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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第5章 狂騒の王都篇
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江戸の軍学

 ぼくたちは再び階段を降りた。そこに並ぶ半球の容器の間を通り過ぎ、操作盤の前へ進む。でも、ぼくが用事があったのは、そこではなかった。その隣にあったドアを開けると、狭い部屋の中に白い椅子のようなもの──っていうか、はっきり言ってしまえば、便座が設置されていた。上の階にもあった、トイレだ。ぼくは言った。

「メイベルさん。この部屋、他とはちょっと違ってませんか?」

「もちろん、違っています。ここには、魔法障壁関連の魔道具は設置されていません」

「そういうことじゃなくてですね。なんていうか、単純な見た目の話なんですけど」

 メイベルは軽く首をかしげて、

「そうですね……。強いていうならですが、少し、壁の色が濃いかもしれません」

「そう、それ。色と、それから壁の質感も、ちょっと違ってますよね。つまり、壁の材質が違うんです。もしかしたら、ここだけ後から増築というか、改築したのかもしれません。

 当初はそれほど多くの人が、ここで働く予定ではなかった。それが、どういうわけか事情が変わって、たくさんの人が詰めるようになった。そのために、後付けでトイレが必要になったのかもしれません。まあ、本当のところはどうなのか、わかりませんけどね」

「かもしれませんが、それが何か?」

「つまりですね」

 ぼくは白い便座を指さして答えた。

「もしかしたら、ここには弱点があるかもしれない、ってことですよ」


 日本のどこかのお城で、こんなことがあったそうだ。それは江戸時代の後半に作られた城で、当時の軍学に基づき、表門から本丸までの道を長く、曲がりくねったものにした。そうしておけば、敵が城に攻め込もうとした時に見通しが悪くなるし、城からの迎撃の機会が増えるからね。このあたりは、お城を扱ったTV番組なんかでもよく聞く話だろう。

 ところが、その城は、登城のための道をあまりにも長くしてしまった。それがひどく不便だったため、後で表門とは別に、勝手口のような裏門が作られてしまったんだ。距離も短く、間に門なども少ない、ほとんど外部と直結しているような道を。もちろん、日常生活にはこちらの方が便利だった。たぶん、武士が正式に登城する時には正面の長い道が使われたけど、その他の日用では、裏口の方が使われたんだろう。

 やがて、泰平の時代が終わり、幕末の動乱期になった。この城でも戦いがあったけど、敵兵は当然ながら、正門ではなく裏門の方から攻め込んできた。そのため、城はほんの一日か二日で、落城してしまったという……。

 ちなみに、これはちょっと聞いたら、裏門を作ったのがバカだと思ってしまいそうだけど、「道は長くすればいい」というのもダメな方針だと思うんだよね。教条的に、むやみに長い道を作って、失敗した例だと思う。江戸時代って、基本的に平和が続いた時代だからね。そんな時代が二百年も続いたら、軍学が変になってもおかしくはない。


 あ、もちろん、このトイレに文字どおりの裏口があるわけじゃないよ。けど、なにかしらの無理というか、歪みというか、当初の設計思想とは違ったものがあるかもしれない、と思ったんだ。たとえば、トイレを作ったなら、壁に穴を開けたり、配管を通したりしただろうから、そのあたりに……それに、壁の材質が違うくらいだから、最初に作ってから改築するまで、かなりの時間が経っているはず。そして、材質の違いを気にしないくらいだから、それほど綿密な工事ではなく、けっこうなやっつけ仕事だったかもしれない。

 まあ、あくまで可能性なんだけど。


 考えてばかりいてもしかたがない。まずは試してみよう。ぼくは腰に差した聖剣を抜いた。

 まずは、この剣でトイレの壁を思い切り切りつけてみた。その結果はというと、壁を壊すことはできなかった。固いような固くないような、なんていうか、すっごく柔軟性のあるゴムを切ったような手応え。切った跡を見ると、確かに一本、傷は入っているけど、破壊にはほど遠い状態だった。

「壊せませんでしたね」

 メイベルが首を振った。どうやら、彼女は気がついていないらしい。

「さっきの壁も、ゴーレムの光線を受けても傷がつくくらいで、完全に壊れはしませんでしたからね。でも、良く見てください。さっきとは何か違っていませんか」

「?」

「今つけた傷、直っていないでしょう?」

「……ああ」

 メイベルは軽く目を見張った。ぼくは続けて、

「この迷宮の壁には、自己修復機能があるんです。グラントンの迷宮でもそうでしたし、さっきの部屋でも、ゴーレムの光線でえぐられたようになった壁が、少しずつ元に戻っていました。ところが、ここの壁は直らない。たぶん、後から作られたので、そうした機能をつけられなかったんです」

