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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第6章 死者の国篇
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ラールという精霊

 暗闇を進むうちに、少しずつ目が慣れてきた。


 このくらいの暗さならいけるかな? と思い、「ライト」の魔法を消して、「暗視」のスキルをオンにしてみた。視野が赤外線カメラの映像みたいになって、感覚的にちょっと戸惑うけど、慣れればなんとかなりそう。魔法を常時使い続けるのも面倒なので、この方法で進むことにしよう。けど、光がまったくないところだと、たぶん暗視のスキルでも、見ることはできないよね。これは「頭の中に像が浮かぶ」のではなく、目で見ているものが明るくなる、というスキルだから。と言うことは、どこかに光の元があるのかな。

 空を見上げてみたけど、太陽や月はもちろん、一つの星も浮んではいなかった。そこにあるのは、ただただ黒く塗りつぶされた、遠くなのか近くにあるのかもわからないほどの、真の闇の姿だ。そもそも、あれって「空」なんだろうか。なんとなくだけど、あそこにあるのはそう言うものじゃなくて、閉じられた空間の上の方、に過ぎないような気がする。

<ねえフロル。ここって、太陽とか星はあるの?>

<ありません。ここは、いわば地下だけで成り立っている世界です。地下と言っても、現世のそれとは違って天井などはありませんし、地上に出ることもできませんが>

<天井のない地下?>

<ええ。そうですね……マレビトの方は、この星が球の形をしていることは知っているんでしたね? 球形の星では、どれだけ地上を動いても、地の果てにたどり着くことはできません。それと同様、この世界では、いくら上に上がろうとしても、天井にはつけないんです。いつのまにか、地表に戻ってきてしまいます>

 こう話した後で、わかりづらいかもしれませんが、とフロルは付け加えた。あー、もしかしたら、ここはものすごく狭い宇宙、みたいなものなのかな。宇宙は有限だけど、「果て」はない。果てを求めてロケットでいくら「まっすぐ」に進んでも、空間自体が歪んでいるから、その進路は自然に「曲がって」しまい、宇宙の端、なんてものに着く事はできないんだ。たぶん、この異界も同じなんだろう。どんどん上に登っていっても、どこかで横を向いてしまい、異界の空をぐるぐる回るだけになってしまうんだろうな。

<でも、星がないなら、どうしてものが見えるんだろう。空は真っ暗なのに、近くあるものは、かろうじて目で見ることができるよね>

<それは、地面がわずかに光っているからです。異界には太陽はありませんが、魔素だけは現世よりもはるかに潤沢に存在します。そのため、土の中に散らばっている発光石の細かい粒が、光を放つんです>

 そう言われて改めて見てみると、ぼんやりとした光の元は、確かに地面そのもののようだった。なるほど、そういう仕組みだったのか。そう思いながら周囲を見まわして、ぼくは改めて思った。


 それにしても、何にも無いところだな。


 ここまでしばらく歩いたけど、目に入るのは大小の岩と土だけ。他には本当に、何にも無い。生き物どころか、風さえもない、これ以上ないくらいに、殺風景な景色だった。行ったことはないけど、砂漠にだってもっと何か、少なくとも動くものはあるんじゃないかな。まあ、だからこそ、ここは「死者の国」なんだろうけど。

<進む方向は、これであってるの>

<はい。このまま進んでください。私にはあの子のいる場所が感じ取れますから>

 フロルは答えた。フロルのいう「あの子」とは、ラールのことだ。

 この異界を(つかさど)るという、闇の大精霊ラール。念のため言っておくけど、「闇」だからと言って、「悪」であるわけではない。ただ、光の無い場所をその領域としているから、闇の精霊と呼ばれるだけだ。また、「司る」とは言っても神様のような存在ではないので、その世界を支配したりしているわけでもない。現世の精霊と同様、闇の精霊たちも、そのへんをふわふわと漂うだけで、世界の物事には基本的にノータッチなのだそうだ。

