっしりと構えて、動かなかった。

「一ノ宮のやつ、どうしてさっきのスキル、『縮地』だったっけ、あれを使わないんだ?」

「縮地は瞬間移動ではなく、高速移動だからですよ。下手に使ったら、騎士団長が構えている木剣に、自分から衝突してしまいます」

 黒木の質問に、大高が答えた。なるほどね。だったら、別にスキルなんか使わなくても、普通に打ち込んで行けばいいんじゃないかとも思うけれど、対戦している当人には、そんなに簡単なものではないのかもしれない。なにしろ、彼の目の前にいるのは剣神の異名を持つ、圧倒的な強者だ。その強者の前では、どんな攻撃を仕掛けても、それを防がれて反撃をうける未来しか浮かばず、動けなくなってしまうのかもしれなかった。わざわざ威圧スキルなんてものを、使わなくても。

 しばらくはそのまま時間が過ぎていき、一ノ宮の顔には、だんだんと焦りの色が浮かんでいった。

 と、それを見たビクトルは急に剣を下段に下げ、その体勢のまま、一歩、前に進んだ。

「……何の真似です?」

 一ノ宮がいぶかしげに問う。だが、ビクトルはそのいかつい顔を微動だにさせず、さらに一歩、歩を進めた。

「なあ、なんだあれ? 騎士団長、どう見ても隙だらけで、打ち込み放題のような気がするけど」

「わかりませんな。誘いの隙、と言うやつでしょうか? まあ、距離を縮めたのには、縮地を封じる意味があるのかもしれませんが……」

 新田と大高が首をかしげている。ビクトルの圧に臆したのか、一ノ宮は一歩退いたが、それに合わせるかのように、ビクトルも前進した。そして、さらに一歩。二人の間の距離は、少し踏み込んだだけで相手に剣が当たってしまう、それくらいにまで縮まっていた。

 勇者として、これ以上は怖じ気づいたような真似は見せられない。一ノ宮はそう思ったのだろうか。彼の顔つきが変わった。そして、さっと剣を上げると、気合いもろとも前に踏み込み、剣を振り下ろした。ビクトルも同じく剣を振りかぶって、打ち下ろす。だけど、ぼくのような素人の目にも、ビクトルの動き出しのほうが遅かったように見えた。このままでは、勇者の剣が先に届くはずで、勇者一ノ宮の勝利か、と思われたのだが──。

 木剣と木剣が当たる、鈍い音が響いた。一瞬の後、一ノ宮の木剣はビクトルではなく、彼の横の地面を叩いていた。

 そしてビクトルの剣は、一ノ宮の頭のすぐ上で止まっていた。

 驚愕の表情を浮かべる一ノ宮。そこに、審判の声が響いた。

「それまで! 勝負あり!」

 理解を超えた勝負を見せられて、観客は戸惑ったような表情を浮かべていた。が、勝負ありの声と共に、先ほどよりも一層大きな歓声が、場内に沸き上がった。

「何が起きたんだ? 団長、剣をよけてなんていなかったよな? なんで一ノ宮は空振ったんだ。それに剣を動かしたのも、団長の方が遅かったように見えたんだが」

「団長の剣がそれほど速かった、と言うことなのでしょうか。それにしても、一ノ宮君の剣が横にはじかれているのは……?」

「あれは『切り落とし』だ」

 ぼくたちの後ろから声が響いた。振り向くと、先ほどケガを負って退場したテリーが、装備を外した格好で立っていた。新田が心配そうに、

「テリーさん、もう動いてだいじょうぶなんですか?」

「ああ。回復魔法をかけていただいたからな。さすがは聖女様の魔法だ、すっかり元通りになったよ。王都に戻られると伺っていたのだが、私の治療のために出発を遅らせて頂いたのだ。申し訳ないことをした」

「え、白河さん、王都に戻るんですか?」ぼくは驚いて聞いた。

「うむ。パメラ様からの呼び出しがあったらしい」

「何かあったんでしょうか」

「いや、パメラ様は聖女様をいたく気に入っておられるようでな。時々、王都に呼び戻しては、お話をされている。聖女様に代わり、別の回復魔法持ちの冒険者が勇者様のパーティーに加わることになっているから、訓練の方も当面は問題ないだろう」

「それでテリーさん、切り落としって、どんなスキルなんです?」

 新田が話を戻そうとする。が、彼の言葉に、テリーは首を横に振って、

「切り落としは、スキルじゃない。純粋な剣の技だ。剣をただただ真っ直ぐに、大上段から振り下ろす。やっていることは、それだけだ。

 だが、それだけのことが、実際には至難の業なんだよ。どうしても、左右にぶれてしまう。そして剣筋のぶれた剣は、一直線の剣よりも遅くなるし、左右に余分な力が加わってしまう。そんな剣と、一直線の剣とがぶつかるとどうなるのか。その答が、今の勝負だ。動き出しの遅かった団長の剣が勇者様の剣に先着し、純粋な力の剣が、余分な力の混じった剣をはじき飛ばした、というわけだ」

「はー。なるほどー」

 テリーの説明を聞いた新田は目を輝かせ、両手を剣を持つ格好にして、上下に振った。いやいや、おまえの戦闘スタイルは、片手剣と盾だろ。

 そんなことをしていると、試合を終えたビクトルが、ぼくたちのほうに向かってきた。ぼくたち、というよりもテリーのほうに、だろう。案の定、ビクトルはぼくたちには目もくれず、自分の部下に話しかけた。

「テリー。もう、体はいいのか」

「団長、おめでとうございます! 見事な切り落としでした」

 自分のケガのことなどそっちのけで、テリーはビクトルの剣技をほめたたえた。だが、ビクトルは、わずかに眉をしかめて、

「……いや。あれは、切り落としなどではない。ただ単に、力で剣のスピードを上げ、力で相手の剣をはじいただけだ。真の切り落としを成すには、まだ修練が足りていない」

 そして、

「今日は一日、体を休めておけ」

と言い置いて、訓練場を出て行った。


 ビクトルは終始、ぼくを無視していたし、偶然視線が合った時も、彼の表情には何の変化も起きなかった。

 自分が手を下して殺した相手を目の前にしているとは、とても思えなかった。


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