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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第6章 死者の国篇
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見たことのない笑み

 霧となって消えてしまったセバス、そしてベルトラン。今は、セバスが立っていた地面に大きな剣戟の痕がついている以外は、何も残っていなかった。


 これも、きれいな成仏、と言うやつなんだろうか。生きている時は山賊をして、さんざん悪事を重ねてきたやつが、最後だけきれいに消えてしまうのは、ちょっと納得いかないような気もする。けど、これがこの世界での『終わり方』なんだ。善や悪なんて区別のない、単なるおしまい。無常にも見えるし、最後に自分の望みをかなられる(かもしれない)機会がもらえるだけ、優しいと言えるのかもしれない。けど、たぶんこれはそんなことを意図しているのではなくて、ただの仕組みというか、在り方なんだろう。解釈は、いろいろとつけられるかもしれないけど。


 セバスを両断したあとも、ビクトルは剣を構えたまま、セバスがいた場所をにらみつけていた。

 西洋剣術には剣道で言う残心のようなものはない、と聞いたことがあるけど、まるでその残心をとっているかのようだった。いや、これは敵を倒した後も、警戒を解かないでいるだけなのかもしれない。そういえば、日本剣道の残心も、もともとはそう言う目的のものだった、なんて話も聞いたことがあるな。うろ覚えだから、間違ってたらごめんだけど。

 しばらくの間、そうしていたビクトルだったけれど、やがてその構えを解き、剣先を地面に下げた。そして、ゆっくりとぼくの方を見た。


 え、ちょっと待った。もしかして、今度はぼくとやるつもりなの?


 そういえば、さっきのセバスは、なんていうか今さらだけど剣に目覚めた、みたいなことを言ってたな。生きてる時はかなえることができなかったかつての夢を、ここでかなえたい、みたいな感じで。ビクトルは「剣神」で、いうまでもなく剣の道に生きた人だった。彼の死が志半ばのものだったとしたら、彼の「死の直前に胸に刻まれた思い」は、その道をさらに進んでいきたい、だったのかもしれない。今さっきの戦いも、騎士団長としての山賊討伐が目的ではなく、剣の死合をしたかっただけなのかも。

 そして今、彼の前には、剣スキルのレベルだけは高い、ぼくが立っている……。

 勘弁してよ。そういうのは死者と死者の間で、後腐れのないようにやってください。

 けど、もしもそうなったら、どうやって逃げればいいんだろう。この人に、隠密とか投擲なんてスキル、通用するんだろうか。ただの目くらまし、時間稼ぎ目的だとしても、まったく通じる気がしない。っていうか、戦いが始まったら、その時点で負けが確定、になりそうだ。

 あ、でも死合が目的なら、一度倒した相手であれば、見逃してくれる可能性もあるかも。殺された後で生き返ったら、どもー、お疲れでしたー、で終わりにしてくれないかなあ……。


 なんて考えていると、ビクトルは厳しい顔つきのまま、ゆっくりと剣を鞘に納めた。ぼくは、ちょっとほっとした。

「だ、団長……お疲れ様です。お見事でした」

「うむ」

 ただ黙って立ってるのも変な気がしたので声をかけてみたんだけど、ビクトルは短く答を返しただけだった。そのまま、沈黙の時間が流れる。そうしていると、まただんだんと、緊張が高まっていくような気がしてきた。なんか、まずいかなあ。ちょっと焦った感じになって、ぼくが再び口を開こうとした時、

「去れ」

 ビクトルが再び、短く告げた。そして続けて、

「先ほどの賊も口にしていたが、この私にも、剣を振るってみたいという思いがある。いや、それは思いというよりも、ほとんど衝動のようなものだな。この世界のどこかにいるだろう、強き敵と戦って、剣の道を究めていきたい。さらにさらに、先に進まなくてはならない、という……。

 だが、その相手はおまえではない。以前よりはかなり力をつけたように見えるが、剣の腕はまだ未熟だ。他にもいろいろと策は持っているのだろうが、それは私にとっての本筋ではない。それに」

