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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第6章 死者の国篇
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二人の巨人

 それはまるで、二人の巨人のように感じられた。


 もちろん、それは錯覚だ。ぼくは「精霊術」のスキルを持っているから、精霊そのものだけではなく、彼らの操る魔力の流れも見ることができる。二人の回りを巡る魔力が膨大で、厚い層になっているため、それが巨人のように見えたんだ。

 巨人の中にいるのは、二人の精霊。とうとうぼくは、フロルたちを直接に見るところまでたどり着いたんだ。

 フロルのほうは、これまでも何度か見ることのあった、大人化した時の姿だ。1メートルほどの高さ浮かび、闇の精霊に悲しげな視線を送っている。対するラールは、地面に立ったままだった。髪は黒く、顔つきは白人に似ていて、身長は今のフロルとそれほど変わらない。たぶんだけど、普段ならフロルに負けないほどの、高貴な美しさを見ることができたんだろう。だけど、今の彼女の様子は、明らかにおかしかった。狂気を感じさせる、すさまじい形相でフロルをにらみつけ、不気味なうなり声まで上げている。とても、高位にある精霊の姿とは思えない。


 少しの間、二人は向き合ったまま静止していた。けど、これはどうやら、大きな攻撃を放った直後の小休止だったらしい。すぐに、彼女たちの戦闘が再開された。


 大きなうなり声と共に、ラールが地を蹴り、フロルに向かって突進した。はたで見ていても、いつ動いたのかわからないほどのスピードだ。そしてその勢いそのままに、フロルに殴りかかった。呪文を唱えての魔法攻撃でもなく、武器を持っての斬り合いでもない、単なる殴打。だけどこの攻撃は、魔法でもあり斬撃でもあった。というのは、彼女の腕は、ヒト族が使う高位攻撃魔法をしのぐほどの魔力をまとっていたし、腕が描く軌跡には、少し遅れてついて動く魔力の層が、まさに刃のような形になって、つながっていたからだ。


 だけど、ラールのこぶしと魔力の刃は、フロルの数十センチ手前で、動きを止めた。と同時に、強力な衝撃波が生じて、ラールは元いた位置まで吹き飛ばされた。ぼくはあわてて、顔を地面に伏せる。頭上を衝撃波が通り過ぎ、少し遅れて、猛烈な土煙が上がった。それは円を描いて、周囲へと広がっていった。

 その中心にいるフロルは、微動だにしていなかった。おそらく、彼女は障壁を張って、自分を守っていたんだろう。ストレアの迷宮で、ぼくとアネットをテンペストの魔法から守ってくれた、あの障壁だ。見た感じ、ダメージはまったくなさそうで、さっきと同じように、ラールの姿をじっと見つめている。ラールはすぐに態勢を立て直して、再びフロルに殴りかかっていった。


 そうして、今とほとんど同じ攻防が繰り返された。


 ラールが肉弾戦を仕掛け、フロルの障壁によって、はじき返される。このやり取りが、ただただひたすら、繰り返された。ラールの攻撃はまったく通じていなかったけど、彼女は疲れを知らないかのように、何度も何度も、挑みかかっていった。フロルはゆうゆうと防いでいるようにも見えるけど、別の見方をすれば、防戦一方だ。時々、申し訳程度に放つウィンドアローの魔法は、ラールには簡単に避けられてしまっている。

 ここは闇の精霊が住む、死者の世界だ。おそらく、ラールにとって有利な環境なんじゃないだろうか。例えば、周囲の魔素を取り込んで、魔力を好きなだけ使うことが出来る、とか。だから彼女は、あれだけ無茶な攻撃を繰り返すことができていて、フロルもそれを承知しているから、防御に徹しているんだろう。障壁の作成にだって魔力は使うはずだし、一撃必殺の攻撃を防御するのは、はたで見ているほど簡単ではないはずだ。


 それでも、フロルの防戦は、決して無意味ではない。彼女の戦いは、ラールの魔力を少しずつ削っていったはずなんだ。その証拠が、今ぼくがいるクレーターだ。これが、二人の魔力のぶつかり合いによってできあがったのは、まず間違いない。さっきの攻防では、そのかなり内側までしか、衝撃波の影響が及んでいなかった。

