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もう一つのエピローグ (1)

 青々と広がる牧草地の中を、一本の細い道が通っていた。その道の上に、冒険者風の若い女性の姿があった。女性はときおり周囲に目を配りながら、ゆっくりと歩を進めていく。しばらく行くと、道の向かい側から、馬を引いた高齢の農夫が現れた。農夫は彼女の近くまで来たところで立ち止まり、深々と会釈した。


「おはようございます」

「おはようございます。今日もごせいが出ますね」

「マナ様こそ、毎日、見回りご苦労さまです」


 改めて一礼をして、農夫は通り過ぎていった。女性もそのまま、歩き続けていく。なだらかな上り坂を上りきり、やがて小高い丘の頂上に着いた。彼女は背嚢を下ろし、中から水筒をとりだして、水を口に含んだ。

 見渡す限り広がる草原のそこここで、牛の群れがのんびりと草を()んでいる。見回りとはいっても、ここはエメット男爵領の領都(「都」というよりも「村」程度の大きさの街ではあるが)のすぐ外にある牧草地であり、それほどの危険は無い。現れる魔物は、せいぜいレッドベア程度だ。万が一魔物を発見した場合も、足止めの魔法程度は放つかもしれないが、彼女自身が討伐をすることはないだろう。ただちにその場から逃げて、街へ報告に戻ること。この条件で、彼女一人での見回りが許されていたのだから。

 実際のところは、ベア程度の魔物でさえ、見かけることはほとんどなかった。この、平和そのものといった光景を目にしながら、その女性──美波真奈は、この世界に来てからのことを、改めて思い返していた。


 ◇


 突然の召喚、王城での訓練、そして野外での実戦訓練……やがて一ノ宮たち勇者パーティーを除くクラスメートは、王国から切り捨てられ、冒険者として自活することを強いられていった。美波たちのパーティーも、ときおり勇者パーティーのサポートを命じられることはあったものの、基本的には冒険者としての生活を送っていた。

 そんな中で起きた、魔王国による王都イカルデア占領と、カルバート王国の滅亡という大事件。美波たちは、魔王国との戦いはカルバート側の圧倒的優勢だ、と聞かされていた。が、あれはたぶん、「大本営発表」のたぐいだったのだろう。その後すぐに、魔王国は王都周辺から撤退したが、引き続いて、王国の第二王子を擁するロドルフ辺境伯と、第三王子の後ろ盾となったヴィルベルト教国との間で戦いが起きた。両者の大軍は、かつての決戦の地、ラインダース草原で再び激突することとなった──。


 美波の足下に、小さな鳥が二羽、降りてきた。元の世界のメジロにそっくりな色と大きさで、つがいなのだろう、仲良く並んで、地面に落ちた何かをついばんでいる。美波は微笑みを浮かべて、その姿を眺めた。そして再び、回想に戻っていった。


 ──ラインダース草原の戦いは、明確な決着がつかないままに終わった。

 この地域に、大規模な疫病の流行が発生したためである。元々は、「死都」となって衛生状態が極端に悪化していたイカルデアで発生したものと思われるが、イカルデアから転属した兵士によって、ラインダースの地にも持ち込まれた。この疫病は、強い感染力によって、あっという間に敵・味方両軍に広まり、その高い致死率により、戦いを生き延びた多くの兵を死亡させた。

 さらに、あまりの死者の多さのために十分な埋葬ができなかったことから、ゾンビなどのアンデッドの魔物までもが、大量に発生する事態となってしまった。それはただのアンデッドではなく、疫病を持ったアンデッドだったため、討伐は困難を極めた。アンデッドを倒した兵士たちが、翌日には病に倒れ、自らがアンデッドとなることが繰り返されたのだ。

 戦いでの犠牲に加えての大量の病死者、やっかいなアンデッドの跋扈(ばっこ)により、戦闘の継続は困難となった。両軍ともこの地域から撤退せざるを得なくなり、こうしてイカルデアからラインダース平原周辺に渡る地域は、すべての勢力の支配が及ばない地となった。死霊の支配する、女神から見放された地──「呪いの平原」と呼ばれる場所になってしまったのである。