 ただ、基本があれば、例外もあるわけで。

<で、その大精霊のところに行って、そいつを倒してしまえばいいんだね>

<はい。それで、今回の事態は収まると思います>


 ぼくたちが入ってきた「裂け目」、あれは正確には裂けているのではなく、現世と異界が交わり、重なり合っているところだ。この二つは、通常では交わることはないんだけど、両者は遠くに離れて(この「離れて」も直線的な距離のことではなくて、なんていうか「存在する次元」みたいなものの「近さ」、らしい)いるわけでもなくて、薄皮一枚隔てて隣り合っているのだそうだ。だからこそ、現世の死者の霊魂が、死者の国に行くことができる。

 ところが、その近さのために、二つの世界がぶつかってしまうことが、時々あるらしい。そんな時、世界が重なっている場所に、裂け目ができてしまう。そこは両世界に共通の領域なので、そこを通じて、二つ世界を行き来できるようになってしまうんだ。

 この裂け目は、通常であれば、すぐに小さくなって消えてしまう。それは、坂道にボールを置けば自然に下へ転がっていくのと同じような、いわば世界そのものの性質だ。普通なら一日か二日、長くても一週間程度で、裂け目は消えて無くなる。ところが今回は、そうなっていない。裂け目が見つかってから2週間たっても小さくはならず、それどころか、少しずつ大きくなっている。何らかの異常が、異界に起きているからだ。そして今回、その異常を起こしているのが、大精霊であるラールなんだそうだ。


<大精霊は神ではありませんが、世界を司る存在でもあります。例えば今回のような裂け目が現れた時、私たちは世界に働きかけて、修復を手助けすることがあるんです。おそらくあの子は、それとは逆のことをして、二つの世界を積極的に重ね合わせようとしているんでしょう>

<フロルは、そのラールって言う精霊を知ってるの?>

<そうですね。古い知り合い──ヒト族には、おそらくは想像もつかないだろうくらい、古い知り合いです>


 フロルは、なんだか懐かしげな感じで、つぶやいた。つぶやくと言っても念話なんだけど、そのあたりのニュアンスは、なんとなく通じてくれる。


<知り合いなんだ……そんな相手を、倒さないといけないわけ? 話し合いとかで、なんとかならないのかな>

<残念ですが、それは無理です。あの子は既に、正気を失っています。以前に会った時も、私の言葉はなにひとつ通じず、いきなり攻撃してきたくらいですから>

<知り合いを、いきなり攻撃? それじゃあ、話し合いなんてできないね。それにしても、ラールはどうして、そんなになってしまったんだろう>

<それは……ヒト族の作り出した、歪な魔素のためです>

<歪な魔素?>

<はい。かつて、ヒト族は高度な魔法文明を持っていました。そこでは人工の迷宮や自動装置を備えた魔法都市など、華やかな世界が築かれていたのですが、その基盤となっていたのは、自然にあった豊富な魔素でした。ヒト族の魔導師たちは魔素で動く魔法装置を作り出し、その力によって、この文明を実現しました>

<ああ。なんか同じような話を、イカルデアの城の地下で聞いたことがあるよ>

<ですが、その装置には重大な欠陥がありました。装置は魔素を完全な形で消費するのではなく、一部しか利用できなかったため、その残渣を排出してしまっていたのです。

 その残渣は、魔物や精霊が使うこともできなければ、自然に消えていくこともない、歪に変形した魔素でした。私たち精霊からすれば、そこにあるだけで体がおかしくなる、毒のような存在だったのですが、当のヒト族には、その歪さが感じ取られないようでした。そのため、装置の改善などは行われず、それは次第に世界中に蓄積されていきました。ついには精霊の存在そのものを、脅かし始めたのです>


 産業廃棄物というか、環境破壊的なものなのかな。そういえば、フロルは以前、魔素のゴミくずみたいなのがあるからグラントンの迷宮に入るのは嫌だ、なんて言ってたっけ。あの人工迷宮もかつての魔法文明の遺産らしいから、今でも、その歪な魔素というものを作り出しているのかもしれない。


