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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第1章 王都追放篇
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あれはただのファイアーボール

「この近くの森に、ゴブリンの集落があるらしい」


 ゴブリンと聞いて、ぼくらはざわついた。

 この世界のゴブリンという生き物は、ぼくらのイメージするそれと、だいたいの特徴は一致するらしい。ヒトより小柄なヒト型の魔物で、ある程度の知能はあり、こん棒を使ったり、独自の言葉で、仲間うちでのコミュニケーションをとったりする。ただし、高度な道具や魔法を使うことはない。一対一で戦えばそれほど苦労はしないけど、連携を取ることもできるので、集団で襲われると厄介な相手だ。一部のラノベにあるような、ヒトの女性をさらって自分たちの子供を生ませる、なんてことはしないらしいけど、繁殖力が強くてすぐに増えるので、見つけたら数が少ないうちに駆除するのがベターだそうだ。

 といった説明のあとに、団長はこう言った。

「今回は訓練として、君たちに退治を行ってもらう。指導役の冒険者をつけるので、彼らの指示に従って動くように」


 ということで、もう夜になっていたけど、急きょゴブリン討伐をすることになった。手強い相手ではないので、魔物に慣れてもらうにはぴったり、と言うことなんだろう。とはいえ、なにしろ初の実戦だ。クラスメートの反応は様々だった。

「最初の相手はゴブリンですか。まあ、定番といったところでしょうかな」

「よっしゃあ! 腕が鳴るぜ」

「なんかやばいな。嫌な予感がする。初めての戦いが夜中って、ちょっとハードル高くないか?」

 いつもは軽口を叩いてばかりの黒木が、妙に緊張しているのがわかった。そんな姿を見ていると、こっちまで緊張してしまう。ぼくは黒木の背中をばんと叩いて、励ますように言った。

「だいじょうぶだよ。こっちには勇者と聖女がいるし、いざとなったらベテランの冒険者が助けてくれるはずだ。ゴブリン相手に負けるわけないよ」

「そりゃ、チーム全体でみれば勝てるだろうけどよ。チームが勝っても俺がケガでもしたら、俺にとっては負けだろ。そうなったらどうするんだよ?」

「いや、ケガくらいなら、白河さんにお願いすれば──」

「体のケガが治っても、心のケガは治らないの。それに、もしそんなことになったら、ゴブリンに負けるなんてどんなザコ野郎だ、なんて言われかねないじゃないか……」

 黒木の緊張は、簡単にはとれそうもなかった。


 冒険者の見立てによると、ゴブリンは近くの山にある洞穴を根城に、おそらくは三十~五十匹程度の集落を作っているとのこと。ぼくたちは五つのパーティーに分かれ、それぞれ一人ずつの冒険者に率いられて、問題の洞穴へ向かった。ぼくらのパーティーは、例の武術組三班の四人。ちなみに、冒険者としての活動も、このメンバーで行うらしい。他のパーティーは魔術組と武術組を混ぜて再編成されたのに、ぼくらは三班のメンバーがそのまま、パーティーにされてしまっていた。なんだか、手抜きだね。

 それはともかく、ぼくたちも他のパーティーと共に、森に入っていった。初めての戦いとあって、ちょっと高揚した気分もあったけれど、もしかしたら命の危険があるかもしれない、という怖さもあった。さっきの黒木じゃないけれど。その黒木はというと、いつものおちゃらけた態度はおくびにも出さずに、神妙な顔で冒険者の後ろにつき従っていた。

 わずかな月明かりの下、獣道とも言えない道をかき分けて、ぼくたちは進んだ。時々、音を立てないよう注意を受けたりしながら、それでもなんとか、洞穴の近くまでたどり着いた。洞穴の前は森が途切れて、小さな広場のようになっている。その広場の向こうに、ゴブリンがいた。

 洞穴入り口の左右に一匹ずつ、まるで歩哨でもしているかのように、こん棒を手にして座り込んでいた。遠目に見た感じでは、身長は百二十センチくらい。魔物と言うより、どちらかというとサルと人間の中間(ただし、かなり醜悪な顔つきのサル)のような容貌だった。もしかしたら本当に、ヒトとは系統が違うだけの類人猿の一種、なんて可能性もあるのかもしれない。この世界では、意味のないことかもしれないけど。

 森の方を注意してみると、他の四つのパーティーも、繁みの中に身を潜めているらしいのがわかった。ぼくたちがいるのは洞穴から向かって左側、勇者パーティーは洞穴の正面にいるはずだ。これから、勇者パーティーの魔法攻撃で見張りを倒し、洞窟の中に少し入ったところで、一パーティーごとに交替でゴブリンと戦う、という手はずになっていた。穴の幅は狭いので、相手が何匹いようと、一度に戦える数は少ない。魔法や弓を使われると危ないけれど、ゴブリンならほぼそんな心配はないので、まるで練習試合のような戦いができる、というわけだ。

「いよいよだな」

「さすがに緊張しますな」

「やばい、やばいぞ。おれ、ちゃんとできるのかよ……」

 緊張に耐えきれず、思わず言葉を漏らしてしまったぼくたちに、先頭の冒険者がハンドサインを使って、沈黙を命じた。ぼくたちはおとなしく口を閉ざす。と、右の森をうかがっていた冒険者が何やらうなずいて、また別のサインを出してきた。「攻撃準備」だ。勇者パーティーから、なにか合図があったらしい。ぼくたちは息をひそめて、最初の攻撃が始まるのを待った。


 すると突然、洞穴正面の繁みの中に、炎の玉ができた。先制攻撃用の魔法だろう。でも、夜中に火系統の魔法って、相手にわかりやすいんじゃないかな? ぼくが首をかしげている間にも、炎はどんどんと膨れ上がり、周囲の草や木の枝を燃やしていった。あっけにとられてその様子を眺めていると、直径が一メートル位の大きさになったところで、一ノ宮の声が響いた。

「魔物ども、食らえ! 《ファイアーボム》!」

 炎の玉が洞穴へ向かって放出され、見張りのゴブリンは、呆然とした表情でそれを見送った。魔法はそのまま穴の中に突き刺さり、わずかな間を置いて大きな爆発音が響いて、穴の中から炎が吹き上がった。

 ぼくたちは突撃の態勢のまま、その場で待機していた。だけど、爆発が収まってしばらくしても、洞穴からは何も出てくる様子はなかった。見張りの二匹も、爆発の余波で倒れている。

 どうやら、勇者の魔法の一撃だけで、ゴブリンは全滅してしまったらしい。


 ぼくたちの初めての魔物退治は、こうして終わった。


 あの後、一ノ宮が冒険者に怒られてたな。どうして打ち合わせと違うことをしたのか、って。二人はしばらく言い合っていたけど、そのやり合いの中から、一ノ宮のこんな言葉が聞こえてきた。

「あれはファイアーボムではありません、ただのファイアーボールです」

 いやいや。発射する時、大声でファイアーボム、って言ってただろ。みんな、聞こえてたぞ……。


 ぼくはちょっと馬鹿馬鹿しくなりながら、テントの場所に戻っていったのだった。


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