 この結果、旧カルバート王国の領土は、北西部は魔王国に占領され、南東部は無主の地帯となった。もはや、旧王国領の統一など、望めない状況である。こうなってしまえば、旧王国の王族などは不要な看板に過ぎない。ヴィルベルト教国では、第三王子はいつの間にか表舞台から姿を消し、盛大に行ったはずの戴冠式はなかったことにされた。辺境伯側でも、当初は第二王子を王に戴いていたものの、一年を待たずして譲位が行われ、辺境伯自身が王位に就いた。

 こうして、カルバート王国は完全に滅亡したのだった。


 この騒動に巻き込まれて、美波の元クラスメートのほとんどは、行方不明になってしまった。特に、王都やその近辺で活動していた者は、前後の状況から、生存は絶望的とみられている。一ノ宮たち勇者パーティーでさえ、音信不通となっていた。おそらくは、魔王国との戦闘で帰らぬ人となったのだろうとされているが、詳しいことはわかっていない。ともかく、誰とも連絡が取れなくなってしまったのだ。国が混乱したせいもあるのかもしれないが、今現在、美波が無事を確認できているのは、彼女のパーティーメンバーだけだった。


 イカルデアが陥落した当時、美波たちのパーティーは王国の北東部で活動していた。一連の騒動の後、ここ北東部では、ライラ辺境伯を中心とする勢力が独立して新しい国を作った。新王国は速やかに魔王国と和を結び、さらには魔族の旧王国領北西部統治への協力を行うと発表した。辺境伯というと、大きな兵力を持って国外の勢力と対峙する、といったイメージがあるが、そこには戦闘や対立だけではなく、外交的なパイプも存在していたらしい。

 魔族側にも、魔王という突出した戦力はあるものの、人口は少なく、多くのヒト族が住む土地の統治をあまり経験していない、という事情があった。そのため、とりあえずはヒト族の勢力と結んで、新しく得た領土の支配に力を注ぐことにしたのだろう。こう言った事情から、このあたりは、旧王国領の中では比較的安定が保たれた地域であった。


 こうした状況の下で、美波たちは相変わらずの冒険者暮らしをしていた。そんなある日、彼女のパーティーは、新王国では西の辺境に位置する、エメット男爵領での依頼を受けた。依頼主はアレン・エメット男爵本人で、依頼内容は「領内に新たにできたゴブリンの巣の駆除」という、オーソドックスなものだった。とはいえ、巣があるとなると、かなりの数の魔物がいる可能性もある。そのため、駆除作戦は美波のパーティーだけでなく、アレン配下の兵たちとの共同で行うこととなっていた。この作戦には、アレン自身も参加した。彼が三十代前半と若いこともあるが、人口の少ない田舎の貴族領では、領主が率先して魔物退治の先頭に立つのは、それほど珍しいことではない。

 ゴブリン自体は低ランクの魔物であり、それほど危険な依頼ではないと思われた。ところが、ゴブリンの巣と思われる洞窟を包囲し、一斉攻撃を仕掛けようとした時、異変が起きた。アレンたちの背後に、一匹のオーガが現れたのだ。

 ゴブリンがここにいたのは、そこに巣を作ったからではない。オーガに追われて、逃げ込んできたからだった。不意を突かれ、混乱する兵士たちに、オーガが襲いかかった。アレンは配下の兵士を守ろうと剣を振るったが、体格に勝る魔物に弾き飛ばされ、逆に体の上にのしかかられた。もはやこれまでと思われた瞬間、オーガの顔から鮮血が舞い、魔物は悲鳴を上げて、手で右目を押さえた。美波が連続して放った風魔法。不可視の風の刃の一つが、オーガの片方の目を傷つけたのだ。