 ビクトルは少し間を開けて、

「おまえには借りがあるからな」

 こう付け加えた。驚いたことに、彼の唇には、ぼくが見たことのない、薄い笑みが浮かんでいた。

「借り、ですか?」

 ぼくは首をひねった。

 この人に何か、貸しにしてることがあったっけ? あ、あれかな。王城の狭い部屋で、ぼくを後ろから刺し殺した時のことかな。たぶん魔道卿のじいさんの命令だったんだろうけど、それにしても、いきなりのあれはひどかった。それとも、オーガの変異種と対戦した時、ぼくを守れなかったことだろうか。あれも、この人の命令でついていったら殺されてしまったんだから、なんていうか使用者責任? みたいなのはあると思う。

 けど、ビクトルが口にしたのは、それとはまったく別の話だった。

「うむ。あの時の戦いで放つことができた、あの一撃……おまえはさっきの剣を見事と言ったが、真の『切り落とし』はこんなものではない。先ほどの剣は、あの時の一撃にも、はるかに届いていなかった。まだだ。まだまだ、道は遠い。さらに一層、武の技を磨いていかなければ……。

 だがそれでも、この技をここまでの形にできたのは、おまえのおかげだ。礼を言っておく」

 ビクトルはこう言って、なんとぼくに向かって、小さく頭を下げてきた。ぼくには何の話か、まったくわからなかった。


 けどまあ、いいか。


 せっかく、見逃してくれると言っているんだ。ここは素直に、従っておくことにしよう。今の言い方からすると、本当はぼくと戦ってもいいんだけど、特別に許してやる、みたいな感じだし。戦わなくていいなら、その方が断然いい。

「では、失礼します」

 ぼくは一礼して、その場を立ち去った。

 その途中、一度だけ後ろを振り返ってみた。ビクトルは、ぼくが進むのとは反対方向に、ゆっくりと歩いていた。その後ろ姿は次第に小さく、薄くなっていき、やがて溶けるように、暗闇の中に消えた。


 ◇


 その後、しばらくは何事もなく進んだ。フロルにときおり、

<もう少し右に……そう、そのまま、まっすぐです>

などと指示されて、進む方向を微調整するくらいだ。出てくる魔物や死者の姿も、ぼくが思っていたほど多くはなく、戦闘はほとんどせずに済んだ。


 まあ、この異界では、死者たちは基本的に、自分が関係した死者や生者のほうへ向かっていくことが多いらしいからね。現世でぼくが殺したヒトは山賊くらいだし、魔物はたくさん倒したけど、知能が高くてここにて現れてきそうなやつって、そんなにはいなかったと思う。こう考えてみると、ここで最初に戦ったブラックエイプは、例外だったのかな。例えばヒトに相当な恨みを持っていて、「ヒト族なら誰でもいいから」と襲いかかってきた、とか。

 あ、待てよ。マザーアラネアがいたな。迷宮の最深部にいた、あのクモの魔物だ。あいつの知能が高かったかどうかはよくわからないけど、魔物の格としては、まさしく別格だった。あんなのが出てきたら、どうしよう。フロルが協力してくれなかったら、逃げるしかないよな……。隠密スキルをオンにしておけばだいじょうぶじゃないかとも思ったんだけど、フロルが言うには、死者が関係者を「感じる」仕組みは生者の感覚とは全く違うものなので、隠密スキルは通じないんだそうだ。


 ぼくは探知の範囲を最大にして、十分に注意しながら、異界の中を進んだ。


 幸い、マザーアラネアのような化物は現れなかった。けど、ある意味もっと意外なものに、出くわすことになった。探知スキルに注意を向けすぎていたのも、良くなかったかもしれない。このスキルでは拾えないものがあることを、ぼくは忘れていたんだ。

 だから、それに気づいた時、ぼくは思わず声を上げてしまった。

「うえっ、これは……」

 そこにいたのは、四人の冒険者たち。いや、正確に言うと。


 四人の冒険者の、死体だった。



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