 この巨大なクレーターは、おそらく最初のころの応酬でできあがったんだろう。その後、ラールの魔力の減少によって、その影響する範囲はだんだん小さくなっていっていったんだ。そのおかげで、ぼくはここまで近づくことができた。


 でも、まだだ。ぼくはまだ、先に進まなければならない。


 今は、ラールの姿を目で捉えることができただけ。彼女の元にたどり着き、剣を立てられるところまで近づかなければならない。これは、ぼくを何度も助けてくれた、フロルとの約束だ。

 いや、それ以上に、この件を解決しないかぎり、アネットとのことにも、決着がつかないんじゃないか……なんとなくだけど、そんな気がするんだ。


 ◇


 あれから、どれくらいの時間が経ったんだろう。


 ラールの姿を目にした後、ぼくはほふく前進を再開した。進むにつれて、その一歩一歩は、より耐えがたいものになってきた。幾度となく襲ってくる、避けることのできない衝撃波のために、ぼくの体はダメージを受け続けた。ダメージ自体は、ポーションを飲めば回復できる。けど、その際の体の痛みは、防ぐことはできなかった。

 その上、衝撃波を受けるたびに、二人の精霊が扱う圧倒的な魔力の量を実感することになった。あんなものがこっちに向かってきたら、そしてその端っこだけでも直撃したら、ぼくはおしまいだろう。蘇生で生き返ったとしても、あんまり意味はなさそうだ。巨人に押し潰された虫けらが生き返ったとしても、もう一度押し潰されるだけなんだから。

 苦しかった。間違いなく、これまで生きていた中で、一番苦しい道のりだったと思う。けれどもなんとか、ぼくは一つ目の目標を達成した。


 ほんの三十メートルほど先に、ラールが立っていた。


 隠密スキルのおかげだろうか、ラールはぼくに気づいた様子はなかった。今も無防備な背中を、ぼくに見せている。一方、フロルからも目だった反応はない。ここまで念話がなかったのは距離が遠すぎたからだろうけど、アイコンタクトとかちょっとした仕草とか、そう言ったこともしてくれなかった。だけどフロルは、間違いなく、ぼくのことを認識しているはずだ。

 それというのも、ウィンドアローの魔法だ。さっきから散発的にフロルが放っているこの攻撃魔法は、ラールには簡単に避けられている。だけどおそらく、この魔法の目的はダメージを与えることではない。ラールにこれを避けさせることによって、彼女の位置を微調整しているんだ。フロルとぼくを結ぶ、直線上に位置するように。だからこそ、ラールはぼくに背中を向けているんだろう。


 ただ、問題はこの先だ。三十メートルとなると、ラールに直接剣を届かせるには、まだまだ遠い。「縮地」スキルを重ねがけしたとしても、ちょっと足りないくらいだ。三段掛けをすれば届かないではないけど、そうするととんでもなく激しい頭痛が起きてしまい、肝心の剣の方に神経を向けにくくなってしまう。

 だったらもう少し前に行くべきなんだけど、近づけば近づくほど、衝撃波によるダメージは加速度的に強くなっていく。これ以上進むのは、かなり難しい。実際のところ、ぼくはしばらく前から、まったく前に動けていなかった。同じ場所にひれ伏し、何もできないまま、衝撃波のダメージだけを食らっている。くそ、ここまで来て、何もせずにやられるなんて嫌だぞ。けど、だとしてもいったい、これからどうすれば──。


 この時、一瞬だけ、フロルと目があったような気がした。


 ラールが攻撃し、フロルが障壁で防ぐ、うんざりするほど繰り返されたパターンの中。フロルはここで障壁を張るのではなく、一つの呪文を詠唱した。

「《ウィンドアロー》」

 風魔法の攻撃呪文だ。けれどこれには、今まで使っていたウィンドアローとは比べものにならないほどの、強い魔力が込められていた。カウンター気味に放たれた攻撃に、ラールはとっさに対応できず、まともに魔法を食らってしまう。そして、いつもより長い距離を吹き飛ばされた。まっすぐ、ぼくの方に向かって。彼女までの距離は十メートルほど、ここしかない。ぼくは、聖剣を鞘から引き抜き、「縮地」のスキルを発動しようとした。けど、その時。


 ラールの頭が、ぼくの方を振り向いた。




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