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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第4章 勇者と聖剣篇
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確信した勝利

 白河は息を飲んで、柏木の元に駆け寄ろうとした。だが、それはできなかった。部屋の中から、奇妙な音──ぴちゃり、と、なにか湿ったものがぶつかるような音が聞こえてきたからだ。


 何かが、いる。

 白河は廊下に立ったまま、魔法杖を構えた。相手は魔族か、魔物か。あるいは、女二人だけの旅を狙った盗賊だろうか。白河は様々な可能性を想定し、倒れている柏木をどうやって助け出すかについても考えを巡らせながら、まばたきもせずに部屋の中を見据えていた。すると、奥の暗がりから溶け出すように、そのモノは現れた。

 それを見た白河は、魔法を唱えることも忘れて、呆然と立ち尽くした。

 それは、「ユージ」だった。

 全体の姿形も、着用している革鎧も、迷宮最深部で溶岩に落ちたはずの、ユージそのものだった。革鎧の腰から下は失われ、ぼろきれが下半身を覆っているが、それでも間違いようがない。元の世界で、同じ学校に通ったクラスメートの顔が、目の前にあるのだから。

 ただし、その表情は、生きている人間のそれではなかった。口は力なく開かれ、同じく開かれたままの両眼はまったく別の向きを向いて、視線は中空をさまよっている。そして、その顔や、鎧が失われた部分の皮膚はところどころが焼けただれて、一部では肉がはがれていた。

 腐敗臭と、肉の焦げたような臭気が鼻をついて、白河は思わず後ずさった。


 ユージの形をした者は、二本の腕を前に突き出したまま、足を踏み出した。はがれた肉が動いて、ぬらぬらとした肉を叩く。先ほど聞こえた奇妙な音の正体は、これだったらしい。白河はそのおぞましさにぞっとして、また一歩退いてしまった。こめかみがギリギリと痛み、驚くほどに早く脈打っているのを感じる。怪物はさらに前に進み、柏木の体を踏みつけて、軽くよろめいた。

 踏まれても微動だにしない友人の姿を目にして、白河はキッと唇を結び、浄化の魔法を唱えた。

「《ホーリーレイ》!」

 白い輝きが周囲に満ち、聖なる光が怪物を直撃した。

 だが、相手はまったくダメージを受けた様子はない。手をつきだした格好のまま、柏木の体をまたいで、白河に向けて歩を進めた。そのとたん、白河は思わず手で口を押さえた。強い脱力感と共に、激しい吐き気を感じたからだ。彼女はじりじりと後ずさり、やがて体を翻して、自室の方向へ走った。

 少し、パニック状態になっていたのかもしれない。廊下の角を右に二つ、左に一つ曲がったところで、白河は目の前が行き止まりになっているのに気づいて、小さな悲鳴を上げた。だが、すぐに気がついた。あわてていたために走りすぎて、自分の部屋の前を通り過ぎてしまったのだ。良く見ると、前にあったのも壁ではなくドアで、開けてみるとそこは、掃除用具などをしまう部屋だった。

 白河は壁に背中をつけ、胸に魔法杖を抱いて、大きく息をした。

「あれは……間違いなくユージ君だった」

 少し呼吸が整ったところで、白河は声に出して、自らの考えを整理しようとした。

「ゾンビに見えたけれど、ただのアンデッドではありませんね。アンデッドなら、浄化がまったくきかないはずがありませんから。でも、生きた人間ではないのも間違いはなさそう。どういうきっかけでそうなったのかはわからないけれど、魔物になってしまったんでしょう。あの迷宮で」

 迷宮最深部での光景を思い出したためか、白河はまた気分が悪くなって、手を口に持っていった。少しの間を置いて、

「それよりも気になるのは、この吐き気と、根こそぎ体力が抜かれるような感覚です。これが『勇者の病』? その可能性はあります。ユージだった彼のあの姿を見て、心が揺らがないはずがないから。

 けれども、もう一つの可能性は、これがあの魔物の攻撃だと言うこと。魔物が一歩近づくたびに、吐き気が強くなった感じがするから。……そうか。これは、ドレイン系の能力?」

 白河ははっとした顔になり、そしてうなずいた。

「アンデッドの中には、そんな能力を持つものがいましたね。エナジードレインか、マジックドレイン。いえ、この両方を同時に行っているのかもしれない。魔法ならライトウォールで防げるけど、魔法を発動した様子もなかったから、ちょっと怪しいかな。魔法とは違う、魔物としての特殊能力かもしれません。

 勇者の病か、魔物の攻撃か。そのどちらかはわからない。けれど」

 白河は口から手を離して、両手で魔法杖を握りしめた。いずれにしろ、ここで逃げるわけにはいかない。柏木は、まだ生きているかもしれないんだから。

「けれどそれなら、私に勝機がある」


 意を決して、白河は廊下の角から出た。ユージの姿をした怪物は、三メートルほど離れた場所で、ゆっくりと彼女に向かって進んできていた。さっきと同じように、両手を前に出した格好で、既に白河の部屋のドアの前は通り過ぎていた。白河は、先ほどとは別人のように落ち着いた口調で、呪文を詠唱した。

「《エナジードレイン》」

 魔法の発動と共に、怪物は肩を丸め、縮み上がるような格好になった。その場で足を止め、少し体を震わせながら、わずかに後退した。

「残念でしたね。私は光魔法も使えるけれど、闇魔法の属性もあるんです。光魔法の使い手は闇魔法を使えない、という人もいたけれど、あれは言葉の響きからくる、単なる思い込みみたいですね」

 そして、魔法杖を掲げて、次の呪文を唱えた。

「攻撃は、これで終わりではありませんよ。《マジックドレイン》!」

 二つ目の魔法で、怪物は大きくよろめき、廊下の壁に肩をぶつけて、そのまましりもちをついた。起き上がろうともがくが、その動きもだんだんと小さくなっていく。白河は、ドレインした魔力と体力が自分の体に浸透していくのを感じ、さっきまでの悪心がすっかり消えているのに気づいた。

 使える属性の数では柏木に一歩譲るものの、魔力操作の巧みさでは、これまで彼女にかなうものはいなかった。そのため、ドレインの魔法で吸収できる体力、魔力の量も大きい。おそらくは、この怪物が持っているだろう、ドレインの能力よりも大きいはずだ。

 仮に、彼女の症状が魔物の攻撃ではなく、勇者の病だったとしても、ドレインは効果がある。ドレインによって魔物を倒し、それによって得た体力で、心の病によるダメージを修復することができれば、結果は同じになるのだ。白河はそう考えていた。そして今の状態は、彼女の判断が正しかったことを示している。

 このエナジードレインとマジックドレインは、怪物の命が尽きるまで、いくらでも続けることができるだろう。これらの魔法は、発動できるようになるまでには熟練を要するが、必要となる魔力は少ない。その上、そのわずかな魔力も、相手から奪い取ってしまえばいいのだから。


 白河は、自らの勝利を確信した。



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