「では、この壁を壊して、そこから外に出ようと?」

「それでもいいんですけど、本命はこっちです」

 ぼくは聖剣を鞘に納めて、便座を指した。そして、マジックバッグからあるものを取り出して、メイベルに示した。

「メイベルさん、これの使い方って、わかります?」

「これは……!」

 メイベルは、彼女にしては珍しく、驚いた表情をした。ぼくが手にしたのは「自爆玉」だ。このバッグに入っていた、いかにも危なそうな、けど使い道のわからなかったアイテム。さっき、メイベルが並べた爆弾に、外見はよく似ている。彼女なら、使い方を知っているかもしれない。それに、爆弾だと大きすぎてトイレの排水管の中に入らないけど、これならサイズ的にはぴったりだし。

「一体、どこでそれを?」

「手に入れたマジックバッグに入ってたんです。これもさっきの爆弾みたいなものだと思うんですけど、どうやって起爆させるのかわからなくて。できれば、この便座の中に入れて、水を流したタイミングで爆発させたいんですけど、そういうことってできますかね?」

「……そうですね。これには時限装置のようなものは着いていませんから、起動したら2、3秒後に爆発すると思います」

「どうやって起動させるんです?」

「単純に、この玉に魔力を流すだけです。私がやりましょうか」

「お願いします」

 自爆玉をメイベルに渡して、ぼくは土魔法の呪文を詠唱した。便座の周りに土壁を作り、自爆玉の大きさの穴だけ残して、周りを囲んでしまう。爆発の圧力を、できるだけ逃さないように。そして、起動した自爆玉をメイベルが穴に投げ込むと、急いで水を流し、土壁に残した穴もふさいだ。

「早く、外に!」

 ぼくたちは急いで、トイレから飛び出た。ドアを閉めたとたん、ドアの向こうからボン、という低い爆発音と、なにか重いものが壁にぶつかるような音が響いてきた。そしてそれきり、しんと静まりかえった。


 少し待ってからドアを開けると、部屋の中は土壁の欠片と、白い陶器の破片のようなもので一杯だった。便座は、こなごなに壊れてしまったようだ。そして、その便座のあった位置には、大きな穴が空いていた。

 水を通す穴自体は、小さいものだったんだろう。だけど、その周りの壁板が爆発でめくれ上がって、その向こうに大きな空間が見えた。中をのぞき込むと、その先は縦横数十センチ、奥行き1メートルほどの空洞になっていて、中にはねじ曲がった排水管と、何かの機械らしきものの残骸が転がっていた。

 たぶんこの空洞は、水を作って外に流すための装置を据え付けるために、用意されたスペースなんだろう。空洞の向かい側には、もう一つの壁があった。そちらの壁も一部が壊れて、その向こう側が少し見えていた。そこには茶褐色のものがあり、その一部が空洞の中にこぼれ落ちていた。土だ。

「この壁の向こうに、土が見えます。トイレの水は、どこかに流さなければ行けませんからね。流すとしたら、下水道でしょう。つまり、外に通じているんです」

 ぼくはメイベルを振り返って、こう言った。

「外にある土は、土魔法で動かすことができると思います。この穴から、外に出ましょう」


 ただ、そこまで行くには、手前にある壊れかけの壁を取り除かなければならなかった。自動修復こそないものの、壁材自体は、やっぱり頑丈な材料が使われていた。ぼくはやむを得ず聖剣を抜き、のこぎりのように押したり引いたりして、少しずつそれを削った。ぼくの手に渡ってからというもの、この聖剣も大活躍だな。納豆をかき混ぜたり、下水用の穴を広げたり……。

「それにしても」

 結果的にはうまく行きそうだけど、この方法が気が進まなかった理由の一つは、結局トイレ絡みなのかよ! というツッコミが、ぼくの中からわきおこったからだった。そして、そして、それとは別の、もう一つの理由が。

 ねじ曲がって、元の位置から外れてしまっている排水管を見て、ぼくは小さくつぶやいた。

「さっき、大きい方をしなくて、良かったなあ……昨日した分は、たぶんきっと、もう処理が終わってるよね?」



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