もめごと無しの冒険者登録
ファイアーボム騒ぎの後は、戦いらしい戦いもなかった。王都を出てから一週間後、ぼくたちは無事、アイロラの街に到着した。
馬車から見た限りでは、街行く人々の表情は穏やかで、魔族との戦いで差し迫った事態になっている、といった印象は受けなかった。街の賑わいは王都とは比べものにならないけど、地方の都市ならこんなものなんだろう。ちなみに、街の形はこれも中世ヨーロッパの都市と似ていて、外周はざっと十メートルくらいの高さの、頑丈そうな城壁で囲まれている。蛮族どころか、街の外には魔物が徘徊しているというんだから、この程度の警戒は当然なんだろう。ぼくらは騎士団に率いられていたからわりと簡単に入ることができたけど、一般の人たちは、街に入る際に身元や荷物をチェックされている様子だった。
街のメイン・ストリート(といっても、日本なら歩道付きの一車線道路くらいの幅しかない石畳の道)を抜けて、ぼくらは宿に到着した。今回、ぼくたちは市街地にある、一般の人も使うごくごく庶民的な宿に泊まる。ここはカルバート王国では主要な都市の一つで、領主の館もあるらしいけど、そんなところにずっと泊まれるわけもない。こういう場所に慣れるのも、訓練の一環なんだろう。騎士、冒険者も含めると総勢四十名近くになるので、三つの宿に分散して宿泊することになった。
宿を確保した後、まず最初に行ったのは、冒険者ギルドだった。
「ということは、いよいよ冒険者登録をするのですな!」
なぜか興奮した調子で、大高がジルベールに尋ねた。
「ああ。勇者様を含めたマレビト全員に、冒険者登録をしてもらう。しばらくは魔物の退治をしていくことになるから、どうせなら登録しておいたほうがいいだろう」
「他にはどんなギルドがあるのですか? 例えば、商人のギルドとか」
「商人ギルドというものもある。その他であるのは、鍛冶師とかの職人のギルドだな」
商人や職人のギルドは同業者の自主的な組合のようなもので、国としても、統治に便利なので認めているらしい。冒険者ギルドだけはちょっと毛色が違っていて、設立と運営には国がかなりの程度かかわっているのだそうだ。冒険者の同業者組合という側面も無いことはないけど、どちらかというと、仕事を求めている人を対象にした、職業安定所が近い。そこで紹介される主な仕事が、この世界では「魔物退治」や「商人の護衛」になってしまうのだろう。もちろん、もっと簡単で安全な依頼もあるけど、それらは仕事の「ランク」が低く、報酬も安いらしい。なお、冒険者にはランクというものがある。冒険者ギルドが、それぞれの冒険者の実力や実績によって、F~Aランク、及びSランクに格付けを行うのだ。Fが最下位で、Sが最上位。冒険者のランクによって、彼が受けられる仕事のランクも変わってくる、と言う仕組みだ。
では、冒険者とは元の世界で言うフリーターなのかというと、それだけとは言えない。賞金稼ぎや、財宝ハンターの一面もある。また、冒険者のランクが上がれば、紹介される依頼のランクも上がる。それらは危険も増すけれど、報酬も大きくなっていき、Sランクの魔物(魔物の方も、どのクラスの冒険者があたるのが適切かという基準で、ランク分けがされている)退治ともなれば、一攫千金も夢ではないんだそうだ。
ギルドの建物は、大通りから二本ほど外れたところにあった。このあたりになると、建物は木造が多くなり、道路も石畳にはなっていない。中世ヨーロッパと言うより、なんとなく西部劇の世界のような風景だった。そんな周囲の建物に比べれば、冒険者ギルドは二階建ての、立派なものだった。
入り口を入ると、中にはいかにも荒くれ者といった風貌の男たちが、そこかしこにたむろしていた。まさしく、大昔のウェスタン映画に出てくる酒場といった感じ。もっとも、ドアは西部劇風ではなく普通のドアだったし、酒場ではないからお酒も飲んではいないみたいだったけど。
ジルベールの後ろについて、ぼくたちは受付カウンターに向かった。二つ並んだ窓口の受付はどちらも若い女性で、二人とも揃いの制服を着ている。受付が女性なのは、冒険者からのクレームを和らげるため、という目的もあるのだそうだ。そういえば、日本でも受付というと、若い女性が多い気がするな。もしかしたら、同じような理由があったのかな。
