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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第5章 狂騒の王都篇
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かわいそうな子

 光に包まれたユージが、王都イカルデアの路地裏から姿を消した、その頃のこと。


 風の精霊フロルは、イカルデアの中央広場の近くにいた。ユージのそばから離れて、広場の端に連なっている屋台の数々を眺めていたのだ。おなじみの串焼きを初めとして、ソーセージ、揚げパン、果実水、やや鮮度の落ちた果実やドライフルーツ、色だけは紅茶にそっくりなハーブティー、ケバブのように肉を薄切りにしてナンのようなパンにはさんだ、サンドイッチの一種……。

 屋台のそばでは、本物かどうかは定かではない、貴金属を売る露店などもあった。が、フロルはそんなものには目もくれず、食べ物を売る屋台を見て回った。人指し指を口にくわえて空中をただようるその姿は、とても大精霊とは思えない。が、この近くには精霊術を修めた術者はいなかったから、霊体化している彼女の姿を見るものはなかった。フロルは思う存分、屋台の周りをふらつき、肉の焼き上がるさまを見つめていた。


 と、フロルは急に動きを止め、首を背後に回した。視線をある一点に固定したまま、ゆっくりと体を旋回させて、後ろに向き直る。そして、こてんと首をかしげた。


<あれ? ユージ、どこに行ったの?>


 フロルと彼女の契約者であるユージの間には「パス」、一種の魔力的な回路がつながっている。それによって、相手の居場所や体調、大雑把な感情など、ある程度の状態を知ることができる。ところが、ほんの一瞬だけ、そのパスが途切れてしまったように感じられたのだ。

 フロルはもう一度首をかしげて、改めてパスのつながりを確認した。するとユージは、彼が先ほどまでいたはずの路地から、遠く離れた場所にいることがわかった。フロルは、ユージが消える直前、彼がいたあたりで妙な魔力の高まりがあったのを思い出した。どうやら、何らかの魔法によって、ユージは連れ去られてしまったらしい。


<そういえば、このあいだから、体が時々むずむずすることがあったのよね。魔力で体をなでられてるみたいだった。あれは、ユージを探していたのね>


 フロルは腕を組み、わかったような顔でうんうんとうなずいた。ほとんど当てずっぽうのような考えだったのだが、結論だけを見れば、これは当たっていた。この時、「勇者」スキルの持ち主を探すために、パメラ王女が定期的に「サーチ」の魔法を実行していた。その魔力を、精霊であるフロルは感じ取っていたのである。

 フロルは手を額にかざして、ユージが今いる方向を見た。それは街の中に設けられた高い城壁の向こう、ヒト族が「王城」と呼ぶ建物の中だった。


<また、あんなところにいる。ユージもだけど、ヒトってよく、あんなところにいられるのよねえ。あんな、気持ち悪いところに>


 フロルはまた腕を組んで、額に小さな縦じわを浮かべた。


<どうしよう。行ってあげた方がいいかな? でも、あそこって気持ち悪いし。それにユージなら、何があってもだいじょうぶだと思うし……>


 まぶたを閉じ、小さく首をひねる。イカルデアには、精霊が嫌う魔素の廃棄物、フロルの言う「魔素のゴミくずみたいなもの」が漂っていた。だからフロルはこの街があまり好きではなかったのだが、特に王城の周辺ではその濃度が高く、それはどうやら城の地下から漏れ出しているようだった。

 しばらく悩んだ末に、フロルは決断を下した。


<まあ、今回はいいにするの>


 何があってもだいじょうぶなら、無理して行くこともない。無理をして行ったら、わたしのほうがおかしくなっちゃいそうだし。それよりも今は、さっきの屋台で焼いていた、魚を真っ二つにして乾かして固ーくした、あの変な食べ物がどうなってるのか、そっちの方が気になるし……。

 そして、ヒト族が「干物」と呼ぶ、王都では珍しい食材を売る屋台に近づこうとした時、フロルはまたしても硬直した。


<──!>


 驚きの表情を浮かべ、ギギギと音が鳴りそうなぎこちない動作で、首を後ろ方向にひねる。今度視線を向けたのは、ユージがいる方向ではなかった。王城から左にずれた、北東の方角。ただし、フロルが見つめているのは、そこに広がる王都の街並みなどではない。そのはるか先、草原を越え森や山を越えた先にある、北の大地だった。その荒涼とした景色の中に生じた、歪な気配──。

 数秒後、フロルははっとした顔になって、硬直から脱した。


<た、たいへんなの! ユージに知らせなきゃ。ユージに、手伝ってもらわなきゃ>


 わたわたと手足を動かして、王城の方向へ進もうとする。だが、次の瞬間には


<あ、だめなの。わたし、あそこには行っちゃいけない>


と急停止した。が、また少し経つと、再び顔を上げて、


<やっぱり行かなくちゃなの!>


 そして再び……。

 こうして、百面相をしながらの発進と急停止を何回か繰り返した後、唐突に彼女の体が光り出した。

 その光が収まると、小さな女の子がいた場所には、美しい大人の女性の姿があった。長い髪の毛は腰まで届き、背中には光の羽根が浮かんでいる。久しぶりに本来の姿に戻ったフロルは、北東方向に顔を向けて、さきほど感じた気配の元を凝視した。


<間違いなく、空間に歪みが生じていますね……わずかに黒い波動も感じます。あの子が、目を覚ましたのでしょう。ですが今なら、私だけでもなんとかできるかもしれません。急がなくては>


 だがフロルは、すぐにはその場を去ろうとしなかった。自分とつながっているパスが示す方向に視線を向け、しばし逡巡する。その末に、


<ユージ……あなたなら、だいじょうぶのはずです>


 そして、まさしく風のようなスピードで、その場から姿を消した。

 広場を去る直前、フロルはこんな言葉をつぶやいていた。


<……かわいそうな子>



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