 この攻撃でひと息ついたヒト族側は体勢を立て直し、オーガを倒した。その後、ゴブリンの群れも退治され、なんとか当初の目的を達成することができた。


 依頼終了後、美波たちは約束よりも多額の謝礼金を、アレンから受け取った。不正確な情報により、想定外の魔物と戦うことになった件への謝罪の意味を込めたものだったが、その際、もうしばらくここに留まってくれないかという、追加の依頼がなされた。死者はなかったものの、アレン自身も含めて数名の負傷者が出てしまった。数名とは言っても、田舎の男爵領では大きな戦力減になってしまう。そのため、魔物退治の要員として残ってほしいというのだ。

 美波たちはこの依頼を了承し、その後の一ヶ月ほどを、領内に現れた魔物退治と、水魔法による負傷者の治療をして過ごした。そして追加依頼の期限が終わったところで、美波はアレンに求婚されたのである。

 どうやら、オーガに襲われた絶体絶命のピンチを救ってくれた上に、自らの負傷をかいがいしく治療してくれた(美波は水魔法のスキルも持っており、何度も彼の元を訪れて、ヒールの魔法を施していた)彼女に、アレンがベタ惚れしてしまったらしい。後に、追加の依頼をしてくれた時、そんな下心があったの? と美波が尋ねたことがあった。アレンは「そんなわけがないだろう」と否定したが、そう答えた時の彼はあからさまに目をそらし、落ち着きなく体を動かしていた。嘘は丸わかりだった。


 そんな彼のプロポーズを、美波は受けることにした。


 ここは都会から離れた田舎の男爵領で、決して豊かな土地ではない。また、男爵は貴族の一員ではあるが、その中では最も地位が低く、権力からも遠い存在である。だが、その分、穏やかな場所でもあった。この混乱の時代、旧カルバート王国領の中では、最も平和な場所の一つと言っていいだろう。なによりも、この一月のつきあいで、彼の誠実な人柄が、美波にはわかっていた。気がつけば美波自身も、少しずつ彼にひかれていたのだ。

 こうして、プロポーズから一ヶ月後、美波真奈はミナ・エメットとなったのだった(ただ、途中で呼称を変えると混乱するので、この物語では引き続き、「美波」と呼ぶことにしよう)。


 美波のパーティーメンバーも、この結婚を祝福した。そして彼女の結婚によって、美波たちのパーティーは解散することとなった。

 メンバーだった浜中康功と田原玲奈は、美波の結婚からほどなくして、元クラスメート同士で結婚した。今は、アレンの紹介で隣の子爵領の街に移り、浜中は街の衛兵となり、田原は薬師の下に入門して、薬の勉強をしている。

 美波が結婚を決めた時、「なんかショックだ~、オレ……」と言っていた松浦大和は、別のパーティーに加入して、今も冒険者を続けている。聞くところでは、そのパーティーの女性剣士といい仲になっているらしい。もっとも、「結婚式には呼ぶからな」と言われてからかなりの日数が経っているので、今どうなっているのか、少し不安ではあるのだが……。


 ──足下で、ピィという鳴き声が上がった。二羽の小鳥が地面を飛び立っていき、それとともに、美波の回想も終わった。

 思いのほか長い時間、ここに立っていたみたいだ、と彼女は思った。早く家に戻らないと、あの人が心配するかもしれない。それにしても、ちょっと前には思いもしなかったなあ。私が異世界に飛ばされた上に、こんなところで、家庭を持つことになるなんて……。


 そして、街に向けて歩き出そうとしたその時、突然、彼女の前に小さな光が現れた。


 光は次第にまとまって小さな球となり、そして少女の形へと変わった。輝きが収まった後には、手の中に納まるくらいの小さな女の子が、ふわふわと宙に浮かんでいた。緑色の服とスカートを身につけ、背中には透明な羽根のようなものも見えた。女の子は美波をじっと見つめると、こんなことを口にした。


「あれ? あなた、見たことがあるの。ユージのお友だちの人よね!」




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