その手のラノベではお決まりの、「手続きの際に、先輩冒険者から難癖をつけられる」なんてこともなく(すぐ横に騎士が控えているんだから、あたりまえだけど)、登録手続きは粛々と進んだ。名前とジョブ、スキル、得意とする武器などを紙に書き、奥の事務室からもってきた水晶玉に手をかざすだけ。水晶玉を出されたときは、もしかしたらまずいかなと思ったけど、これは王城にあるものとは違って、簡易な鑑定しかできない物だそうだ。ぼくの場合も、出てきたのは「ジョブ:蘇生術師 スキル:蘇生」だけで、偽装を見破られることはなかった。ジョブを見た職員に、変な顔をされたけどね。
最後に、規則の簡単な説明を聞き、名前とジョブが記された金属製の小さな札(「冒険者カード」とか、「ギルドカード」と呼ばれるらしい)を受け取って、それでおしまい。このカードにはその人の「魔力の波長」が記録されていて、身分証の一種にはなるんだそうだ。ただし、「謎のデータベースに接続して、倒した魔物や犯した罪が自動的に登録される」だとか、「ギルドの銀行口座に紐つけて、お金を預けたり、各地のギルドで引き出すことができる」なんていう、オーパーツ的な便利機能はないらしい。ちょっとがっかり。なお、冒険者の功績や犯罪は、ギルドの間で手作業で伝達されるそうだから、罪を犯した冒険者は、ギルドを利用できなくなるとのこと。
本来なら登録料を取られるそうだが、今回は国が負担するので、ぼくたちが払うことはなかった。まあ、請求されても、お金なんてもってないんですけど。それから、登録したての冒険者は通常はFランクからのスタートになるけど、ぼくらは特例でEランクにしてくれるそうだ。
お金と言えば、ぼくらは王都を出発する直前に、この国の貨幣についての説明も受けていた。この世界でも、各国ごとに金貨や銀貨などを製造しているけど、どの国でも使われる硬貨の種類は大金貨・金貨・大銀貨・銀貨・大銅貨・銅貨の六種類で、それぞれの価値もほぼ同じ。というのは、「アナライズ」という初級の土魔法で、金や銀などの含有率が簡単にわかってしまうからだ。そのため、どこかの国が貨幣を改鋳して金の量を減らしたりすると、即座に交換レートに反映されてしまう。それなら改鋳するだけ無駄だし、世界標準から離れたら使われなくなる危険がある、となって、貨幣の質がほぼ均一になっている。通貨の単位も同じ「ゴールド」で、あえて区別したい場合は、「国の名前+ゴールド」と呼んだりする。元の世界だと「オーストラリア・ドル」みたいなものかな。あっちは普通のドルとは、価値が違うけど。
貨幣の種類ごとの交換の比率も、単純な10進法でわかりやすい。
▽白金貨100万
▽大金貨10万
▽金貨1万
▽大銀貨1000
▽銀貨100
▽大銅貨10
▽銅貨1
そのへんで売っている食べ物の値段で比べると、ざっと一ゴールド=十円くらいの感じかな。
ちなみに、「大銅貨」と「銅貨」、「大銀貨」と「銀貨」は、それぞれ銅・銀の含有比率が違うんだそうだ。「大」の方が多少大きいけど、十倍の大きさがあるわけではない。それから、硬貨はあるけど、紙幣はない。この世界では、国そのものが滅びるなんてことが、時々起きているらしいからね。国の発行する紙のお金というものが、そこまで信頼されていないんだろう。
そういえば、このことを習ったとき、大高が、
「ぐわぁ! MMTの夢が! こんなところで知識チートがつぶされるとは、思いませんでしたぞ」
と叫んでたっけ。ぼくには、意味がよくわからなかったけど。
さて、冒険者登録が済んだぼくたちは、ぞろぞろと連れだって、依頼票が張られているボードに向かった。依頼の中にはゴミ収集や掃除、力仕事の手伝いといった、まさに学生向けのアルバイト的なものもあったけど、ジルベールはそれらの前は通り過ぎて、魔物退治の依頼が並んでいるところへ進む。そして、ずらりと並んだ依頼票を一瞥すると、その中の一枚をボードからはがした。
「最初の依頼は、これだな」
ジルベールは言った。
「おまえたちには、シュタールの村へ向かってもらう。依頼内容は、村の近辺に現れたゴブリンの討伐だ」