<幸い、ヒト族の魔法文明は比較的短い期間で衰退し、現在も動いている魔法装置は、数少なくなっています。それでも、少ないながらも排出はされていますし、それまでに蓄積された残渣はそのままです。この問題に取り組んだのが、ラールでした。

 ラールは、歪になってしまった魔素を利用できる魔法の術式──あの子は、『浄化』と呼んでいましたね──を組み上げ、それを発動することで、この歪な魔素を消費することに成功しました。あの子の活動によって、この魔素の濃度は次第に減少することになり、今では、魔法装置の周辺以外では、ほとんど感じられないほどになっています>

<そうなんだ、よかった。あれ、でもだとすると、ラールはどうして……?>


 フロルは悲しげな表情を浮かべた。いや、実際にはぼくの体の中に入ったままなんだけど、彼女の悲しげな顔が見えたような気がした。


<浄化の魔法を発動するには、どうしても、問題の魔素に接近しなければなりません。魔法というのは、近くにある魔素を利用するものなのですから。そしてその魔素は、近づくだけで私たちをおかしくする、精霊にとっての毒なのです。もちろんあの子も、自分の中に取り込まないよう、気をつけてはいたと思います。ですが、何度も浄化の作業を繰り返すうちに、気づかないうちに体に蓄積していったんでしょう。

 ある日、大きな浄化魔法を放ったあの子は、その直後に意識を失いました。しばらくして目を覚ましたあの子は、まるで別人のように凶暴になっていて、見境も無しに周囲に攻撃魔法を放つようになったのです。それを止めようとした私と戦いになり、その戦いは痛み分けに終わって、私たちは二人とも傷を癒やすために、眠りに入りました。

 ユージと出会ったのは、その後のことでした>

<そうだったんだ……>


 ぼくはうなった。そういえば、フロルをハングリーフラワーから助けた時、「すっごく大きな敵と戦っていて、疲れてたの」みたいなことを言ってたっけ。あの時は、こんなチビが何言ってんだ、くらいに思ってたんだけど、大人モードのフロルが戦って苦戦したのなら、相手は大精霊クラスでもおかしくないのか。

 だけど、今の話からすると、ラールって精霊は、どっちかというと被害者だよね。あるいは、危険なものを止めようとしてケガをした、善意の第三者。そんな相手を、倒さなくちゃいけないのかなあ。フロルだって長いつきあいみたいだし、相手を「あの子」と呼ぶくらいには、親しくしていた感じだし。


<ねえ。この裂け目って、放っておいたらどうなるの?>

<放っておいたら、ですか? そうですね。仮に、このまま裂け目が大きくなるとしたら……現世と異界の双方に、莫大な被害が出るでしょう。なにしろ、存在する二つの世界が、重なり合ってしまうんです。大地同士がぶつかり合ってめくり上がり、その上にあるもの、それどころか大地そのものが、大きく破壊されるでしょうね>


 あ、そうか。裂け目は単なる入り口じゃなくて、二つの世界がぶつかっているんだっけ。世界というより、二つの惑星が衝突したみたいな騒ぎになるわけか。となると、やっぱり放っておくわけにはいかないよな。


<狂ってしまった意識の中で、あの子は無意識に、この世界を破壊しようとしているのかもしれません。自分がこうなった原因である現世、特にヒト族の存在を滅ぼしてしまおう、と。それを防ぐには、あの子を倒すしかありません。

 ああ、安心して下さい。私たち精霊は、倒されても消えるわけではないんです。存在すること自体が、世界の(ことわり)のようなもの。死んでも、また幼い姿で蘇ります。その際には、あの子に起きている異常も、治っているはずです>


 フロルは言った。たぶん、フロルの言うとおりなんだろう。他に方法があればいいけど、こればっかりは、いったいどうすればいいのか、まったく想像もつかない。フロルの言うのが唯一で、最善の手段なんだろう。そう信じることにしよう。

 それよりも、その大精霊をぼくたちで倒せるかどうか、そっちの方が問題だよな。

 と、ここでフロルが、急に話を変えた。

<ところでユージ、気がついていますか>

 ぼくはうなずいた。


<うん。どうやら、何か来たみたいだね>




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